椎間板ヘルニアのダックス リハビリを通し動物看護師は生きる力をもらった
椎間板(ついかんばん)ヘルニアの手術を受けた後、飼い主の都合で、毎日動物病院で預かるようになったミニチュア・ダックスフントの「コナン」。動物看護師の小原洋子さんは、コナンのリハビリに取り組み始ます。じつはこの時期、小原さんはある悩みを抱えていました。
獣医師の提案でリハビリを開始
ひょうたん山動物医療センター(大阪府東大阪市)をかかりつけとしていた、オスのミニチュア・ダックスフントの「コナン」。重度の椎間板ヘルニアを患ったため、獣医師が紹介状を書き、2次診療専門の病院で手術をしてもらった。手術は無事成功したが、両方の後ろ脚と左の前脚にまひが残っており、自力で歩ける状態ではなかった。
飼い主のお姉さんは、そんな状態の愛犬を、日中家に置いて仕事に行くのが心配だと打ち明けた。
「そこで獣医師と相談の結果、うちの病院で毎日、半日のお預かりをすることになりました」と、動物看護師の小原洋子さんは振り返る。
本当なら回復を目指し、自宅でリハビリをしていかないといけないのだが、お姉さんは仕事が忙しく、難しい様子だった。
すると獣医師が、「動物看護師さんで、できることを考えてあげたら?」と提案。これを受けて動物看護師全員でリハビリを実践する日々が始まった。
リハビリは、おもに昼の休診時間に行われた。4本の脚をくまなくマッサージ。動かない3本は、関節が固まらないよう、ストレッチも行う。
横になったコナンの顔の前で、ササミのジャーキーなんかをちらつかせる。すると、食べたくて必死に体を起こすコナン。そんな好物を使った筋力トレーニングも工夫した。
「おかげで皆がマッサージやリハビリについて勉強できました。そして、ほぼ毎日預かり続けることで、いつしかコナンくんはいて当たり前の存在に。半分うちの病院の子みたいになっていたんです」
まひしていた前脚が動いた!
スタッフがコナンに一方的に尽くしていたかというと、そうではない。コナンにもいつしか「任務」が与えられた。
待合室にフォトスポットと呼ばれる、飼い主が自由に愛犬を撮影できる撮影場所がある。毎月、動物看護師が飾りつけを変更するのだが、モデルに借り出されるのがコナンだ。
「飾りつけの作業をしていると、リハビリ中のコナンが車椅子で勢いよく乗り込んできて、床に広げた飾りをズタズタにしちゃう、なんてこともありました(笑)」
さらにコナンとのふれあいは、動物看護師にとって癒やしタイムにもなっていた。
「待ち時間が長いって怒られたけど、こればっかりはねぇ。だって待合室の人数見てよ」
こんな本音もコナンになら言える。小原さんはコナンのことが、どんどん好きになっていった。
預かり始めて1カ月ほどたった頃。
「ほぼ寝たきりみたいな状態だったのが、少しずつ自分から体を動かすようになり、前脚がふんばれるようになってきたんです」
日頃の成果が現れたとあって、皆もちろん大喜びだ。これまで以上に前脚強化のトレーニングに力を入れた。
やがて気がつけば、コナンのお預かりは長期化していた。リハビリでどこまでよくなるのか、ゴールが見えない中、誰よりもリハビリに熱意を持ち続けたのが小原さんだ。リハビリの様子を動画で撮影し、お姉さんに見せると喜んでもらえることが、大きな励みとなっていた。そしてもうひとつ、理由があった。
老衰が進み、忍び寄る別れの時
預かり始めて10カ月がたった頃。17歳のコナンは目に見えて衰弱してきた。
「何か病気をしたわけではなく、年なりに、じんわり、じんわり、弱っていった感じでした」
2021年12月。いよいよ別れの時が迫っていた。するとお姉さんは、長期の休みを取った。この間に見送ってあげるつもりだった。
だが予想に反し、コナンは見事、年末年始を乗りきった。2022年が明け、お姉さんは再びコナンを連れてやって来た。「コナンは病院が好きだから、また皆に会いたくて頑張ったんじゃないかな」。お姉さんはそう口にした。
その2日後、午前中の診療が終わった12時過ぎ。
「病院を閉めてくるから待っててね」
懸命に息をするコナンに声をかけ、入り口の鍵をかけに行った。戻ってくると、呼吸が止まる寸前だった。「これ、最後の呼吸だね」。固唾(かたず)をのんで、皆がその姿を見つめた。
「最期はその日出勤していたスタッフ全員に見守られて、スーッと息を引き取りました。ちょうど外来時間が終わって、私たちの手が空いた時に逝くなんて。『わかってんのかなぁ』っていうぐらい、できた子でしたね」
連絡を受け、お姉さんが駆けつけた。本当は自分の腕の中でみとるつもりだった。だが、悲しみの中、「ここのスタッフに見守ってもらえて、本当によかった」と、お姉さんは言ってくれた。
手紙で明かされたお姉さんの事情
コナンが亡くなって少したった頃、お姉さんがお礼のあいさつに来てくれた。その時渡された手紙を読み、スタッフは初めて事の次第を理解した。
「お姉さんのことは何となく、『ひとり暮らしで、仕事が忙しい方』と思っていたのですが、手紙には昨年、入院していたお母様が他界。お父様もデイサービスに通っていると書かれていました。プライベートも大変な中、コナンくんのことを頑張っていらっしゃったと知りました」
続く文面には、前脚が立派に復活してうれしかったこと、車椅子でのお散歩や、フォトスポットでの撮影で楽しそうなコナンの姿に救われたことなど、感謝の言葉があふれていた。
手紙には、病院からの帰り道に見せてくれたという、キラキラ輝くようなコナンの笑顔の写真も同封されていた。
お姉さんが人知れず悩みを抱えていた頃、小原さんもひとり試練と闘っていた。コナンを預かる約1年前、膠原病(こうげんびょう)を患ったのだ。
「半年後に何とか復帰してからも、関節のこわばりと痛みで体が思うように動かず、もう仕事を続けられないのではないかと思っていました」
時々言うことを聞いてくれなくなる自分の体。職場に迷惑をかけ、仲間たちの負担を増やしていること。だがそんな悩みも、コナンのマイペースに頑張る姿に接するうち、自然とほどけていった。
「気がついたら、『自分も何とかなるんじゃないかな』って思えるようになっていました。業務に制限が出る中、リハビリという、自分にできることを見つけ、また仕事に向かわせてくれたのもコナンくんでした」
心のリハビリをしてもらったのは、小原さんの方かもしれなかった。少しずつ小原さんは回復に向かっていった。
病気で苦しんでいた時に現れて、人には言えない愚痴や弱音も聞き、亡くなるその瞬間までそばにいてくれた。コナンと過ごした思い出は、小原さんの心をあたたかくする。
(次回は10月11日に公開予定です)
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