殺処分対象だった大けがした猫 動物好きな女性に保護され、家族を和ませる存在に

エリザベスカラーをつけた猫
穏やかで甘えん坊のさばおくん(ときえさん提供)

 3年前、事故に遭った若い猫が動物愛護センターに収容されました。片方の眼球が飛びだし、あごを骨折。自力で食事ができないなどの理由から殺処分対象になったのですが、ひょんなことから動物好きな女性と出会い、保護されて……今は女性の実家でのんびり幸せに暮らしています。運命的な出会いと、猫がもたらした出来事や思いについて、伺いました。

(末尾に写真特集があります)

けがで殺処分対象と聞いて心が動く

「あの子はとっても可愛い性格なんです。出会って3年半経ちますが、甘えん坊で、私の兄も妹も心をわしづかみにされていますよ」

 千葉県在住のときえさん(57歳)が目を細め、近くの実家で暮らす雄猫「さばお」について教えてくれた。

エリザベスカラーをつけた猫
保護した後、すぐにあごの手術をしました(ときえさん提供)

 ときえさんがさばおと出会ったのは、2019年5月。今から3年半前だ。あれよあれよと事が進んだ、と経緯を振り返る。

「私は愛玩動物飼養管理士の資格を持っているのですが、(その認定資格を出す)日本愛玩動物協会の千葉県支部が主催する、犬のしつけ方教室のイベントにボランティアで参加していました。イベント後、スタッフたちと食事をしている時、その中の女性が、『自分がパートで働く動物愛護センターに収容された猫が、気になっていて』と話したんです」

 推定1、2歳くらいの猫が1週間前に右目が飛び出る瀕死(ひんし)の状態で収容され、治療を受けないまま、まもなく殺処分になる、という内容だった。“顔のけががひどくもらい手がないだろう”とセンターで決まったという。それを聞き、ときえさんは耳を疑った。

「1週間も必死で生きてきた生命力がある子が?おとなの負傷猫には積極的な治療をしないの?その日は土曜でしたが、月曜には殺処分になるというので言葉を失いました」

 すると、動揺しているときえさんに、女性が「これからセンターにいくのですが、見にいきますか?」と声をかけ、ときえさんは突き動かされるように「はい」と即答。そのまま、センターに行ったのだという。

エリザベスカラーをつけた猫
退院後、食事ができずチューブで栄養を届けました(ときえさん提供)

センターで感じた違和感

 センターで実際に目にしたさばおは、ときえさんの想像以上に傷だらけだった。

 しかしその姿を見て、心を決めたそうだ。

「おびえるようにセンターのケージの隅にいる姿を見て、引き出したいと思いました。すると、そのパートの女性が上司に話してくれて……そのまま保護できることになったのです」

 その際にも、ときえさんは少し驚いたのだという。

「私が飼い主を探すのならと、特別に許可がおりましたが、『家族が見つからなくてもセンターでは責任は負わない』という趣旨のことを言われ、あれ?と思いました。一言でも、殺処分を減らしたいから助かります、なんていわれていたら、(こういうところも)頑張っているんだなと、印象が違っていたかもしれません」

 ときえさんは、動物の置かれた現状は、少しよくなってきたと思っていた。
「現実はまだこうなの?」ともんもんとした気持ちを抱えたまま、さばおを保護し、その足でかかりつけの動物病院に連れていった。

赤い帽子をかぶった猫
ときえさんの妹が編んだ帽子をかぶってご満悦(ときえさん提供)

家族に打ちとけた甘えん坊猫

 さばおはそのまま入院。検査をすると、目のけがだけではなく、あごも骨折していて、あごを固定する金具を入れる手術をすることになった。

「首に穴を開けてチューブを入れて、胃まで栄養を入れてもらうようにしました。それまでは(かむことができず)食事もできなかったはずと先生に聞き、胸が痛みました。目は、事故後すぐなら眼窩(がんか)に戻せる可能性もあったようですが、時間が経ちすぎたので(目を摘出する)処置をすることになりました。血液検査の結果、内臓は丈夫だけど、猫エイズ(FIV)キャリアだとわかりました」

 ときえさんは、ケアの必要なさばおを実家に託したいと思った。当時、夫と住む自分の家には、下半身麻痺(まひ)でケアの必要なシニア猫のほか、病気治療中の猫や、犬がいた。

 3歳上の兄と5歳下の妹が住む実家には、その時たまたま猫がいなかったので、「自分がご飯代を補助するので置いてもらえないか」と相談したのだ。

「うちの家族は動物好き。でも5年前に父が亡くなり、後を追うように20歳の猫が旅立ってしまって……。さばおの写真をセンターから妹に送ると、『あ、この子はうちに来る』とすぐにピンときたみたいで、快諾してくれました」

