ウクライナ、ITの力で飼い主とペットをつなぐ 戦時中でも犬を迎え入れる人々も

 戦火のなかで動物たちはどうしているのだろう。「迷ったら、撮りに行け」、敬愛する故・渋谷昶子監督の言葉を胸に、4月中旬から5月までポーランドとウクライナへ取材に出かけました。その記録の3回目です。

(末尾に写真特集があります)

ロシア軍の攻撃が続くウクライナ

 4月、ポーランド経由でウクライナへ向かった。同行するのは、カメラマンのY氏(日本人)とコーディネーターのマリク(ポーランド人)。3人で歩いて国境を越える。前日にウクライナ西部の都市・リビウが攻撃され、緊張していた。亡くなった方もいる。目的地はリビウから1時間くらいの町だ。

これから国境を越える

 ポーランドの国境近くの町、メディカ。支援施設が並ぶ通りを進み、パスポートコントロールへ。反対側の通路には、ポーランドへ避難するウクライナ人が列をなしていた。犬や猫を連れた人もいた。ウクライナへ向かう人は少なく、パスポートを提示すると問題なく、入国できた。

この先がウクライナ

 ウクライナの地を踏んで、まず目についたのは赤い大きな看板。「ここは私たちの土地だ。お前たちは地の下に埋められるだろう」とある。ロシア軍に向けたものだという。「生きては帰れないぞ」という意味が込められている。この国が戦争状態にあることを実感する。

ロシア軍向けと思われる看板

飼い主とペットを離ればなれにしない

 国境から車で2時間ほどで、目的地、ドロホヴィッチに到着。歴史のある美しい町で、広場には人があふれ、比較的平和に感じた。

 驚いたのは至る所に野良犬がいること。丸々と太った大型犬がのんびりと寝そべっている。ウクライナでは野良犬を捕獲して、公営の施設に収容、不妊去勢手術やワクチン、マイクロチップなどを行政が施す(地域によって内容は異なる)。一定期間をおいても飼い主や譲渡先が見つからない場合は、イヤータグという札を耳につけて、元いた場所に帰す。地域の人が世話をする、日本の地域猫に似ている。地域犬は、殺処分よりはずっといいと思った。

ドロホビッチにて野良犬と

 訪ねたのは、この町でIT企業を営むビクトール・コバックさん(41歳)。犬猫用のマイクロチップを作る会社を経営しながら、戦争が始まって以来、ウクライナの犬と猫のために特別の支援を行っている。マイクロチップは、専用のリーダーがないと情報を読み込むことができない。リーダーがあるのは公営の施設や一部の動物病院だけだ。

QRタグ(裏側にQRコードがある/写真右)

 そこでビクトールさんの会社では、ペット用のQRタグを開発した。QRコードのついたIDで、スマートフォンでQRコードを読み取ることができる。誰でも簡単にペットの情報にアクセスできるのだ。

 戦争で飼い主とペットが離ればなれになっても、QRタグをつけていれば、飼い主とつながることができる。ビクトールさんはこのQRタグを戦争が始まってから、スーパーマーケットやガソリンスタンドで無料で配り始めた。その数は5万を超える。

リビウ市内の私営ドッグシェルター

 ビクトールさんはリビウ郊外の私営ドッグシェルターにも支援をしていると聞いて、連れて行ってもらった。300匹以上の犬がいた。他にも個人宅で預かっている犬が50匹ほどいるという。ビクトールさんはおよそ半数の犬にマイクロチップを無料で提供した。どの犬もとても人懐こい。

 所長のナタリアさんは車の部品工場を経営しながら、このシェルターを10年以上運営してきた。「戦争が始まったけど、逃げるつもりはない。犬たちとここにいる。ウクライナ軍が必ずロシア軍を追い返してくれるから」とナタリアさん。この地が安全であるように願うしかなかった。

ビクトールさんとナタリアさん

 ビクトールさんは避難してきた人を積極的に雇っていた。マイクロチップやQRタグの生産工場には何人もの避難民が働いていた。そのひとりがスラバさん(32歳)。彼は首都キーウでイベントの司会業を行っていた人気者だった。攻撃が激しくなり、妻と2人の子どもとともにボロディアンカに避難してきた。

 暮らしているのは元学生寮だった建物。9階建てだがエレベーターは故障中で、キッチンなどは共同。「将来のことを考えると無力感に襲われることもある」と正直な気持ちを話してくれた。彼はボランティアで被災地に物資を届ける活動もしており、「できることをやっていく」と自分を励ますように言った。

キーウから避難してきたスラバさん一家

戦時中でも犬を迎え入れる

 ビクトールさんに案内され、リビウの公営シェルターにも行った。収容されていたのは30匹ほどで、衛生的で管理が行き届いていた。戦争中だから大変なことになっているのでは……と思っていたが、いい意味で予想は裏切られた。話を聞くとさらに驚いた。戦争が始まっても、センターから犬を引き取る人が減らないというのだ。

リビウの公営シェルターから保護犬を迎える女性

 その日もリビウ市内に暮らす女性が1匹の犬を引き取るところだった。家には2匹の元保護犬がいるが、もう1匹迎えるという。

「戦争中なのに、3匹もいたら大変では?」と質問すると、「そんなことないのよ」と笑顔で答えが返ってきた。センターのスタッフも、「戦争だからといって、犬を迎えるひとの数は変わりませんよ」とほほ笑む。

「なぜなんでしょう」と疑問をぶつけるとビクトールさんは言った。「それは私たちには愛が必要だからだよ」これには参った。頭上をミサイルが飛んでいても、壊せないものがある。それは人々の心にある愛だ。行き場のない犬たちへ向ける愛。戦争の悲惨さを見ることになると思っていたのに、ウクライナで私が知ったのは深い愛だった。

 小さな愛に向ける物語はこの後も続きます。

【前の回】一緒に暮らしている動物と避難するのは当然 ウクライナの国境の町で見た世界のうねり

山田あかね
テレビディレクター・映画監督・作家。2010年愛犬を亡くしたことをきっかけに、犬と猫の命をテーマにした作品を作り始める。主な作品は映画『犬に名前をつける日』、映画『犬部!』(脚本)、『ザ・ノンフィクション 花子と先生の18年』(フジテレビ)、著書『犬は愛情を食べて生きている』(光文社)など。飼い主のいない犬と猫へ医療費を支援する『ハナコプロジェクト』代表理事。元保護犬のハル、ナツと暮らす。

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この連載について
ウクライナの犬と猫を救う人々
ロシア軍によるウクライナ侵攻が始まり、映画監督で作家の山田あかねさんは現地に向かいました。ポーランドとウクライナで動物を助ける人達を取材した様子を伝えていきます。
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