ネコの飼い主さんと研究者による共同実験 なぜ「猫転送装置」に入る?

猫のイラスト
飼い主さん宅でおこなわれた実験の様子

 数年前にSNSで流行った「#猫転送装置」を覚えていますか? 床にテープで円や四角を描くだけで、ネコがホイホイとその中に入ってしまうという現象のこと。ネコ好きなら、一度は飼いネコで試したことがあるかもしれません。円の中に自ら入り佇む姿は、SF映画に登場する転送装置でタイムワープするのを待っているかのように見えます。

 テープで描いた円だけでなく、段ボールや洗濯カゴなど、ネコは狭いスペースに入るのを好みます。ネコの狭い場所への嗜好は、シェルターなどで隠れるための段ボールを与えるとストレスが軽減するという実験で証明されています。ただ、なぜ安全な場所であっても隠れるのか。そのメカニズムは未だ解明されていません。

 今回は、この狭い場所を好む性質を利用したコロナ禍の2021年に発表された論文" If I fits I sits: A citizen science investigation into illusory contour susceptibility in domestic cats (Felis silvestris catus)"を紹介します。

ないものが見える錯視とは?

 ネコが狭い場所を好むという現象は、ネコがモノの輪郭を視覚的に把握できているということになります。視覚的な能力があるということは、ヒトと同じように目の錯覚=錯視(さくし)があるのではないか。そこで、ニューヨーク市立大学の研究チームは「カニッツァ錯視」と呼ばれる現象をネコで調査することにしました。

猫のイラスト
左から「カニッツァ錯視」と「デルブーフ錯視」

 1955年にイタリアの心理学者ガエタノ・カニッツァが考案した「カニッツァ錯視」は、円の一部が欠けたパックマン型の図形を4箇所に配置すると四角形が目に浮かんでくるという現象のこと。この錯視は、現実にはない情報を脳が補うことで生じるといわれています。

「カニッツァ錯視」は、ヒトの赤ちゃんでは3~4カ月で発達し、歳を重ねるとより強まる可能性があります。またイヌ、チンパンジー、ミツバチ、金魚などさまざまな生き物で研究されています。

 以前の研究で、ネコは目の錯覚を受けやすいことがわかっています。円のサイズが異なって見える「デルブーフ錯視」や、細かな円がかさなると蛇のようにみえる「蛇の回転錯視」などの研究があります。

飼い主さんの協力で実現した調査

 今回の調査は、飼い主さんの協力を得た実験でした。研究者と一般市民が共同で研究をおこなうことをCitizen Science=市民科学と言います。コロナ禍において、実験が難しかった時期、ステイホームをしている飼い主さんに遠隔で協力をお願いするというアイデアもこの論文が評価されたポイントです。

 はじめに、研究チームはSNSで協力してくれる飼い主さんを募集しました。参加の条件として、飼い主さんには黒いペンやプリンター、ハサミ、定規、記録するためのカメラかスマートフォンを用意してもらいました。

 参加することになった飼い主さんは、まず飼いネコに関するアンケートに答えます。その後、指示されたサイズのパックマン型の図形を作成し、一方は四角(20.32cm×20.32cm)に見えるように配置し、もう一方は逆向きに配置します。また別のパターンとして、図形を四角に見えるように配置したものとテープだけで四角に囲ったもの、逆向きに配置したものとテープだけで四角に囲ったもののペアをそれぞれ用意します。

 準備ができたら、飼い主さんは目線で合図を送らないようにするために黒いサングラスをかけ、ネコをひとつめのペアの図形の部屋に連れてきます。そしてネコの動きをカメラで撮影し、どちらのエリアに入ったかどうかを記録しました。この作業を3ペアそれぞれ6回繰り返します。

 この調査には561匹が参加しました。しかし6回目までできたのはなんと30匹のみでした。そして30匹のうち、用意したいずれかの四角に入ったのは9匹のみでした。飼いネコの調査がいかに難しいかを物語る結果です。

 最終的に調査数は少なくなりましたが、四角に見えるものと四角に見えないものペアの場合、ネコは四角に見えるもののほうを選ぶという結果になりました。つまりネコは実際の正方形と同じように、錯視の正方形を認識するということが明らかとなったのです。ネコがヒトと同じような視覚をもつようになったのはなぜでしょうか。その謎を調べるため、研究チームは今後、伴侶動物ではなく野生動物であるライオンやトラなど同じネコ科動物で実験をおこなう予定とのことです。

 ちなみに、愛猫スカイは錯視の四角どころか、そもそもダンボールや輪っかの中に滅多に入りません。四角だと認識していても、あえて入らないのがネコという生き物……。ぜひ飼いネコでも試してみてください。

猫
猫転送装置に反応しない愛猫スカイ

今回ご紹介した論文
" If I fits I sits: A citizen science investigation into illusory contour susceptibility in domestic cats (Felis silvestris catus)"

【前の回】ネコの祖先はどんな動物? 9500年前に人と暮らした最古の記録が!

イラスト:長崎訓子(ながさき・くにこ)

服部 円
編集者・研究者。武蔵野美術大学卒業後、ファッション誌の編集者を経てフリーランスに。 2011年にWEBメディア「ilove.cat」を立ち上げる。2021年、麻布大学で修士号(動物応用科学)を取得。現在は京都大学野生動物研究センターの博士後期課程に在籍し、ネコとヒトとの関係について研究を行っている。Instagram @madokahattori

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この連載について
ネコ研究最前線
京都大学野生動物研究センターに在籍中の著者が、ネコにまつわる最新の論文を紹介しながら、ネコ研究の面白さを伝えていきます。
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