 1週間後に退院したさばおは、こうして、ときえさんの実家に迎えられた。

 飛び出た右の目は、入院中に自然にぽろっと落ちて、大きな手術は不要になったそう。しかしあごの骨折が治らないため、1カ月ほど喉のチューブが取れなかった。

 忙しい兄や妹に代わり、ときえさんが朝、昼、夕と日に3回、実家に出向き、さばおの食事介助をした。ときえさんはペットシッター業をしていたが、時間のやりくりができたのだ。

「さばおが外でどういう暮らしをしていたかわかりませんが、食事が自力でできるようになると、なぜかパンに対する執着を見せ、何度も盗み食いをしました。『好みがジイ(亡くなった父)そっくり、さばおにジイが入ってるみたい』と妹が冗談のように笑っていました」

 さばおがきょうだいになじむのは早かった。そばでへそてんしたり、一緒に寝たり……。

おなかをだして寝転ぶ猫
すっかりくつろいで、へそてん姿に(ときえさん提供)

気づくときょうだいが仲良くなっていた

 さばおが心を許すにつれて、家の雰囲気も明るくなっていった。

「兄も妹も独身なのですが、中年のきょうだいだけで暮らすところに甘えん坊のさばおがきて、空気が確実に和んだと思います。夫婦でも、猫や犬が緩衝材になることはありますよね」

 さばおは、あごのオペ後も口が開いたままで、よだれが垂れたり、なめた部分が黒ずむことがあったので、兄と妹でさばおをシャンプーするようになった。さばおとの生活で、笑顔も増えていった。

 ときえさんの妹は、そんな日々が「信じられない」ようだ。

 じつは、きょうだいが断絶していた時代もあったからだ。ときえさんが説明する。

「過去に、兄と妹の折り合いが悪くなり、兄が家を出て、音信不通になった時期がありました。父が亡くなった時にも連絡が取れず、兄はお葬式にも出ていません。そんな兄がお葬式の半年後にとつぜん戻ってきたのです……。父が猫に生まれ変わって、少しぎくしゃくしていた家に来て、きょうだいを再びつないでくれた……そんなふうに思えたのです」

 ときえさんの兄は苦労を経験し、家に戻った時、前より穏やかになっていたそう。でも、今の方がさらに優しいという。

「兄のおなかにさばおが乗ると、トトロのおなかにメイが乗ってるみたい(笑)。癒やされます」

男性のおなかの上で眠る猫
ときえさんの兄と昼寝中。共に幸せそう(ときえさん提供)

これからもさばおを大事にしながら

 さばおはストレスなく伸び伸びと生活して、今のところ猫エイズの発症もない。

「振り返ると、私の家族の側にはいつも猫がいました」と、ときえさんはいう。

「元々、母が大の動物好きでした。今は施設にいますが、枕元に私とおそろいの猫のぬいぐるみを置いてつながってます……今回は、私がさばおのことを家族に押し付けた気もして、『ごめんね』と妹にいったこともあるのですが、『おねえ、自分は“さばおなしの人生”は考えられない、きっとおにいもだよ』といってくれて、その言葉に私自身も救われたものです」

 ときえさんは、胸をなでおろす一方、強く思うことがあるという。

「一昔前に比べると、法律が変わったり、殺処分を減らそう、減らしたいという意識が広く生まれていると思います。ただ、各市町村や県によって差があるということを、さばおの引き取りで痛感しました。もちろん努力を続けている行政もあると思いますが。毎日すごい数の犬猫が全国で殺処分されているわけですから……」

 センターや行政だけの問題ではないですよね、とときえさんは続ける。

「ペットショップで生体を売るなど、命を安易にお金に換えて増やすようなことももっと厳しく制限しないと……。“飼い主がいない、面倒を見る人がいない”というだけで罪のない可愛い子たちが悲しいことになる現実が減っていかない。少しでも救える力、気持ちがあるならまず行動を起こして、迎え入れてくれる方が増えてくれるとうれしいなと思います」

 命の期限をつけられたさばおが、のんびりと生きている。そのことに励まされ、多くのことを学んだ、と、ときえさんはうなずいた。

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藤村かおり
小説など創作活動を経て90年代からペットの取材を手がける。2011年~2017年「週刊朝日」記者。2017年から「sippo」ライター。猫歴約30年。今は19歳の黒猫イヌオと、5歳のキジ猫はっぴー(ふまたん)と暮らす。@megmilk8686

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この連載について
ペットと人のものがたり
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