宗友さん家族の愛を一身に受けるチョコ(宗友さん提供)
宗友さん家族の愛を一身に受けるチョコ(宗友さん提供)

病院で息引き取ったダックスを見送る家族 動物看護師がみた「悲しみだけでない別れ」

 動物病院は、死と直面することも多い場所です。動物看護師の山下怜可さんは、病院で息を引き取ったミニチュア・ダックスフンドとのお別れのシーンをきっかけに、それまで行っていたペットの見送り方を、大きく変えてゆきます。全2回の前編です。

(末尾に写真特集があります)

死とは何? 探し求めた答えとは

 のびペットクリニック(奈良県生駒市)で働く山下怜可さんは、5年前、母親を亡くしたことをきっかけに、「死」について知りたくなったという。

 振り返ってみれば、普段、仕事をする中で、動物の死にかかわることは多い。ペットを失って悲しんだり、苦しみまでも感じる人を大勢見てきた。

「私たちも、ペットを死から遠ざけるために、医療や看護でもって抵抗しているといえます。そんな中で、死イコール悪いもの、というイメージがずっとありました」と、山下さんは言う。

 だが、それが肉親である母親の身に起きた今、わからなくなった。死っていったい何なのか? 亡くなった人が残した手記を読んだり、お寺の住職に尋ねに行ったりもしたが、納得のいく答えは得られなかった。

 半年ほどたった頃、母親の知人から手紙をもらう。自身の悲しみがつづられる中、「死なないでほしかった」との言葉があった。

「亡くなったからといって、母の存在価値がなくなるわけじゃない。それなのに、『生きていないと意味がない』と言われているような気がして、心に引っかかりました」

 だが、この時巻き起こった感情に向き合うことで、やがて自分の中で答えに行き着けたという。

「ああ、死って、尊重されるべきものなんかな、って思ったんです。人生とは別物で、切り離して、『そこに行っちゃダメだよ』っていうところではなく、人生の一部なのだと。寂しい気持ちは、自分のものとして大事にはするけれど、それを故人に向けるのではなく、人生の集大成として、死ごと、その人の人生を尊重したいと思いました」

白色の長毛猫
山下さんが看取(みと)った愛猫「雪子」。闘病や別れなど、動物看護師としてうちの子から学ぶことも多い(山下さん提供)

チョコ、大きな病気と診断される

 さて、話はいつもの仕事の現場へと移る。「チョコ」という名前のミニチュア・ダックスフンドがいた。

「チョコちゃんは、普段はすごくいい子ですが、嫌な時は『プン』ってしちゃう女の子です(笑)。そこがまたかわいいんですけれどね」

 飼い主である宗友さん家族の、お姉さんに大事に抱っこされて、お母さんとお姉さんに連れられて来る。明るくて楽しい家族と、ワイワイ話しながら診察するのがいつもの光景だった。

 ある日、「元気がない」とのことで来院した。検査をすると、心臓に腫瘍(しゅよう)ができており、心臓を覆う膜の間に心のう液がたまり心臓を圧迫する、心タンポナーデという危険な状態だった。

 たまった液を抜き、一時的に症状は落ち着いた。そこで家族と話し合い、今後は飲み薬による内科療法で経過を見ながら、また液がたまり出したら、そのつど抜いていくとの治療方針になった。

 正直なところ、かなり大きな病気で、良好な状態を保つのは難しい。だがチョコの経過は、驚くほど良かった。

「ほとんどが進行するとやせてきて、『しっかり食べないと体力が持ちません』とお話するのですが、チョコちゃんは全然食欲も衰えず、逆に太ってしまうぐらいでした。『ちょっと、ご飯、これぐらいにしときましょうね』とお伝えするほど、お薬だけで、いつものチョコちゃんのまま長く過ごすことができたんです」

散歩するミニチュア・ダックスフンド
散歩を楽しむチョコ(宗友さん提供)

