猫40匹の多頭飼育崩壊から保護されたシャイな猫 新しい飼い主の心を優しく癒やした
6年前に多頭飼育崩壊の現場から救出された雌の白黒猫が、ボランティア宅で数年過ごしたのち、一人の女性に“見初められ”て、家族に迎えられました。猫はシニア期ですが、新たな環境でのんびり過ごしています。女性もつらい経験をしていましたが、この猫との出会いにより安らぎを取り戻したといいます。見えない糸で結ばれていた、猫と人の物語。
おとなの猫を探していた
「うちの子はビビりなので、ピンポンとインターホンが鳴るとすぐに隠れちゃうんです(笑)」
ワンルームに暮らす会社員のなみさん(29歳)が、愛猫「糸」(雌、推定10歳)の紹介をしてくれた。
この日はリモートで話を聞いたため、お気に入りのハウスからこちらをのぞくハチ割れの顔がよく見えた。
なみさんが糸を迎えたのは、昨年4月だった。
猫が欲しかったが、ペットショップで買うつもりはなく、「迎えるなら保護された猫から」と決めていた。
そしてネットで探している時、1枚の写真に、はっと心奪われたのだという。
「ハチ割れのアップを見たとたん、『きれいだな』と思いました。紹介記事に“8歳(美熟女)”とあって、それもよかった(笑)。雌雄どちらでもよかったのですが、唯一のこだわりがおとなの猫であることだったので。ぴったりな年頃でした」
なみさんは一人暮らしで留守も多いため、世話をしたり遊んであげたり“多くのケア”が必要な子猫ではなく、落ち着いた成猫を相棒に探していた。
申し込みをすると、とんとんと話が進んだ。
そしてお見合いは、なみさんの家で行った。理由は、糸がとてもシャイで、預かり宅になみさんが行っても隠れてしまう可能性があり、譲渡会への参加も糸の負担になりそうなことから、ボランティアから「直接家に連れていって会うこと」を提案されたという。
糸ちゃんのつらい過去
「そのままトライアルになりましたが、糸ちゃんは警戒心が強く、1週間近くケージにいました。夜、部屋を暗くして私が寝るとそっと出てきましたね。私も何匹か猫の飼育経験があるけど、ここまで用心深い子は初めて。ちゅーるは初めから食べたので、“もらうものはしっかりもらうんだ”と少し安心したのですが(笑)。4年近くボランティアさん宅で人なれ修行をしてこうした状態なので、この先も糸はあまり変わらないかな、と思っていました」
その警戒心や慎重さは、つらい過去が影響していたのかもしれない。
糸は2016年の春、都内の民家で起きた多頭飼育崩壊の現場から、40匹の仲間の猫とともにレスキューされた。
保護に関わったボランティアによれば、ごった返して汚れた部屋から糸を救出した時、「痩せ細っていた」という。満足に食事もとれていなかったのだろう……。
しかしレスキュー後はよく食べ、どんどん体重も増えた。歯肉炎が進んで歯はすべて抜くことになってしまったが、つやがあり、ボランティアの女性の夫が「歴代一の美猫だ」と言うほど。だが、縁がつながらないまま、月日が流れていった。
そんな行く先が長く決まらなかった糸に、なみさんは、ひかれたのだった。
「飼育崩壊の背景も聞きましたが、可哀想という以上に、この白黒の美しい子と暮らしてみたい、ルームシェアしたいと思ったんです。私自身の中に、すがるような気持ちもあったのかもしれません」
デレデレな先代猫との出会いと別れ
なみさんは、糸を迎えた1カ月ほど前に、先代の「クロ」という人懐こい雄猫を13歳でなくしていた。
クロも、「おとな」の年代になってから迎えた猫だった。
「私がクロを引き取ったのは、2018年の夏でした。友だち夫妻が飼っていた猫なのですが、“子どもが生まれたりして飼えなくなった”と聞き、じゃあうちで引き取る、と名乗り出たのです。クロはアビシニアンで、その時すでに11歳。クロを迎えるため、私はペット可物件に引っ越しました」
アビシニアンはスリムでナーバスというイメージもあるが、クロはそんなイメージをくつがえしたのだという。
