リラックスしてもらうため、動物にたくさん話しかける(ちかさん提供)
リラックスしてもらうため、動物にたくさん話しかける(ちかさん提供)

「猫のおしっこが出ない」慌てる飼い主 動物看護師の冷静な対応で落ち着きを取り戻す

 あふれるほどの愛情で、日々動物と接している動物看護師のちかさん。そんな彼女がもっとも大切にしていること、それは飼い主との何げない会話です。動物の治療とおしゃべりには、いったいどんな関係があるのでしょうか。

(末尾に写真特集があります)

不運の子猫がつむいだ縁

 1日の勤務を終えた、動物病院からの帰り道。ちかさんは、野良猫の黒い子猫が倒れているのを発見した。かわいそうに、交通事故に遭ってしまったのだ。子猫はすでに息絶えていた。

「あの日は、疲れていたこともあったのかもしれませんが、すごく悲しくなって。『ごめんね、ごめんね』って言いながら、その場で大泣きしてしまいました」と、ちかさんは言う。

 勤め先の病院が近いことから、とりあえず病院に連れて帰ろうと決めた。でも、どうやって運ぼうか?

 困っていると、偶然通りがかった女性が「どうしたの?」と話しかけてきた。

「私、あそこの動物病院で働いているので、この子を連れて帰ってあげたいんです」

 状況を理解すると、女性はその場から立ち去った。やがて戻ってくると、その手には段ボール箱。自宅で見繕ってくれたのだろう。

 箱に小さな体を納め、病院へとUターンする。「火葬してあげたいな」。院長に許可をもらうと、ペットの火葬業者に連絡して、合同火葬に出した。ふびんな子猫に、してあげられる精いっぱいだった。

 しばらくたったある日。マルチーズとビション・フリーゼのミックス犬を連れた人物が、ちかさんの働く病院の扉を開けた。ちかさんを見ると、明るい声が響いた。「来たわよ」。

「あーっ! あの時の」

 忘れもしない、その人物は、子猫を運ぶ段ボール箱を用意してくれた女性だった。

「来院の理由は、フィラリアの予防か健康診断だったかな。こんなこともあるんだって、うれしかったですね」

 ありがたいことに、その後もおなかの調子を崩した時など、かかりつけ医としてずっと通ってくれたという。

猫
ちかさんの愛猫。恐竜のかぶりものがよく似合う(ちかさん提供)

 動物は治療中、苦痛を感じても「怖い」「痛い」と言葉で訴えることができない。また、飼い主の目の届かない場所での処置や入院でどのように扱われたかは、動物が報告できない以上、飼い主にはわからない。

 ものいわぬ動物は、弱い立場にいる。だからこそ、動物に心からの愛情を持って接する、ちかさんのようなスタッフのいる病院なら、安心してうちの子を任せられる。そう考えるこの女性のような人は多いのではないか。

問診であせる気持ちを取り除く

 動物を介して、飼い主と心がつながったと感じた出来事がもうひとつある。

 1匹の猫が入院し、そのまま病院で息を引き取った。少ししてから、一通の封書が病院に届いた。宛名は「○○先生」でも「スタッフの皆様」でもなく、ちかさん個人名だった。

 手紙には、亡くなる前日と、なきがらを連れて帰った時、ちかさんがいてくれて大変心強かったと、感謝がつづられていた。

 また、以前、尿路結石症を患った別の猫を連れて、初めてこの病院を訪れた時のことについて、「開院前に血相変えてやって来た私を丁寧かつ冷静に応対して下さった事を今でも覚えています」と記されていた。

「亡くなってしまった子をお返しする際は、『すごく頑張ってくれましたね』ってお伝えしました。尿路結石症の子の時は、『おしっこが出ない』と言って来院されました。猫に対して愛情深い方でしたから、心配のあまり、取り乱していらっしゃいました」と、ちかさんは振り返る。

手紙
飼い主からのお礼の手紙。仕事がしんどい時に読み返す、お守りのような存在だ(ちかさん提供)

 愛猫の異変で平常心を失った女性に、問診をとったのがちかさんだ。

「『もしうちの子が同じ症状だったら』と考えると、早く診てほしくて、あせる気持ちはとてもよくわかります。でもそこで、私も一緒になって慌ててしまうと、大事なことが聞けなかったり、オーナーさんも、症状にかかわる重要な情報を思い出せなくなるかもしれません」

 そこで、言葉がきちんと伝わるように、声のトーンを低め、ゆっくり話すことを意識した。尿はいつから出ていないのか。血尿はあったか。食欲はあるか、吐き戻しはなかったかなど、質問を重ね、着実に答えてもらう。

柴犬
ちかさんがシャンプーした柴犬。100円ショップなどで買ってきた小物で背景を飾り、飼い主に喜んでもらう(ちかさん提供)

 問診をとるのは診療に必要となる情報を得るためだが、ここで話してもらうことで、ワンクッション置き、気持ちを落ち着けて診察室に入ってもらえる効果もある。これも動物看護師の腕の見せどころ、といえそうだ。

「手紙を読んで、『自分のやってきたことは間違っていなかったのかな』と思えました」

 不安やつらさの中にいる飼い主を、ちかさんのプロの対応が、しっかりと支えていた。

おしゃべりは有益な情報の宝庫

「オーナーさんとお話しできるのが、この仕事の楽しさだし、私が一番大事にしていること」とちかさん。動物が皮下点滴されている5~10分ほどの時間も利用して、話すことを心がける。たわいもないような会話の中に、治療につながる大事な情報が潜んでいることがあるからだ。

 例えば食事はウェットフード派かドライフード派か。チキン味に魚味、どんな味を好むのか。苦手なものは何? 聞かれる側は、点滴が終わるまでの、単なる雑談と思っていそうだが……。

「いろいろ聞いておくと、例えば入院した時、『知らない人が苦手な子だから、入院室を布で目隠ししてあげよう』と配慮できるなど、役に立つことがあります」

壁のディスプレー
ちかさんが制作した、フィラリアの予防を呼びかけるディスプレー。季節ごとに、飼い主に知ってほしい情報を張り出す(ちかさん提供)

 ささいなことでも話してもらえるよう、飼い主との心の距離を縮めるコツは、ずばり、ほめること。

「やっぱり皆さん共通しているのは、自分の子をほめられたらうれしいということ。『この柄がいい』『口元がかわいい』『性格がいい』とか、かわいい部分を見つけ出してほめています!」

 繰り返すが、動物は話せない。そのため動物にまつわる情報を得るには、飼い主に話してもらうことが欠かせない。だからちかさんは今日も楽しく、飼い主との「おしゃべり」に花を咲かせる。

(次回は4月12日に公開予定です)

【前の回】チワワが命をもって教えてくれたこと その日から動物看護師は懸命に学び始めた

保田明恵
ライター。動物と人の間に生まれる物語に関心がある。動物看護のエピソードを聞き集めるのが目標。著書に『動物の看護師さん』『山男と仙人猫』、執筆協力に動物看護専門月刊誌『動物看護』『専門医に学ぶ長生き猫ダイエット』など。

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この連載について
動物の看護師さん、とっておきの話
動物の看護師さんは、犬や猫、そして飼い主さんと日々向き合っています。そんな動物の看護師さんの心に残る、とっておきの話をご紹介します。
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