ファシリティードッグ「ベイリー」 星になった少年とはぐくんだ友情と、最期の日々
日本初のファシリティードッグとして活躍したベイリー。病院に犬が入ること、治療に介入することに懐疑的な声が多かった中、それを払拭したのは、ベイリーと、ベイリーのことが大好きだった子どもたちとの絆と友情だった。ベイリーの素顔、最期のとき、そして、愛する家族からのメッセージ。
ベイリーの活動を後押ししてくれた「ゆづくん」
2011年、静岡県立こども病院で正式な「医療従事者」として活動を始めたベイリーとハンドラーの森田優子さん。導入前のトライアルで、忘れられない出会いがあった。
ゆづきくん(当時1歳)は、脳腫瘍の手術を受けたばかりでPICU(小児集中治療室)にいた(冒頭の写真でベイリーと一緒にいる男の子)。家には愛犬もいて、動物が大好きだったゆづきくん。
ベイリーが初めてやってきた日、抱っこしてPICUの入り口まで連れていくと、「とにかく触りたくて触りたくて、一生懸命手を伸ばしていましたね」と、お母さんはその日に思いを巡らす。それから退院するまでの8カ月余り、ゆづきくんはベイリーがやってくるのをいつも心待ちにしていたという。
「病室に持ち込んだ図鑑にゴールデンレトリバーが載っているのを見つけ、その写真にピタッとほほをくっつけて『ベイリーと一緒だね』ってニコニコしていました」
そんなゆづきくんのベイリー愛が「山」をも動かす。当初、PICUでの活動は反対意見が多かったが、ゆづきくんの想いが通じ、ベイリーはPICUへの出入りを認められることに。
ベイリーがやってくると、ゆづきくんは子ども用のクルマのおもちゃにまたがり、その「愛車」で駆け寄った。一人と一匹は、そんな楽しい遊びを通じ、友情を育んでいった。最初はベイリーが入ることに反対していたPICUの医師からも、「ベイリー、ゆづくんのこと頼んだよ」と言われるまでに。
ゆづくんとただ寄り添い合った最期の日々
ゆづきくんは術後の影響で、泣くと呼吸困難に陥るという国内でも2例目という非常に困難な症状があったため、PICUから一歩も出られず、友達を作ることもできなかった。「ベイリーが唯一のお友達だった」とお母さん。
しかし、病魔は非情だった。ゆづきくんは病気が再発し、余命を宣告された。家族は最後の時間を自宅で過ごすことを決める。病院から近かったこともあり、ベイリーと森田さんは何度かゆづきくんに会いに行った。チャイムが鳴るとゆづきくんはソワソワし、「玄関まで連れて行って!」とせがんだという。
「ベイリーがそばに来ると、はしゃいだり遊んだりするでもなく、ピタッと寄り添い、ただそれだけ。でも、ゆづくんはとてもうれしそうでした」
ゆづきくんは2歳8カ月でお空の星になった。「病気が見つかってからはつらい日々でしたが、ベイリーと一緒に過ごす時間、ゆづくんはいつも幸せだった。ありがとう、ベイリー」。お母さんはベイリーにそんな言葉を贈った。
素顔のベイリーは意外と頑固?
ファシリティードッグはハンドラーと生活を共にする。病院では仕事の相棒、家に帰れば家族。森田さんにとって、ベイリーは人生で初めて暮らすワンコでもあった。
「病院で仕事をする、というと、すごくお利口でなんでも言うことを聞く犬というイメージがあると思います。でも、ベイリーはちょっと違いました」と森田さん。ファシリティードッグとしては非常に能力が高く、森田さんが発するキュー(合図)はもちろん、たくさんの言葉を理解できたベイリーだが、好きなことはやる、嫌なことはやらないという頑固さがあったという。
嫌なことの代表が「Uターン」。お散歩の途中、忘れ物などをして来た道を戻ろうとすると、大きな足を広げて踏ん張り、頑として動こうとしない。
「私がリードを引っ張っても何してもダメ。困っていると、『あらあら大変ね~』『いいトレーナーさん紹介しましょうか?』なんて声をかけられたことも(笑)」
好きなことは病院へ行き、たくさんの人と触れ合うこと。「出勤」を嫌がることは一度もなかった。逆に仕事を終えて帰ろうとすると、「ボク、まだ帰りたくない!」とドアのところでお得意の踏ん張りポーズ。
「ボール遊びをしてくれる病棟が大好きで、逆戻りしたら、子どもたちが『ベイリーが帰ってきた!』と大喜び。そんなこともありましたね」と森田さん。そしてこう続ける。
「行きたい場所、好きな人のところに、全力で前進していく。決して後ろは振り向かない。それがベイリーでした」
森田さんや後輩犬に見守られ、虹の橋へ
ベイリーの活躍が認められ、その後、アニー、ヨギ、アイビーと4頭が3カ所の病院でファシリティードッグとして活動を開始した。妹分でもあり、森田さんのもとでともに暮らすアニーは、「ベイリーの姿を見ているので、色んなことにすぐに慣れ、覚えも早かった」と森田さん。
