ぽっちゃり犬がダイエットに挑戦 減量指導中に動物看護師が知った驚きの事実とは

体を測るミニシュナ
頭の周囲や脚など6カ所を巻き尺で測り、体重とあわせて理想体重を割り出す

 肥満は健康の大敵ですが、うっかり太らせてしまうケースは多いもの。「減量指導」で活躍する動物看護師の秋山慶さんの原点となったのは、初めて手がけたミニチュア・シュナウザーです。カウンセリングで飼い主に打ち明けられた、体重減少をはばむ要因は、興味深いものでした。

(末尾に写真特集があります)

減量コンテストにチャレンジ

 千葉県船橋市にある須藤動物病院の診療スタイルは、ちょっと変わっている。

 多くの動物病院では獣医師が診察を終えると、処置が終わるまで、飼い主には待合室で待ってもらう。ところがここでは基本的に、すべてを飼い主の目の前で行うのだ。

 新人動物看護師として働き始めた秋山慶さんも、引っ込むわけにはいかない。飼い主が目を光らせる中、犬や猫の爪を切る。

「もし血が出てしまったらどうしよう……」。失敗はできないと、練習に励む。そして気づいた。「無言だと、場のなごやかな空気が保てない」

 そこで、「ご飯、食べてますか?」「かみ癖は直りましたか?」と、話しながらパチン、パチン。するとこなれ感が出てきた。飼い主も、「この人、できるな」と思ってくれているみたい。こうして鍛えられた度胸と会話力が、のちに秋山さんを助けることになる。

 ある日、フードメーカーの営業担当者がやって来て、こんな提案を持ちかけた。「減量のコンテストを始めるので、参加しませんか?」

 何でも、肥満の犬・猫の飼い主に対し、このメーカーが開発した減量のための療法食を使って動物病院に「減量指導」をしてもらい、うまくやせられたケースを表彰するという。

「参加した飼い主さんはフードを1袋、無料でもらえると聞き、『これなら飼い主さんを誘いやすい』と、軽い気持ちでチャレンジを決めました」と、秋山さんは振り返る。

 この時エントリーしてくれた中の1匹が、メスのミニチュア・シュナウザーの「カナ」ちゃんだった。

多頭飼いでシュナだけが肥満の謎

 カナちゃんは、誰の目にも明らかなぽっちゃり犬だった。パッツンパッツンの体、息もゼイゼイと苦しそう。

 カウンセリング初日。秋山さんの頭の中に、はてなマークが浮かんだ。

ぽっちゃり体形のミニシュナ
はちきれんばかりのカナちゃん。呼吸もつらそう(秋山さん提供)

 カナちゃんの家には犬が4匹いた。カナちゃんとその娘と、トイ・プードルが2匹。ところがシュナの親子だけがどちらも太っているという。

「なんでシュナウザーだけ太るんだろう?」。調べてみると、脂肪をため込み、太りやすい犬種とわかった。

 普段の食生活をたずねる。すると、「ドッグフード3カップとさつまいも、毎朝チクワも少し」あげていると言う。どうみても与えすぎではないか。

 体重測定をして理想の摂取エネルギー量を割り出すと、ドッグフードだけで倍以上あげているとの結果が出た。「うちの子にどのぐらい与えればよいのか知らず、ほしがるだけあげている人もいるのだとわかりました」

 目標体重と減量中の食事内容を決め、その後は2週間に一度来院してもらう約束をした。

減量をはばむ敵は次々と現れた

 来院のたびに、体重と健康状態をチェックし、それまでの2週間の様子を話してもらう。

 減量指導は飼い主に、家での出来事を正直に話してもらわなければ成功しない。もしうまくいかないことがあれば悩みを聞き、一緒に解決法を考える必要があるからだ。

猫
秋山さんが減量させた、病院猫のマック。満腹感を得られるよう、早食い防止用の食器も使用。フードを一粒ずつ手で出して食べたそうだ(秋山さん提供)

 そこで力を発揮したのが、須藤動物病院の診療スタイルで培った能力だ。初めての指導で内心ドキドキしながらも、コミュニケーションを深めながら、堂々と進めていった。

 始めて1カ月後。「よくりんごをあげていたけれど、ダイエット中だから我慢しているの」と飼い主は言った。

 最初に食事内容を聞き取った際、「時々人間の食べ物をあげている」とは申告されなかったのだが。たまに与えるちょっとしたものは、案外意識から抜け落ちているらしい。

 夏まっさかりの7月には、こう打ち明けられた。「すいかときゅうりをあげてしまった」。11月になると秋の果物が登場した。飼い主の「おやつをあげたい」願望を、旬の味覚が誘惑する。

