闘病を頑張る飼い主を支えたい 動物看護師は薬袋を使ってエールを届ける

 処方した薬を入れる袋のことを、病院では薬袋(やくたい)と呼びます。毎日、飼い主に渡している無味乾燥なこの小さな袋を、思いを運ぶ魔法のツールに変えた動物看護師がいます。

(末尾に写真特集があります)

名前は動物への初めての贈り物

 数年前。あず動物病院(京都府京田辺市)で働く動物看護師の八木沼優佳さんは、こんなことを考えていた。

「診察を終えた飼い主さんが家に帰ってから、病気のことばかり考えて落ち込むのではなく、動物と楽しく向き合う時間に変えられないかな……」

 ふと浮かんだのが、毎日飼い主に渡している薬袋だ。

 いつも薬袋には動物や薬の名前を書くのだが、その子のことを思いながら、一言添えてみた。
“新しいリード、似合ってたよ”
“今日はお父さんと来たのかな?”

「お薬を飲ませないといけないのって、飼い主さんもゆううつですよね。だから、毎日薬袋を手に取る時に、少しでも前向きになってもらえればと思いました。獣医師の先生は、目の前の病気を診るのが仕事だけれど、私たち動物看護師は、診察後の飼い主さんを支えることも大事だから」

 業務の片隅で地道に書き続けていたところ、いつしか楽しみにしてくれる人が増えてきた。

 手応えを感じた八木沼さん、百円ショップでメモやポストカード、シールなどを買い込んだ。時間が許せば、クレヨンでカラフルに仕上げたメッセージカードを、薬袋に滑り込ませる。

 動物の退院時には、入院用に持ち込まれた荷物の中に、サプライズで忍ばせる。闘病で疲れぎみの飼い主には、いたわりの言葉に、紅茶のTバッグを添えて。

ねぇ、今日はどんなこと書くの? 八木沼さんと、愛犬のオスのゴールデン・レトリーバー「金太郎」(八木沼さん提供)

 つらい治療を決断した人に書くのは、例えば動物の名前のこと。

「名前って、飼い主さんがその子に初めてあげるプレゼント。飼い主さんとの距離を縮めるためにも、なるべく由来を聞いておくようにしています」

「お花のように笑っていてほしい」との思いで名づけたという犬の「花」には、こんな言葉をつづる。
“花ちゃんは、いつも笑っていてすてきだね。そんな花ちゃんのサポートができる〇〇さんも、やっぱりとてもすてきです”

 どうか病気だけに心を支配されないで。ふっと力を抜いて、今そこにある、その子との幸せな暮らしを思い出してもらえたら。ペン先に八木沼さんは願いを込める。

旅立った犬へ、最後のメッセージ

 オスのウェルシュ・コーギーの「むさし」。脳に腫瘍(しゅよう)ができたのか、てんかん発作を起こすようになった。毎月、陽気な飼い主夫婦に連れられて診察を受けに来る。

 発作をおさえる薬とともに渡したメッセージはこんな感じ。
“持ってきてくれたおもちゃ、面白い音がするね”
“暑いから、お家に帰ってヘソ天で寝るのかな”

「てんかん発作は私たちプロでも怖いもの。『激しく動くからケガをしないかな』とか、『このまま発作が止まらなかったらどうしよう』と、飼い主さんは不安に襲われます」

 またいつ起こるかわからない発作にはりつめているに違いない夫婦。意思表示のはっきりしていたむさしが、病が進み、おとなしくスタッフに抱っこされるようになった姿にもショックを受けているようだった。だからこそ、「何か面白いこと書いているな」と、和んでほしかった。

 発症して3年ほど後、むさしは自宅で息を引き取った。夫婦はむさしの体をきれいにする『エンゼルケア』を施してもらうため来院した。

 エンゼルケアの場で、八木沼さんは最後のメッセージを送った。明るい家族にふさわしく、むさしと飼い主の健闘をたたえる、手作りの表彰状だ。
“これまで一緒に過ごしてきた犬生は、本当に素晴らしいものだったと思います。よく頑張ってくれました”

