「カジです。イスって下に座るものなんだよ」(小林写函撮影)
「カジです。イスって下に座るものなんだよ」(小林写函撮影)

猫の多頭飼い、この子のためは自分のため 長い時間をかけてたどりついた2匹の姿

 人間の子どもと同じように、猫も1匹より兄弟姉妹や仲間がいたほうがよいのではないか。

 都内の一軒家に暮らす亜由美さんはそう考えた。それで2歳半のスコティッシュ・フォールドのメス猫「コチ」のために、3カ月の茶トラのオス猫「カジ」を迎えた。2019年8月のことだった。

(末尾に写真特集があります)

想像だにしなかった2匹の初対面

 コチは手がかからず、穏やかな性格だった。最初だけ気をつけていればカジを受け入れ、仲よくやってくれるに違いない。そう思っていた。

 だが、1カ月の隔離期間を経て、リビングで直接対面させたとき、コチは聞いたこともないような唸り声を上げ、からだ中の毛を逆立ててカジに飛びかかった。

 2匹はすぐに離れたがコチは興奮がおさまらず、カジは尻尾から血を流していた。

負傷したカジは動物病院へ

 大慌てで、かかりつけの動物病院にカジを運んだ。

「コッちゃんが噛みついたんですね。猫は4本牙があるので傷が4つあるんですよ。傷からバイ菌が入って化膿すると大変ですから、しっかり処置しましょう」

 院長先生は4つの傷を探し出し、尻尾の毛を全部剃って念入りに消毒をした。

 先住猫のいる環境に新たに猫を迎えた場合、先住猫が新入りを威嚇したり攻撃したりすることは珍しくない。あまり過敏にならずに猫たちに任せて見守ればよいということは、2匹目の猫を迎える際の心構えとして言われることだ。

「コチです。おかん好みの上品なじゅうたん、私にぴったりね」(小林写函撮影)

 ただ、流血があった場合は別だ。哀れ尻尾を丸裸にされ、エリザベスカラーを装着させられたカジは、再びポータブルケージでの生活に戻ることになった。

困難を極める2匹の共同生活

 ケージは常に様子が見えるようにと、1階のリビングに置かれた。2匹の猫は、窓越しにお互いの姿を確認するや否や、激しく猫パンチを繰り出し合った。

 2匹が落ち着いているときを見はからい、カジをケージから出すこともあった。コチは尻尾を普段の3倍近く膨らませてカジを追いかけ、とっ組み合いに発展する。興奮しているコチを押さえようして、亜由美さんが負傷することもあった

 正気を失ったようなコチと、それに応戦するカジの様子は、野良猫達の果たしあいのように見え、怖くもあった。

「コチのため」は「自分のため」だった

 そんなとき、友人の付き添いで訪れた、とある動物病院の獣医師に言われた。

「その関係じゃあ、仲よくさせるのは一生無理だね。1階と2階に分けて生活させるしかないよ」

 ショックだった。SNSに上がってくるような、猫同士がくっついて日向ぼっこをしたり、眠ったりする光景は見られないのだ。

「コチのために」と迎えた2匹目だったが、実は自分のためだったのだと、亜由美さんはこのとき気がついた。

 こうして、コチが2階、カジが1階という別居生活が始まった。

「うちの前の電柱が邪魔なんだけど、電力会社に相談かしら」(小林写函撮影)

 家の1階から2階へと上がる階段の下にはドアがついていた。2匹の往来を遮断し、顔を合わせないようにすることは物理的には難しくはなかった。

 だがコチもカジも、1階と2階を自由に行き来したいのは間違いない。特に、家中を好きなように闊歩していたコチの行動が制限されるのは不憫だった。

 相容れないコチとカジを見るたび、自分の選択が正しいのかどうか、亜由美さんは悩んだ。

 カジを迎えて1年近くが経とうとした頃、多頭飼いをしている友人に誘われて、保護猫シェルターに出かけた。

 2匹の猫の折り合いが悪い場合、3匹目を迎えると、緩衝材になって改善する場合もあると聞いたからだった。

まだやるべきことはある

 シェルターでは、複数の猫が同じフロアで過ごしていた。仲よさそうにじゃれあっている猫もいれば、パンチを繰り出し、絡みあって転げ回っている猫もいた。まどろんでいるところを別の猫に邪魔され、シャーシャー言って追い払い、何事もなかったように昼寝を続ける猫もいた。

 猫って、こんなものなんだ。

 並んでご飯を食べたり、「猫団子」になることが、猫の生活のすべてではない。

 まだやるべきことがあると思い直した亜由美さんは、階段下のドアを少しずつ開放することに決めた。

「君の昼飯ちょっとつまんじゃったよカジ」(小林写函撮影)

 考えてみたら、流血するまでの事態が起こったのは最初の1回だけだ。それにいつも攻撃を仕掛けるのはコチだった。人間に対して甘えん坊のカジは、コチとの距離も縮めたがっているように見えた。

おやつを使って

 2階にいるコチが階下に降りてきたらドアを開け、1階にいるカジを見つけて飛びかかる前に、すかさずおやつを与える。近づいてくるカジにも同じように与える。

 食いしん坊のコチは、食べることに夢中になっている間はほかのことが目に入らない。食べ終わり、我に返ってカジを凝視したら、「今日はここまで」とドアを閉める。

 これをおやつ以外のフードでも何度か繰り返した。そのうち、コチは食事が終わっても、カジがいることに動じなくなった。「同じ飯を食べる仲間」として認識したようだった。

飼い主が動じてしまわないこと

 また「対面タイム」を決めて、2匹をリビングに放すことも試みた。コチがカジに飛びかかっても、正気を失ったようになっていても静観する。エスカレートしそうになった場合にのみ、手に持ったクッションを遠くに投げて気をそらすようにした。

 飼い主が動じないことが重要だと、亜由美さんは肝に命じた。

 こうして数カ月が経った頃、コチの尻尾がカジを見ても膨らまなくなった。追いかけられる側だったカジがコチを追いかけるようになり、ときに山乗りになってコチに噛みつくようになった。最初は驚いたが、いつも甘噛みだった。

長い時間をかけてたどり着いたのは

 そのうち一定の距離を保てば同じ空間で落ち着いて過ごせるようになり、隣同士で食事をとり、同じキャットタワーの上段と下段でくつろぐようになった。

 そして2021年5月のある日、ついに亜由美さんは2匹が並んで窓外を眺めている姿を目にした。

 カジを家に迎えてから約2年後のことだった。

(次回は3月11日公開予定です)

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宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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動物病院の待合室から
犬や猫の飼い主にとって、身近な存在である動物病院。その動物病院の待合室を舞台に、そこに集う獣医師や動物看護師、ペットとその飼い主のストーリーをつづります。
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