頼れる先輩のベイリーだったが、家では自分のごはんを横取りするアニーに何も言えず、「トホホ」な表情で固まっていたとか。「妹にはからっきし弱い、優しいお兄ちゃんでした」
ベイリーは2018年、10歳で勇退。その後は、森田さん一家やアニーとともにお散歩したり、海や山に出かけたりと、家庭犬としてのんびり過ごした。昨年9月には長野県の大自然の中で旅を楽しんだ。
ところが旅行から戻ってきたある日、大好物のキュウリを吐き出してしまう。「食いしん坊でなんでも食べるベイリーだったので、もしかしたら体調が悪いのかなと病院へ連れて行きました」。レントゲンを撮ると肺が白くなっていて、すぐに投薬治療を始めた。
しかし10月1日。ベイリーは森田さん、アニー、そして後輩のマサとタイらに見守られ虹の橋へと旅立った。12歳だった。
突然の悲しい知らせに、ベイリーを応援する人たちは耳を疑った。かけがえのない家族を急に失った森田さんの悲しみは計り知れない。しかし、森田さんは目を潤ませながらも、穏やかな表情でこう語る。
「食欲が落ちてからも私の手からだと食べてくれた。亡くなる前日も、カートに乗せようとするのを拒み、自分の足でお散歩できた。心配させまいとしながら、ほんの少しだけ介護のようなことをさせてくれ、覚悟する時間もくれた。だから、何一つ悔いはない。最後の最後まで親孝行な子でした」
ベイリーのあとにできた道
ベイリーの魂は次の世代へと受け継がれていく。日本で初めて育成したファシリティードッグであるマサとタイ。パピーのころ、2匹で遊び大騒ぎしていると、普段は決して吠えないベイリーが「うるさいぞ! お前らちゃんとしろ!」とばかりにワンワンと指導。「そのあと『ふぅ……やれやれ』という顔をしていたベイリーが忘れられません」と森田さん。
マサは今年7月、国立成育医療研究センターで、タイは9月に引退したヨギの後任として静岡県立こども病院で、それぞれ正式にデビュー。ベイリーが育てた後輩犬たちが、立派なファシリティードッグとして、もっともっとたくさんの子どもたちに勇気と笑顔を届けている。
旅立ちから1年。森田さんは「自分の行きたいところ、会いたい人に突進していくベイリーのことだから、今も後ろを振り向くことなく、お星さまになった友達のみんなと走り回ってるじゃないかな」と笑う。
ベイリーを含め、日本では6匹のファシリティードッグが活躍。当初はボランティアのような活動だったが、今では活動資金を予算に組み込む病院もあり、まさに「医療従事者」として活動ができるようになった。
森田さんは、お空のベイリーにこう語りかける。
「あなたがいてくれたから、病気と闘っているたくさんの子どもたちが笑顔になれた。ファシリティードッグの存在、そして魅力をみんなに知ってもらうことができた。
ベイリー、本当にありがとう」
- ありがとうベイリーラベル
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ファシリティードッグの活動を支援し、国内外に日本酒の魅力を伝える「酒サムライ」の称号を持つ妹尾理恵さんのアイデアと尽力で、これまでベイリー、アニー、ヨギ、アイビーのラベルの応援酒や、自分の愛犬や愛猫などをラベルにできる「うちの子ラベル」の日本酒を発売。販売価格の一部がファシリティードッグの活動支援に充てられる寄付プログラムになっている。
今回、ベイリーの一周忌に合わせて「ありがとうベイリーラベル」の日本酒と柚子酒が発売された。手がけるのは「七田」の銘柄で知られる佐賀県の酒蔵、天山酒造。2018年にベイリーラベルを販売した縁から実現した。純米吟醸とゆず酒2本セット5390円など、全3コース。酒1本につき700円が寄付される。
命日の10月1日にはオンラインで献杯イベントも開催された。
「ありがとうベイリーラベル」は天山酒造HPから購入可能。
- クラウドファンディング実施中
- 10月25日から、クラウドファンディングサービスReadyforで「『入院中の子どもたちを笑顔に』の先へ 心のケアでつなぐ家族と未来」と銘打ち、シャイン・オン!キッズ全体のプログラムに対するクラウドファンディングがスタート。リターン品の目玉は「犬アート」。絵の具とキャンバスをプラスティックバッグの中に入れ、ファシリティードッグがそれを舌や足で広げて作るアート作品。抽象的ながら味のある作品に仕上がっている。寄付のみの場合、税額控除の領収書の発行も可能。
・目標金額:1,000万円 ※目標金額に達しない場合、全額返金となるAll or Nothing形式。
・公開期間:2021年10月25日12時~2021年12月16日23時
>https://readyfor.jp/projects/facilitydog4
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