「自分の知っている“神経質そうなアビ”と違って、のんびりしたおデブちゃんで。もともと、“うちの子だったんじゃないか”と思うくらい人懐こかった。家にすぐ慣れて、一緒に寝て、お風呂に入ったらドアの前で待っていたり、外出先から戻れば玄関まで迎えにきて。本当に可愛くて、気も合いました」
ラブラブな毎日を過ごし、「これからも楽しくずっと暮らせるだろう」となみさんは思っていた。
だが、1年後に連れていった健康診断で、腎臓の数値が少し悪くなっていることがわかった。気をつけながらまた検査に連れていこうとしていたのだが、その後、がくっと悪くなったのだという。
「あっという間に食欲が減って、痩せて、脱水症状のようになり……。入院しても容体はまったくよくならず、先生と相談して、自宅でみることにしました……ある晩、2時ごろに重いなと思って起きたら、クロちゃんがあいさつするように私の体に乗っていて」
異変に気付いたなみさんは救急動物病院に連絡した。連れて行く間もなく弱り、電話口で心臓マッサージの仕方を教わって指で胸を何度も押したが、クロは、旅立っていってしまった。
「友だちのクロちゃんから、“私のクロちゃん”になって1年半。まだまだこれからなのに。病院で『この子の寿命だったんですよ』といわれましたが、つらくて……。火葬の日に会社を休み、そのあと、クロちゃんのいなくなった部屋で、ひとり放心していました」
子どもの頃から実家でも何代も猫を飼ってきたなみさんだが、クロとの別れはとにかく悲しく切なく、自分を責める気持ちと、もっと愛したい気持ちが何度も交錯したのだという。
そしてぬくもりを求めるように、猫を探し始めたのだった。クロと過ごしたような時間を、「再び持ちたい」とも思いながら。
ある日を境に変わった糸
なみさんが糸と過ごして、1年7カ月が経った。
「先代のクロちゃんと過ごしてきた時間を、少し越えたところです。じつは糸ちゃん、途中でキャラ変して、私も驚いています」
最初こそ、ビビりな面を見せていた糸だが、その後、たがが外れたようなデレ猫になったのだという。
「家に来て2週目に昼間に出てきて、3週目になでさせてくれるようになって。それからしばらくして、椅子に座っていたらいきなりぴょんとひざに乗ってきた!それを機にくっつくことが増えていき、寝転がればおなかの上に乗ったり、お布団の中にも入ってきて……。女子はドライな子が多いと思っていたのだけど、クロをほうふつとさせる甘えぶりなんです」
糸はきっと、ここなら安心、愛がいっぱい、と途中で確信したのだろう。
今や、「モミモミ、ぐるぐるし放題」だといい、なみさんもうれしそうだ。
「とにかく私が座るとすぐひざに乗る。お風呂の前に、もらったラインを返そうとしてちょっと腰かけても乗ってくるので、立ったままラインをしたりして(笑)。今も来客は苦手だけど、私の前ではけっこう、にゃあにゃあ“おしゃべり”なんですよ」
なみさんには、「もう1匹猫を迎えたい」という気持ちもあるそうだが、悩んでいるという。
「自分は今、保護活動をする余裕がないけど、私が1匹ひきとれば、(保護活動をして下さっている方の)シェルターに空きができて、別の子が入れるでしょう。糸ちゃんは多頭飼育崩壊した家でも、ボランティアさん宅でも多くの猫と暮らしてきて、たぶんどんな子ともうまくやれると思う。だけど、迷う。思う存分甘えてもらいたいから。今は、私のひざは糸ちゃんだけのもの(笑)」
なみさんは、「クロちゃんの経験をふまえて、健康にも十分に気を付けて大事にしていきたい」と話す。
行き先が何年も決まらなかったのは、糸自身が幸せになる「縁」を待っていたからなのかもしれない。
いつか誰かと結ばれますように。そんな願いから名づけられた赤い“糸”の先は、しっかりと、つながったのだ。
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