とっさに助けた子猫、思いがけず自分で飼うことに すると人生が変わった
まりこさん夫婦は、生後間もない3匹の子猫を保護した。「動物病院に連れて行けば引き取ってくれるだろう」。動物を飼ったことがない2人はそう思い、子猫を病院に連れて行くが、医師は子猫の世話を教え、夫婦に託した。
弱った子猫たち
2009年の8月、まりこさんは帰宅途中、通りかかったアパートの周辺で、子猫が一生懸命鳴いている声を聞いた。「アパートに子猫がいるみたい」何の気なしに夫にメールすると、その夜帰宅した夫が、「まだ鳴いていたよ」と話す。
「時間はもう午後10時を過ぎていたんですが、2人ともなんだか気になって、段ボールを持ってアパートを見に行ってみたんです。弱々しい声が聞こえたのでベランダの下を見たら、手前に生後間もないような子猫2匹がいて、さらに奥に手を伸ばすともう1匹、ぐったりした様子で横たわっていました」
「病院に連れて行けば、引き取ってなんとかしてくれるもの」。動物を飼ったことがない2人は、目の前の命を安全な場所に届けるつもりで、夜間も診察してくれる動物の救急病院へ向かった。
まりこさんが違和感に気づいたのは、病院の待合室だった。受け付けを済ませ、子猫たちを入れた段ボールをひざに乗せて診察を待っていると、通りかかった飼い主たちが段ボールをのぞき込んで口々に言う。
「こんないい人たちに拾われて、よかったわね」「これでもう安心だね」
「どういう意味だろう?このまま放っておけば死んでしまうんだから、連れてくるのは普通のことでしょう?」。うすうす感じていた違和感は、診察室でさらに強まる。
保護主の決断
「診察を受けたら『捨て猫だよ』と言われ、ミルクのあげ方を教えてくれたんです。そこで私たちは初めて、『病院では預かってくれないんだ!』と気付いて、内心パニックでしたね(笑)。その夜はとりあえず、猫たちを自宅に連れ帰って段ボールの中で寝かせ、翌朝、改めて近所の動物病院で相談しました」
その病院で、まりこさんたちは「猫を保護する」ということの本当の意味を知る。
「先生に、『この子たちは、殺処分か、飼うか、引き取り先を探すか、あなたたちが決めなければいけない』と言われて、とても衝撃を受けたんです。人間と同じ命でも、猫って世の中ではそういうものだったんだ!と」
診察の結果、3兄妹はそれぞれ、160g、180g、210gほどの体重だった。医師は、「小さい子はちょっとダメかもね」と、ベランダ下の一番奥でぐったりしていた160gの子猫を指した。
「これは大変なことになったと感じました。私は猫が苦手だったし、仕事も忙しくてお世話をできるか自信がなかった。それを伝えると先生に『夜は2人で交代しながらミルクをあげてくださいね』と言われ、そんなに大変なの?とさらに驚きましたね(笑)」
ひとまず目の前の小さな命をつなぐため、まりこさん夫婦は、病院で教わった通りに子猫たちの世話をはじめた。特に夫は、医師に「ダメかも」と言われた子猫を気にかけ、なんとか大きく育って欲しいと奮闘した。そんな努力のかいもあり、2週間も経つと子猫たちの状態は安定し始め、「1匹くらいなら、このまま飼えるかもしれない」という希望が湧いてきた。
猫のイメージ変わった
夫婦は、3匹にすくすくと育って欲しい、という思いを込め、体の小さい順に「ホップ」「ステップ」「ジャンプ」と名付けた。2人が子猫を世話していることを知った知人が、兄弟で唯一の男の子、「ジャンプ」を引きとることになると、すでに猫たちに愛着が湧いていた2人は、残りの2匹をそのまま家族に迎えることを決心した。
ホップは食いしん坊で活発な性格。かわいがってくれたまりこさんの夫が大好きだった。一方ステップは、抱っこが好きな甘えん坊。夫婦どちらにも甘えるが、まりこさんによりなついた。
「猫はツンデレとか、家につくとか言うので、なつかないものだと思っていたんです。なので、2匹がとても甘えん坊でいつもひざの上にいることに正直驚きました」とまりこさん。
イメージと違った部分は他にもある。
「猫じゃらしで遊ぶと、1匹が遊んでいる時もう1匹はかならず座って順番を待っているんです。遊んでいた方が満足して休憩すると、もう1匹が前に出てきて遊ぶ。面白いですよね。猫は1匹でいるのが好きな動物だと思っていたけど、仲良く遊ぶ姿や寄り添う姿を見て、2匹で迎えてよかったなあと思いました」
