食欲が落ちた14歳の愛猫 動物病院へ行くと、放っておけば余命半年と告げられた

 両親と夫、保育園に通う娘と暮らす千明さんの家には、2匹の黒猫がいた。保護猫として子猫のときに迎えた「ハッチ」と、その約10年後に家の近所で、乳のみ子のときに保護した「キュウ」だ。性格の違いか、年が離れているためか2匹の折り合いはよくなく、両親の居住空間である1階はキュウ、千明さん一家が暮らす2階はハッチと生活エリアを分けていた。

(末尾に写真特集があります)

食欲が落ちて

 2匹とも健康状態は良好で、顔さえ合わせなければ問題なく、穏やかに過ごしていた。

 だから、2020年3月、14歳のハッチの食欲が落ち、動物病院に連れて行ったときも、単なる食欲不振だろうと考えていた。

 だが血液検査の結果、ハッチは脂肪肝と診断された。

 肝臓の異常を示す数値が標準値をはるかに超え、このまま放っておけば、余命は半年とのことだった。

黒猫
「僕はこのお話の主人公ハッチの弟、キュウです」(小林写函撮影)

 その病院は千明さんの家から自転車で5分もかからない距離にあった。以前から気になっていて、はじめて門をたたいた病院だった。数人の獣医師が勤務しており、ハッチの担当は若くキビキビとした女性で、名札には「部長」とあった。

 脂肪肝は原因を特定することが難しく、特徴的な症状が出にくいため、発見が遅れがちだという。

 もしかしたら、気の合わない猫、キュウとの生活がストレスになっていたのではないか。そして、健康だからと、定期的な血液検査を怠っていたことを千明さんは悔やんだ。検査をしていれば、早期に発見できたかもしれなかったのだ。

すべてを任せよう

 その翌日から、千明さんはほぼ毎日のようにハッチを連れて、治療のために通院した。

 治療は、栄養補給をして体力の回復を図りながら、肝臓の数値を改善していくというものだった。食欲増進剤や薬、水分補給のためのビタミン剤などを充塡した3本の太い注射が、毎回ハッチに打たれた。

 ちょうど新型コロナウイルスの感染拡大が深刻になりはじめた頃だった。千明さんは在宅勤務になり、週のほとんどを自宅で過ごすようになっていた。通院の時間が作りやすかったことはありがたかった。まるで、このタイミングを待ってハッチは病気になったようだった。

黒猫
「鏡の中にいる君は、キュウの反対のロクちゃんか?」(小林写函撮影)

 1週間ほど入院して集中治療も行い、退院後はしばらく、鼻からチューブを通しての流動食を与えることもした。また、食欲にむらがあるハッチのために、猫の闘病経験がある知り合いに相談して、好みそうなフードをかたっぱしから買い集め、試した。

 数値はよくなったり悪くなったりで、大きな改善は見られなかった。だが、獣医師からは、常に治療についてのしっかりとした説明があり、それは千明さんの納得のいくものだったので、すべてを任せようと決めていた。

徐々に悪くなっていって

 考えてみたら、これだけ毎日、朝から晩までハッチと過ごしたことはなかった。昼間、2階のリビングで千明さんが1人で仕事をしているとき、ハッチは常にそばにいた。寝ていたり、体調がいいと千明さんにすり寄って甘えた。

 ハッチは痩せ、なでると背骨が手にあたった。毛もごわごわで、以前のハッチではなくなってはいた。それでも一緒に過ごす時間は満ち足りていた。

 だが、著しい回復が望めないまま、ハッチの容体は徐々に悪くなっていった。4カ月が過ぎた頃、血液検査でがんが疑われる項目の数値が上がった。同時にハッチの腹部が腫れ、組織検査をしたところ、「血液のがん」といわれる悪性リンパ腫にかかっていることが判明した。

 手術で腫瘍(しゅよう)を切除するか、抗がん剤を投与していくか。治療の選択肢はあるが、いずれにせよ、ハッチの体力が戻らないことには難しい、という説明を受け、千明さんは悩んだ。

 金銭的な負担は大きくなっていたが、それで治療を諦めるつもりはなかった。1日でも長くハッチと一緒にいたいという、その願いは自分のエゴなのだろうか。腹部の腫れのせいで歩行も困難になっていくハッチの様子を見るのはつらかった。診察台で激しく鳴いて抗議するハッチを前に、なんとか頑張ってほしいという思いと、楽にさせてあげたほうがいいのではという思いが交錯した。

 そんな千明さんの苦悩を察したかのように、ほどなくしてハッチは自宅で静かに息を引き取った。2020年の夏の早朝だった。

黒猫の写真
「ハッチです。いつもここからお母さんたちを見守っているよ」(小林写函撮影)

寂しさと虚無感と

 はじめて家族として暮らした愛猫の死は、過去に味わったことのないつらさを千明さんに与えた。ハッチの闘病中、ほとんどかまってやることのできなかったキュウの存在も、千明さんを苦しめた。

 同じ黒猫のキュウにハッチを投影し、その一挙手一投足をハッチと比べてしまうからだった。ハッチだったら、こんな鳴き方はしない、ハッチなら、こういうとき、こんな行動や表情を見せてくれたのに。ハッチだと思ってキュウを眺めていて、違うことがわかった瞬間に言いようのない寂しさと虚無感に襲われる。

 いっそのこと、キュウがいなかったら、違う柄の猫だったら楽だったのに、と考える自分を責め、泣いた。

黒猫の絵
「この家の女の子が描いた、僕とハッチ兄さんの絵かな」(小林写函撮影)

 そんな気持ちが、少しずつ前に向くようになったのは、記念のネックレスを作ってからだ。ハッチの誕生日の星座のモチーフとイニシャル、黒猫なので黒ダイヤをはめ込んだもの特注した。

 これを毎日身につけると、常にハッチと一緒にいられる気がした。そうして少しずつ苦しさから解放されるようになると、キュウとの関係も変わってきた。

距離が縮まって

 生前のハッチは「千明さんの猫」、キュウは「家族みんなの猫」というスタンスだった。それがハッチがいなくなったことで距離が縮まり、これまで知らなかったキュウの個性が見えるようになった。

 ハッチほど感情が豊かではないと思っていたが、そうでないこと。人見知りをせず、誰にでも愛想がよいと思っていたけれど、意外と臆病なところもあることなど。

 キュウのほうも、自分に関心を寄せてくれているのがわかるのか、千明さんの声が聞こえると現れて、自分の存在を鳴いてアピールする。

 今年でキュウは6歳になった。

 この1年、ハッチのことを思い出すのがつらくて病院から足が遠のいていた。そろそろ、キュウの健康診断とワクチン接種のため、思い切って扉を押してみようと思っている。

 (次回は10月8日に公開予定です)

【前の回】人懐っこい子猫を保護、すると気が強い先住猫が威嚇 生活エリアを分けてやっと平穏に

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。

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