「サワです。私が主役だからって嫌な顔をしないのよ、アネラ」(小林写函撮影)
「サワです。私が主役だからって嫌な顔をしないのよ、アネラ」(小林写函撮影)

未来を憂えず今を生きる 骨肉腫と診断された愛犬「サワ」からの学び

 都心から少し離れた海の近くでご主人と暮らす京子さんの家には、12匹の保護猫と、アラスカン・マラミュートの「サワ」、ポインターとセターのミックス「アネラ」がいる。

 京子さんが、サワの右前脚の関節が腫れているのに気が付いたのは、2022年2月のことで、サワは10歳だった。

(末尾に写真特集があります)

検査結果は軟骨肉腫

 腫れているのが、10年前に骨肉腫で亡くなった先代のアラスカン・マラミュート「フーチ」と同じ場所だったため、京子さんの胸はざわついた。

 ただ、サワは普通に足を着いて歩いていた。わずかに引きずることもあったが、フーチが強い痛みで動けなくなっていたことを考えると、そこまで重症ではないと楽観的に考えた。

 だが、動物病院での検査の結果、軟骨肉腫だろうとの見立てだった。軟骨に発生する骨のがんの一種で、高い確率で肺に転移する。ただ、骨肉腫に比べると進行はゆるやかで、早期発見と治療ができれば予後も期待できる、とのことだった。

 とはいえ、腫瘍が悪化して足が腫れ、耐えがたい痛みに苦しむことになるのは、フーチの場合と同じだ。幸い転移は見られなかったので、京子さんはご主人と相談し、腫瘍のできた脚を根元から切断してもらう決意をした。

手術を終え、安心できるわが家へ

 手術の翌日、ご主人とともに病院に迎えに行くと、サワはケージの中で激しく怒っていた。立つことはおろか動くこともできず、まだ一度も排泄をしていないとのことだった。

 朝目覚めたら、昨日まで自由に使うことができた脚が失われ、思うようにならないことに苛立っているように見えた。

「最終回は私のお話よ」(小林写函撮影)

 病院のスタッフの助けを借りてなんとか車に乗せた。病院を後にしながら、動けない超大型犬を家でどうやって介護するべきか京子さんは悩んでいた。

 だが、車が家に着くとサワは危なっかしい足取りながら立ち上がり、車から降りた。壁伝いに庭へ移動すると、腹ばいになって排尿した。その姿には、家に戻った安心感が漂っていた。

サワのたくましさが胸を打つ

 サワは少しずつ、でも京子さんが想像したよりも早く、新しい生活に慣れていった。

 最初は壁伝いに移動していたが、すぐに支えなしで歩けるようになった。散歩も、ゆっくりと庭で慣らすことから始め、やがてアネラと一緒に近所を歩き回れるようになった。

 まるで、もうずっと前から3本脚だったかのように毎日を過ごすサワを見て、京子さんは胸を打たれた。もし、自分が何も知らされずに片脚を失ったとしたら、すぐに置かれた状況を受け入れ、順応できるだろうか。

「お母さん、サワもたまには素敵な水玉が着たいわ」(小林写函撮影)

抗がん剤治療をどうするか

 手術前は軟骨肉腫と診断されたサワだが、術後に骨肉腫であることが判明した。断脚後の病理検査によっては、骨肉腫である可能性もゼロではないことは事前に説明を受けていた。覚悟はしていたが、京子さんたちの落胆は大きかった。

 手術の数週間後に、肺への転移をおさえこむための抗がん剤治療を開始した。だが、2回目の投与を前に、京子さんは悩んだ。

 サワはもう10歳だ。アラスカン・マラミュートの寿命は10〜12年といわれる。10歳を超えたら、あとの命は「神様からのプレゼント」で、1年1年をゆっくり大切に過ごさせてやりたいと考えていた。

 フーチのときは、2回目の抗がん剤投与で激しい副反応に苦しんだ。サワも同じとは限らないが、抗がん剤治療そのものがサワの負担になることは明らかだ。

 うまく抗がん剤がきいたとしても、1年後には肺に転移する場合がほとんどだといわれる。ならば無理はせず、サワの自然の力に任せることも選択肢の一つではないかと思い始めた。

「アネラです。リードを引いているお父さんもコワモテなんだ」(小林写函撮影)

 実際、以前家にいた「ジジ」という猫は、がんを患い、治療をしなければ余命4カ月と宣告されたが、1年近く生きてくれた。

 だが、治療をしなければ、サワは数カ月の命かもしれないのだ。延命できる可能性があるのにしないことは、命を見捨てることにならないだろうか。

 そんな迷いを、京子さんは主治医に打ち明けた。フーチやジジを含め、京子さんの家の動物たちの一番の理解者だ。「獣医師の立場ではなく、個人的な考えですが」と前置きしたうえで、治療をやめるという京子さんの決断を後押ししてくれた。

未来を憂えず今を生きる

 断脚手術から約半年が過ぎた今、サワは転移もなく、元気で暮らしている。

 サワは穏やかな性格だ。子犬のときに家にやってきて、我が道をいく猫たちにもまれながら成長した。今も、猫たちが追いかけっこをしていると、無邪気に仲間に入ろうとする。

 サワより4歳年下のアネラとも仲がよい。アネラは元保護犬で、1歳を過ぎた成犬で京子さんの家に引き取られた。気立てがよく、適応力があり、初対面ですぐにサワの下についたため、しっかり上下関係が築けている。

 2匹そろって海岸で散歩をし、じゃれあっている姿を見ていると、病気であることを忘れてしまう。

 もし、サワが術後2カ月で転移がみつかり、旅立ったとしたら、抗がん剤治療を続けていればと悔いたかもしれない。または治療を続けて延命ができたとしても、副作用に苦しむ様子を日々見ていたら、それも後悔につながっただろう。

 今は、いつ、来るべき日が来たとしても、受け入れる心の準備はできている。

 そう思わせてくれたのは、未来を憂いたり悲観することなく、ただ目の前の日々を精一杯生きようとするサワの姿だ。

 連載「動物病院の待合室から」は今回が最終回となります。長きに渡りありがとうございました。

【前の回】憧れだったアラスカン・マラミュート つらい闘病を経て旅立った「フーチ」の足跡

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
動物病院の待合室から
犬や猫の飼い主にとって、身近な存在である動物病院。その動物病院の待合室を舞台に、そこに集う獣医師や動物看護師、ペットとその飼い主のストーリーをつづります。
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