車椅子を乗りこなすメリー。これさえあれば坂道だって、グングンのぼれる(望月さん提供)
車椅子を乗りこなすメリー。これさえあれば坂道だって、グングンのぼれる(望月さん提供)

放置されていた病気の高齢犬 動物看護師はほれ込み、別れの時まで寄り添った

 飼い主が倒れ、動物病院に引き取られた犬「メリー」。身寄りもなく、高齢で、自力で歩けなくなりますが、お世話する動物看護師の望月恭子さんにとって、いとおしさは深まるばかりです。やがて訪れた別れの時。望月さんは、病院内のある場所へと向かいました。

(末尾に写真特集があります)

ひとり放置され鳴いていた犬

 専門学校で、ドッグトレーナーコースを専攻していた望月恭子さん。カリキュラムの一環である実習に参加するため、災害救助犬の訓練施設へおもむいた。そこで犬と訓練士の活躍を見た時、ハッとした。

 職業犬の育成はもちろん大事だし、すごい、でも……。

「私がやりたいのはこれじゃない。私は動物を、訓練したいんじゃなくて助けたいな」

 学校を辞め、未経験者も募集していた動物病院に、動物看護師として就職した。現在は東京都八王子市にあるゼファー動物病院で、動物を助ける毎日だ。

 ここからは、望月さんがかつて勤務していた病院での出来事。ある日、見知らぬ男性から電話がかかってきた。

「隣の家の高齢の女性が急に入院し、残されたワンちゃんが激しく鳴いて、かわいそうな状態だから見てもらえないかとの相談でした」

 緊急事態と判断したスタッフが現場に向かう。連れて帰ってきたのが、当時12歳、メスのジャーマン・シェパード・ドッグの「メリー」だ。その姿に驚いた。

「赤ちゃんの頭ぐらいの大きさの乳腺腫瘍(しゅよう)ができており、強い悪臭がし、出血もしていました」

 飼い主の家の近くには、親戚が住んでいた。男性は親戚と話したが、メリーにかかわる気はないらしい。すると男性はこう申し出た。「私が面倒を見ます」

 そこで病院では手術費を安くし、男性が支払う形で、腫瘍の切除をおこなった。男性と院長のさらなる話し合いのすえ、男性はこの先のメリーの世話は病院に任せ、預かりや処置の費用を月々払うことになった。

手作りの車椅子をプレゼント

 手術は成功した。しかし高齢のうえ、術後の痛みで寝て過ごす時間が増えたことから、後ろ脚の筋肉が萎縮し、自力で立ったり歩いたりできなくなった。

 介護が必要になったメリー。だが、やさしい性格ゆえに、スタッフ皆の人気者だった。

帽子をかぶったシェパード犬
不思議な縁で、望月さんと出会ったメリー(望月さん提供)

 なかでも魅了されたのが望月さんだ。

「元々大型犬とか、シュッとした顔の犬が好き。いつしかメリーにほれ込んでいました」

 気づいたら、いつもお世話をするのは望月さん。まわりからも、「メリーといえば恭子さんだよね」と、お墨付きをもらうほどだった。

 後ろ脚を持ち上げてやれば、メリーは前脚を使って歩けた。するとそれを知った、ここをかかりつけとしている器用な男性が、何と車椅子を作ってきてくれた。

 窓のサッシを組み合わせた骨組み。後ろ脚を入れる枠が二つ、こちらは布団ばさみでできており、脚が当たっても痛くないよう、クッションも巻きつけた力作だ。

 男性はメリーを試乗させては持ち帰り、改良をくわえてくる。試行錯誤の末、体にピタッとはまった瞬間。

「メリーがものすごくうれしそうにして、最近はあまり動かなさなかったしっぽを、しっかりと動かしてくれたんです」

 以来、車椅子に乗ったメリーと散歩をするのが日課となった。

「車椅子を見ると、『散歩、行く行く!』って、ムクッと起きてきて。坂道ものぼってしまうんですよ」

 それは間違いなく、メリーと望月さんにとって、至福の時だった。

 メリーは望月さんが、生まれて初めて本格的な介護をした犬だった。

「とにかく体が大きいので、体位変換するだけでも大ごとでしたね。シャンプーする時は、2階のトリミング室までメリーを運ぶのは大変なので、1階の処置台で洗っていました。処置台は高く、メリーは大きいので、腕を上に伸ばして洗わなくちゃいけなくて。泡が腕をつたって垂れてきたことを、よく覚えています」