 だが、そんなチョコにも限界がやって来た。病気が判明して半年後、再び心タンポナーデになり、液を抜きながら過ごす日々が始まった。心配する家族の希望により、1日2回通院してもらい、検査で状態の確認を行うことになった。

救命処置を続けるか決められない

 ある夕方、チョコを抱っこした妹さんと、お母さんが駆け込んできた。「病院の駐車場に着いたら、グッタリしてしまって」

「ギリギリ呼吸が残っているぐらいの危険な状態で、救命処置を始めようとした時には呼吸も止まってしまいました。人工呼吸器につなぎ、心臓は何とか動いている、という感じでした」

 ついに、来る時が来たのだ。

 獣医師が家族に状態を説明し、「心肺蘇生の処置を続けますか?」と尋ねるが、「どうしよ、どうしよ、そんなん決められへんわ」と決断ができない。

 山下さんはその時、いつもチョコを抱っこしてくるお姉さんがいないことに気づいた。

「お姉さんは、この状況、まだ知らないですよね?すぐに連絡してください」

 体調急変を知らないまま亡くなってしまうのは、何とか避けたい。「チョコちゃん、お姉さんが来るまで頑張ろうか」と、心肺蘇生をしながら待つことになった。

 20分ほどして、お姉さんが到着。「チョコー」とつぶやいて、体にふれた瞬間、何とか持ちこたえていたチョコの心臓が止まった。

「本当に、チョコちゃん待ってたんかな、って思うような旅立ちの仕方でした」

病院のスタッフ猫
迷子猫だった「くるみ」。今は病院のスタッフ猫としてみんなに愛されている(山下さん提供)

お姉さんの一言で空気が変わった

 すぐに医療機器から外されたチョコは、家族みんなに抱っこされる。「頑張ったね」と号泣し、山下さんらスタッフも涙を流す。悲しみが部屋中を覆っていた。

 ところがしばらくして。

「お姉さんが、『ちょっとチョコ、重たいんやけど』って、笑いながら言ったんです」

 その瞬間、悲しみだけだった空気が変わった。

「ほんまやチョコ、病気したのに全然やせへんだ」「今朝もささみ食べたのに」「食欲なくなったら、最高の霜降り肉あげようと思ってたけど、食欲なくならへんだから食べ損ねたやん」

 家族らの言葉に山下さんも、「私たちもこんな重病な子に、『ちょっと太りすぎですね』って言ったん、初めてですよ」と返す。

「そこからは、チョコちゃんを囲んで、皆でいっぱいお話をチョコちゃんにして、お別れを迎えることができました」

 これは山下さんにとって、新鮮な別れのシーンだった。

 その後、いつもの流れでエンゼルケアをすることになった。エンゼルケアとは、病院で亡くなった動物に対し、体液が出ないよう詰め物をしたり、旅立ちの準備として身なりをきれいに整えることで、おもに動物看護師が行う。

エンゼルケア
亡くなった子はエンゼルケアを施し、紙の棺に納める(山下さん提供)

「エンゼルケアは見せちゃいけないもの、という意識もあり、飼い主さんの見えないところでするのが普通でした。これまで特に疑問に思うこともなくそうしてきました」

 この日もエンゼルケアをするため、「チョコちゃんお預かりします」と伝えた。家族が部屋を出て行く際、ふとお姉さんと目があった。その瞬間、とっさに声をかけていた。

「一緒にやりますか?」

(つづきは4月26日に公開予定です)

【前の回】「猫のおしっこが出ない」慌てる飼い主 動物看護師の冷静な対応で落ち着きを取り戻す

保田明恵
ライター。動物と人の間に生まれる物語に関心がある。動物看護のエピソードを聞き集めるのが目標。著書に『動物の看護師さん』『山男と仙人猫』、執筆協力に動物看護専門月刊誌『動物看護』『専門医に学ぶ長生き猫ダイエット』など。

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この連載について
動物の看護師さん、とっておきの話
動物の看護師さんは、犬や猫、そして飼い主さんと日々向き合っています。そんな動物の看護師さんの心に残る、とっておきの話をご紹介します。
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