「でも、『おやつは全部ダメ』だと減量は楽しくないし、つづかない。そこで、おやつをあげたらそのぶんフードを減らしてもらって調整しました」

 減量をスタートして半年もたった頃。驚きの事実が明らかになる。

「薬を、パンに包んで飲ませていることがわかったんです。パン!? しかも、薬ってことは毎日あげていたことになります」

 服薬用のパンは、おやつとは認識していなかったのだろう。

動物病院のカルテ
カナちゃんの減量カルテ。色んなハプニングを乗り越えながら、体重を順調に減らしていった

 体重減少をはばむ「敵」はおやつだけではなかった。ある日のカルテには、「お母様がギックリ腰」と書かれている。これでは散歩に行けず、エネルギーの消費量に影響が出てしまっても仕方ない。

 他の日のカルテには、「おばあちゃんがごはんを与えてしまう」の記載。これ、ペットの減量あるあるだ。

「すごく多いです。減量中なのに、祖父母やご主人が余分にあげてしまうパターン」

 敵は動物病院に来ない、身内の中にも潜んでいるのだ。

 減量中、飼い主は何につまずき、どんなサポートが必要なのか。カナちゃんの飼い主が報告してくれる一言一言が、秋山さんにとって学びの連続だった。

 そして、秋山さんがもっとも衝撃を受けた言葉、それは……。「しっぽが振れるようになった!」

減量に成功したミニシュナ
ついに減量に成功。減量前の写真と比べると、まるで別の犬のよう(秋山さん提供)

「尾のつけ根のところに肉がつき、ずっとしっぽが上がらなかったそうです。やせるとそういうことが起きるのかと思いましたね」

 1年半かけて根気強く目標を達成。12.2kgあった体重は、半分の6.3kgになった。カナちゃんのケースはコンテストで高く評価され、全国の犬の頂点に輝く3匹の中の1匹に選ばれた。

ウエストのたるみはくびれに激変

 カナちゃんの減量成功をきっかけに自信を得た秋山さん。以後、減量指導はライフワークとなり、経験と勉強を重ねて身につけたノウハウは厚みを増した。

 そのひとつが野菜を中心に、おやつとしてよく使われる40種類以上のエネルギー量を調べたリストだ。ドライフードも商品ごとに1粒の重さを量り、エネルギー量を計算した。

「『ミニトマトは1個4kcalだから、そのぶんフードを〇粒減らしてね』とアドバイスできれば、飼い主さんも実行しやすいと思います」

 減量を挫折せず継続してもらうため、「時短」も目指すところだ。

「『フード0.7カップぶん』といわれても、計量しづらいですよね。そこで、ヨーグルトのカップとか、チワワならおちょことか、その子に与える分量が『すりきり一杯』で量れる容器を探して、さしあげています」

 とことん寄り添う指導で、数多くの肥満の犬・猫を、すっきりボディーに導いてきた。ウエストのたるみがくびれへと変わり、動きも軽やかに。もちろん健康面でも大いにプラスだ。

 普段、診察室の主役は獣医師だ。でも減量指導に入ると、「先生」は動物看護師である秋山さんに切り替わる。爪切りでドキドキしていた新人時代。今、指導用のファイルを手に診察室に現れる秋山さんの姿は、たのもしさで輝いている。

(次回は7月12日に公開予定です)

【前の回】病気で食が細った猫 自分の意思で食べてほしい、動物看護師が編み出した方法とは

保田明恵
ライター。動物と人の間に生まれる物語に関心がある。動物看護のエピソードを聞き集めるのが目標。著書に『動物の看護師さん』『山男と仙人猫』、執筆協力に動物看護専門月刊誌『動物看護』『専門医に学ぶ長生き猫ダイエット』など。

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この連載について
動物の看護師さん、とっておきの話
動物の看護師さんは、犬や猫、そして飼い主さんと日々向き合っています。そんな動物の看護師さんの心に残る、とっておきの話をご紹介します。
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