シャンプーされるシェパード犬
シャンプー中。スタッフ皆で、恐竜のトゲみたいに毛を逆立てて遊んでも、嫌な顔ひとつしない(望月さん提供)

 密に触れ合う中で、ますますメリーにのめり込んだ。

「介護を苦痛に感じることも全然なかったです。家でも主人に、メリーの話ばかりしていたかも(笑)」

 あの男性も、約束を守った。病院を訪れては、スタッフにメリーの様子を聞き、お金を置いて帰っていく。まれにみる誠実な人物だった。メリーの第二の人生は、人々の善意に包まれ、穏やかに過ぎていった。

火葬の前、向かった場所は…

 そんな日々が2年ほどつづいた。高齢のメリーは次第に衰えてきた。すでに機能していなかった右脚の血流が悪化し、壊死(えし)してきたため、断脚手術を行った。

寄り添う2匹の犬
断脚後。病院犬のミニチュア・ダックスフンドの「エメラルド」が寄り添う(望月さん提供)

 やがて寝たきりになった。食欲がなくなり、望月さんを見てもボーッとしている。弱っていくメリーを見るのはつらかった。

「この子、私がいない時に死んじゃうんじゃないかな」

 これまでもペットが自分のいないところで、あるいは気になっていた治療中の動物が、自分が休みの日に病院で、亡くなることがあったから。そしてその勘は外れなかった。

 ある休日、スタッフから電話がかかってきた。「メリーが逝ってしまいそうです」

「泣きながらすぐ病院に向かいましたが、間に合いませんでした。体はまだあたたかいままでした」

 あの男性に知らせると、「亡くなったメリーのことはお任せします」との返事だった。

 スタッフの間で話し合った。メリーは飼い主のいない犬だ。犬猫墓地のある霊園で、合同火葬をお願いしようということでまとまりかけたのだが。

「私はどうしても個別で見送ってあげたかった。院長先生に、『私がお金を出すから、個別の火葬にしたい』とお願いしました」

 するとスタッフが次々と、「私も出す」「じゃあ私も」と名乗り出てくれた。「半分は、俺が出すよ」。そう言ったのは院長だった。

 霊園に行く直前。望月さんの足は、病院の冷凍庫に向かった。扉を開けると、断脚した右脚があった。亡くなった時のためにとっておいたのだ。火葬の時、棺の中に一緒に入れてあげた。散歩が大好きだったメリー。これできっと、お空の上で走り回れる。

動物看護師とシェパード犬
望月さんとメリー。今、メリーに贈る言葉は「楽しい時間をありがとう」(望月さん提供)

メリーの介護体験を次に生かす

 メリーが亡くなった時は、やりきった感が強く、「動物看護師を辞めてもいいかな」とさえ思った。だが火葬を終えて、気持ちに変化があったという。

「この経験を生かして、次にみる動物の、お世話や介護につなげられるんじゃないかなと思ったんです」

 寝たきりの子は、体位変換はまめに行う。ただし気に入らない向きにされるともがく子は、体位変換の代わりに、クッションを多めに入れて床ずれを防ぐ。

 自力で水を飲みに行けない子は、定期的にしっかり水を口に入れてあげる。誤嚥(ごえん)しないよう、首を起こし、ペロペロと嚥下(えんげ)したのを確認しながら、シリンジで少しずつ飲ませることが大切だ。メリーが教えてくれたことは全部、血肉となり、動物看護師の今に生きている。

 動物はかけがえのない贈り物を残し、いつか私たちより先に旅立ってゆく。出会いから別れまでおよそ2年。メリーがくれた、いとおしさが凝縮されたような日々を、望月さんは決して忘れない。

(次回は7月26日に公開予定です)

【前の回】ぽっちゃり犬がダイエットに挑戦 減量指導中に動物看護師が知った驚きの事実とは

保田明恵
ライター。動物と人の間に生まれる物語に関心がある。動物看護のエピソードを聞き集めるのが目標。著書に『動物の看護師さん』『山男と仙人猫』、執筆協力に動物看護専門月刊誌『動物看護』『専門医に学ぶ長生き猫ダイエット』など。

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この連載について
動物の看護師さん、とっておきの話
動物の看護師さんは、犬や猫、そして飼い主さんと日々向き合っています。そんな動物の看護師さんの心に残る、とっておきの話をご紹介します。
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