また、臆病なホップとステップは、家族以外の人間が家に来ると雲隠れし、“幻の猫”になった。しかし、留守をする際にお世話をお願いしていたペットシッターさんには、何十回という時間をかけて少しずつ心を開いていったという。
「初めて『手からご飯を食べた』という連絡が来るまで、50回は利用したと思います。それ以降は、どんなに時間が空いてもちゃんとその人だけは覚えている。もう何年もお世話になっていますね。猫は時間をかけて信頼した人を忘れないというのも、私にとっては意外でした」
はじめての別れ
もともと猫は苦手だったまりこさんだが、ホップとステップと暮らすうち、すっかり猫の魅力にはまっていった。まりこさんの夫も、瀕死(ひんし)の状態から立派に育ったホップのことは特に溺愛(できあい)していたという。
しかし、ホップとの別れは突然訪れる。
「ある日、朝起きたらホップの元気がなくて、目に瞬膜が出ていたんです。あれ?と思って病院で検査をしても原因がわからない。点滴をして夜は少し元気になったのですが、次の日はまた瞬膜が出ている。詳しい検査をするうちに、おそらく、腸が動いていないことが原因なのではと言われました。ホップはその日のうちに、腸を動かす薬を打って入院することに。『これで安心だね』と主人と言い合った次の日の朝、病院から電話が来て、ホップが亡くなっていることを知らされました」
直接の原因は、腸が動き始めたことで急いで食べたフードが詰まったのではないかということ。しかし結局、ホップの体調が悪くなった本当の理由は分からずじまいだった。
ペットを失うのは、覚悟があってもつらいこと。初めて経験した突然の別れに、まりこさんはしばらくの間ぼうぜんとした。
「悲しいというより、怖かったんだと思います。何が原因かわからなかったので、改善のしようがない。何に気をつけてあげたらよかったのかわからない。残されたステップに同じことが起こったらと思うと、何も変えられないことへの不安がとても大きかった……」
猫が与えてくれたもの
ホップの死をきっかけに、まりこさんは猫の病気について自ら学ぶようになった。
「セミナーを受けて、猫の病気、元気な時でも役立つマッサージ、食生活の知識などを少しずつ学びました。そうしているうちに、猫つながりの友達が増えたり、勉強してみたいことが広がっていき、少しずつ前を向けるような気がしてきたんです。そんなある日、信頼している主治医の先生に、『もう1匹飼ってみるのもいいかも』と言われて……」
ホップがいなくなったことで、まりこさんたちには心なしか、ステップが寂しそうに見えることがあった。
「主人はそれまでにも、ステップのためにまた猫を迎えないかと提案してくれていたのですが、私は気持ちの整理がつかなかったんです。でも、先生の言葉に背中を押されて、ようやく新しい子を迎える決心ができました」
ホップがなくなって3年後の2018年。夫婦は信頼できる譲渡先から、やんちゃなキジトラ「麦(雌)」と、おっとりして甘えん坊の黒猫の男の子、「すず(雄)」を迎えた。
「麦は一匹おおかみですが、すずは人間にも猫にもフレンドリー。今年11歳になるステップとは大の仲良しで、いつも一緒に寝ています」
ホップの死は、まりこさんに多くのものを与えてくれたという。
「ホップのことがきっかけで始めた勉強が、友達や新しいことへの興味につながった。これは私の人生で大きなことでした。今年に入って長年遠ざかっていた保育の仕事に復帰することにしたのも、いろいろなことを学ぶ中で中医学に出会って、自分の心身に向き合うことができたから。ホップに背中を押されたと思っています」
今後、猫たちとどう暮らしていきたいか?という質問に、「今、幸せなんです」とまりこさん。「ホップやステップと暮らし始めて、猫を見る目が変わったし、たくさんのことを教えられました。この幸せを大切に、みんなが健康であればいいかな」。
11年前のあの日、まさか自分たちが飼うとも思わずとっさに命を救った子猫たち。1匹は引き取られ、1匹はまりこさんの人生を大きく変えた。そして残った1匹、ステップは今も、大好きなまりこさんのひざの上から、その人生の変化をのんびりと見守っている。
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