 1カ月後、夫婦はお礼のあいさつに訪れた。ふたりの口から伝えられたこんな言葉に、八木沼さんは胸が熱くなった。

「これまでいただいたメッセージはすべて、むさしの棺に入れてあげました。虹の橋に行っても、むさしに読んでほしいから。そして、素敵な動物看護師さんがいたことを、ずっと忘れないでほしいから。もしもこの先ご縁があって、違う子にめぐりあうことがあったら、絶対またこの病院に来ます。だから八木沼さん、ずっといてくださいね」

骨折の手術を終え、退院した犬に送ったカード。「かわいい時期に家を離れることに。ご家族の寂しそうなお顔を見て、作成しようと思いました」(八木沼さん提供)

「お母さん、休めてますか?」

 腎不全と診断されたメスのシーズーの「Ryu」。2~3年前から始めた点滴が、今や命綱だ。

 皮下点滴は、飼い主が自宅で行うことも可能だ。

「でも、飼い主であるお母さんは家で針を使うのは怖く、また、決まった時間に行うのが難しいとのことで、病院に通ってもらうことになりました」

 通院を始めてしばらくは、メッセージはRyuに向けた内容が多かった。
“点滴すると少しでも楽になるから頑張ろうね”

 Ryuは強い生命力の持ち主だ。病気と闘うことで、通院は長期化し、点滴の頻度も増えてゆく。

“お母さん、休めてますか?”
 そんなメッセージを送った直後、飼い主が泣きながら病院に入ってきた。

「じつはお母さん自身も病気を患っているとのお話でした。自分自身と愛犬の闘病が重なり、体力的にも精神的にも苦しい胸の内を打ち明けてくださいました」

 動物の闘病が長引き、精神的に追い詰められる人は少なくない。メッセージをきっかけに、状況を教えてもらい、感情を吐き出してもらえたことはよかったと、八木沼さんは振り返る。

 少し前、八木沼さんはプラスチック製のカードケースをプレゼントしていた。そこにメッセージがたまり、形になることで、より気持ちを支えられると思ったのだ。

 するとある時、声をかけられた。「ここに来るのは治療のためもあるけれど、あなたに会いに来ているの」

 メッセージが築いた信頼関係。負担だった通院が、少しずつ、つらいだけではない時間に変わっていた。

Ryuへのメッセージ。何げない天気の話題に、心がホッとする(八木沼さん提供)

 一時期、腎臓の働きを示す数値が著しく悪化したため、皮下点滴から、より効果の強い静脈点滴に切り替えた。静脈点滴は時間がかかるため、Ryuを朝、病院に送り届け、夕方迎えに来てもらう。

 体調の悪い愛犬と半日離れて過ごすことに、飼い主は不安を口にした。そこでメッセージで、お預かり中の様子をさり気なく伝えた。
“今日は他の子もいたので、ちょっとテンションが上がってうれしそうにしていたね”
“お昼寝、気持ちよさそうだったね”

 カードケースがずいぶん厚みを増した頃。かつて「不安」と語ったお預かりについて、笑顔で表現してくれた。

「あなたが一生懸命看てくれるから、保育園だと思って預けています。病院でのこの子のお母さんは八木沼さん。だから、『お母さんとこ行っておいで』って送り出しているのよ」

Ryuを抱っこする笑顔の飼い主と(八木沼さん提供)

 今では八木沼さんのことを、Ryuにとっての第二のお母さんであり、自分の本当の娘にように接してくれるという。もはや動物看護師というより、Ryu一家になくてはならない家族の一員だ。

 薬袋とともに、日々羽ばたいていく小さなメッセージたちは、読む人を和ませ、勇気づけながら、飼い主と八木沼さんを絆で結んでゆく。

(次回は9月13日に公開予定です)

【前の回】看護の力で被災地を支える「動物支援ナース」 声にならない声をひろう

保田明恵
ライター。動物と人の間に生まれる物語に関心がある。動物看護のエピソードを聞き集めるのが目標。著書に『動物の看護師さん』『山男と仙人猫』、執筆協力に動物看護専門月刊誌『動物看護』『専門医に学ぶ長生き猫ダイエット』など。

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この連載について
動物の看護師さん、とっておきの話
動物の看護師さんは、犬や猫、そして飼い主さんと日々向き合っています。そんな動物の看護師さんの心に残る、とっておきの話をご紹介します。
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