捨てられ命尽きる寸前だった子猫 「救いたい」思いがつながり、今は元気いっぱいに
小雨が降り始めた6月のある夕方。預かり犬の散歩で公園に行った香里(かおり)さんは、青年から「子猫が捨てられている」と声をかけられる。雨に湿った段ボール箱の中には生後間もない子猫が2匹。さらに茂みの中から、衰弱したもう1匹が見つかる。子猫を保護するのも育てるのも初めての香里さんだったが、幾つもの手が、小さないのちを守るために次々と重ねられていった。
段ボールで捨てられていた子猫
埼玉県在住の香里さんが、預かり犬「ごま大福」の散歩の途中に、公園で見知らぬ青年に声をかけられたのは、今年6月の夕方のことだった。
「あっちに子猫が捨てられているんです。どうしたらいいんでしょう」
青年は運動のために公園に来たらしい。ついていくと、隅に小さな段ボール箱が置かれていた。出かける前から小雨が降り出していたので、箱はすっかり湿ってふやけていた。
「中には、生まれて3週間ほどの茶トラと白黒の子猫が2匹。猫風邪をひいていて、目ヤニだらけでした」
香里さんの胸は遺棄犯への怒りでいっぱいになった。香里さんは、東京を本拠地として近県で犬猫の保護活動を長年続けるNPO法人「日本動物生命尊重の会(アリスの会)」のスタッフとして、犬の預かりを担当している。
このまま命を消えさせてなるものか。だが、猫の保護も預かりも未経験だ。ましてや、弱った風邪ひき子猫3匹の扱いなど、どうしてよいかわからない。指示をもらうため、アリスの会の代表の金木洋子さんに電話をかけていると、「子猫の鳴き声がする」と、青年が草むらに分け入っていった。
草むらで見つかった白黒の子猫は、箱の中にいる2匹よりやや小さめで、いちばん衰弱していた。目ヤニで両目はつぶれ、小刻みに震えている。
金木さんからは「低体温が心配。すぐに獣医さんへ」という指示。明日の朝一番に東京からスタッフが向かい、会と連携している病院に運ぶよう、すぐ手配をするとのことである。
家に戻りすぐに獣医さんに向かいたいが、さて困った。預かり犬のごま大福は、富士山麓(さんろく)をさまよっていた犬で、まだ制止がきかないところがある。傘をさして、興奮するごま大福を制御しながら、子猫入り段ボールを運ぶなど無理だ。子猫たちの状態からは、一刻の猶予もない。
すると、青年が「家まで運びます」と申し出てくれて、傘もささずにずぶぬれで段ボールを運んでくれた。
もう少し発見が遅かったら……
近所の獣医さんに飛び込むと、急患扱いですぐに診てくれた。子猫はやはり低体温になっていて、とくに草むらから見つかった1匹は、発見があとちょっとでも遅れていたら助からないところだった。先生は、応急処置をしてくれた後、ミルクの飲ませ方や排せつの補助の仕方などを教えてくれた。
だが、あいにく病院に子猫用ミルクがなかった。夜も開いていて子猫用ミルクを扱っていそうなドラッグストアはこの辺にない。車を持っていないので、店を探し回ることもできない。
そのとき、香里さんが思い出したのは、アパートの大家さんの顔だ。大家さんは猫の保護活動をしているのだ。すがる思いで電話をかけ、「子猫用ミルクを売っている店をご存じないでしょうか」と尋ねた。すると、大家さんはこう言ってくれたのだ。
「うちにあるから、すぐ持ってってあげる!」
大家さんは、湯たんぽや電気あんかも持参で駆けつけてくれた。箱に敷いたタオルを見るなり「もっと温めなくちゃだめ」と、ごま大福のブランケットを借りて敷いてやり、そこにあんかも入れ、香里さんを励まして帰っていった。
夜通ししっかり温め、ミルクも3時間おきに飲ませた。一番心配だった白黒の子もミルクを飲んでくれて、朝を迎える頃には保護時よりも元気になっていた。
やがて、早朝に東京を出発したアリスの会の搬送ボランティアが到着し、獣医さんの元へとんぼ返り。これでひと安心だ。
3匹は、体力回復のため入院となった。
人懐っこく元気いっぱいの男の子に
数日後、元気に退院した3匹は、オスの茶トラが「ディコン」、草むらで見つかったオスの細めハチワレが「コリン」、メスの太めハチワレが「メアリ」という仮の名になった。バーネット作の児童文学「秘密の花園」に登場する少年少女たちの名である。
3匹はアリスの会の預かりボランティアのもとですくすく育ち、譲渡先募集を開始。メアリとディコンは早々と同じおうちへもらわれていくことが決まった。
「コリン」も、いっぺんトライアルに行ったが、先住猫が元気すぎるコリンを受け付けず、戻ってきた。草むらで弱っていたのがうそのように、なんとも人懐っこく元気いっぱいの男の子になったのである。
今は、リレー・アンカーの預かりスタッフ、敦子さんのもとで、やんちゃを尽くしている。あの痩せてぐったりしていた体は、疲れも知らず走り回る。目ヤニでつぶれていたその瞳は好奇心に満ちてピカピカだ。指先からシッポの先まで、小さな体じゅうに生きる喜びが詰まっている。
この小さな命に、たくさんの人が関わった。香里さんに子猫が捨てられていることを告げ、ずぶぬれで段ボールを家まで運んでくれた青年。緊急で診てくれた最初の獣医さん。ミルクやあんかを持ってすぐ駆けつけてくれた大家さん。みんな力強い助っ人だった。
そして、すぐに保護を決めた香里さん、搬送ボラの手配をした金木さん、朝早く東京から埼玉に向かってくれた搬送スタッフ、譲渡先が見つかるまでを預かるスタッフにつながるアリスの会の連携の流れもみごとだった。
あの日、ごま大福のおなかの調子が悪くて早めに散歩に出かけなければ、公園での発見は手遅れになるところだったから、ごま大福だって、ちゃんと救出チームの一員だ。
どの手が欠けても、雨の公園に捨てられていた3匹の今はない。コリンちゃんの命は真っ先に消えていた。
香里さんが、保護の後日談を話してくれた。
段ボールを家まで運んでくれた青年が、その後を知りたくて電話をくれ、元気でいると聞いてとても喜んだこと。段ボール箱は前の晩から公園に置かれていて、近所のおばあさんが見つけてはいたものの自分ではどうすることもできず、せめて水分をとらせようとしていたこと。そのおばあさんも大喜びしてくれた。
アリスの会の金木さんも香里さんも敦子さんも、コリンちゃんたちのケースは「救いたい」思いが幾つもつながった、まさに「奇跡」の物語だと語る。
そう、それぞれが自分にできることを懸命につないでいけば、奇跡はこうして起こり得るのだ。それは、こともなげに捨てられ、はかなく消えていくいのちが無数にあることの悔しさをよく知っている人たちの思いが束ねられてこその「奇跡」である。
コリンちゃんは、敦子さんのもとで、きょうも元気に跳びはねながら、おうちが見つかるのを待っている。
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