犬のしつけ、飼い主との関係悪化させることも! 近年分かった本当に必要なしつけとは
犬のしつけやトレーニングの考え方が時代とともに変わってきています。動物行動学の研究も進んだことで、今まで良かれと思われてきたことが犬との関係を悪化させる原因になることも! 本当に必要なことだけ残して暮らしを一新しませんか?
犬のしつけ方教室「スタディ・ドッグ・スクール」を運営する学術博士の鹿野正顕先生に、断捨離するべきしつけや考え方をうかがいました。愛犬と幸せな暮らしを送るために役立ててくださいね!
以前は「上下関係」に基づく強引なしつけが主流
しつけやトレーニングを断捨離するためには、人と犬の関係の移り変わりを知っておくことが大切です。かつて犬は家族の中で順位づけをするとされ、人と犬の関係は「上下関係」と考えられていました。このころの家庭犬のしつけやトレーニングの目的の一つは、上下関係を維持すること。飼い主さんの力を誇示するために、体罰などを用いて犬を制圧して従わせるという福祉的に好ましくない方法で行われていたのです。
それでもうまくいっていたように見えますよね。実は人や犬を含む動物は過度なストレスを受け続けると「学習性無力感」という状態になり、抵抗しなくなるのです。虐待やDVを受けた人が相手の言いなりになるように、犬も上下関係を基盤とした強引な方法で学習性無力感の状態になっていました。これが昔はよいとされていたしつけやトレーニングの方法です。
ほめるしつけと「信頼関係」が広まった
1990年代に欧米で犬の「ほめるしつけ(陽性強化法)」が主体になり、日本にも「犬にやさしいしつけ」という考え方が入ってきました。人が求めている行動ができるように、ほめて犬の意欲を高める方法(モチベーション・コントロール)です。
しつけやトレーニングの方法は、福祉的に好ましくない方法からほめる方法に大きく変わりましたが、その教え方が違うだけで、人にとって好ましい行動を犬に求めるという点では大きな差はありません。
たとえば人の指示で「オスワリ」をしてもらいたい場合、好ましくない方法では首の締まるリードでつるし上げて座る行動を教えていたのに対し、ほめる方法ではごほうびなどで座る行動を誘導してほめて教えるという方法の違いがあります。しかし、どちらも根底には人の指示によって犬の行動をコントロールするという目的には大きな差はありません。
犬の本能を重視する考えと「母子関係」に変化
もちろん、犬との生活の中で飼い主さんからの指示で犬が行動することは必要で、犬が自ら好んで行動してくれるようにほめて教えることはとても大切なことです。しかし、飼い犬や室内飼いの習慣が定着して日本の文化になじむにつれて、「人の都合で犬をどこまでコントロールしなければいけないのか」と疑問をもつ人が増え、「必要以上に犬をコントロールしない」という犬の特性を考慮したうえで、犬自身を尊重する考え方も増えてきています。
在りのままの姿を好む日本人の動物観では、犬の行動を何でもコントロールする考え方が窮屈だと感じる人が増えてきたのではないでしょうか。もともと犬と楽しく暮らしたい、犬に癒やされたいという目的で飼うわけですからね。
また、動物行動学の研究も進み、母と子の絆形成に重要な役割を果たす「オキシトシン(幸せホルモン)」が、人と犬の絆形成でも重要な役割を果たすことが明らかになりました。養護したい人と養護されたい犬の関係は、「上下関係」ではなく「母子関係」に近いと考えられるようになってきたのです。
良かれと思っていたけど…断捨離するべきしつけや考え
しつけやトレーニングの方法と関係性の変化に加え、科学的な研究によって、良かれと思われてきたことがむしろマイナスだったり、別の方法で教えたほうが効果的だったりすることがわかってきました。飼い主さんと愛犬にとって必要のないしつけや考え方を捨てて一新しましょう。
(1)食事の前のマテ
犬の前に食事を置いてマテをさせることは、待つことを教えているのではなく「食べることを禁止」している状態。この場合、「目の前に食べ物があるのにもらえないのではないか」という不安が強くなり、フード・アグレッシブ(※)を助長します。犬が待てなかったときに叱るのもNG。飼い主さんとの関係が悪化してしまう原因になり、デメリットしかありません。
目の前の食事を食べさせずに待たせるのではなく、食事を準備しているときにマテをさせるのは問題ありません。落ち着いて待てたごほうびとしてすぐに食事を与えてください。
※フード・アグレッシブ:食物に関連する攻撃行動のこと。食事中の犬に近づく、犬用ガムや食器に近づく・片付けるなどに対し、うなったりかんだりする行動。もちろん犬同士でも起こる。人に自覚がなくても、犬が食物に関連したものを取られるかもしれないという不安から生じるため、不安を抱かない環境で給餌(きゅうじ)することが必要である。学習による要因も大きく、過去に満足な食事を取れなかった経験のある犬はこの攻撃が激しい傾向がある。
(2)食器に手を入れてかき混ぜる
フード・アグレッシブの改善のために考えられた方法ですが、犬は安心して食事ができない状況では不安になります。飼い主さんだって食べているときいきなり目の前に手を伸ばされたら嫌ですよね。そもそも、食事中は邪魔をしない、安心して食事ができる環境を整えてあげることが、食べ物を取られるのではないかという不安を軽減することにつながります。
(3)遊びは飼い主との勝負(おもちゃを力ずくで取り上げる)
引っ張りっこ遊びなどで、飼い主さんが必ず勝って終わる必要はありません。犬の遊びは狩りを模倣した行動なので、おもちゃを使って「獲物を見つける→追いかける→仕留める→食べる」という一連の流れを体感させることが重要。途中でおもちゃを取り上げていると、おもちゃを守ろうとして飼い主さんから逃げ回ったり、威嚇して守ろうとしたりするようになることがあります。
また、最後におもちゃを与えたほうが、飼い主さんからの指示への集中力が高まったり、遊びを誘う頻度が増えたりすることが研究で明らかになっています。狩りの行動を完遂させる遊び方をすれば、自然とおもちゃをくわえて飼い主さんのところへ持ってきてくれるようになります。
遊び方の例:長いおもちゃを地面で素早く動かす(小動物の動き)→犬に追いかけさせる→犬がくわえたら引っ張りっこ→犬に渡して存分にかませる
一連の流れで遊べると楽しいので、犬は飼い主さんにおもちゃを持ってくるようになります。おもちゃは小動物の動きをまねして地面をはわせるのがコツです。遊びは腹八分目で終わらせるのもポイント。引っ張りっこのときにおもちゃの動きを止め、犬が口から離すのを待って回収しましょう。
(4)犬の友達がいないとかわいそう
人と犬は母子関係に近い関係なので、犬にとって保護者である飼い主さんが重要な存在。研究でも犬より飼い主さんといることに幸せを感じることもわかっています。飼い主さんが愛犬とたくさん遊んであげれば、犬の友達がいなくても決してかわいそうではありません。友達をつくるためにドッグランへ無理に連れて行くのはやめましょう。
(5)アイコンタクトに固執する
犬に適量の食事と楽しい遊びを提供していれば、犬は飼い主さんに期待して注視する時間が増えます。また、犬が人と遊ぶ前と後の血中のオキシトシン濃度を調べると、犬は57%も上昇していました(猫は12%)。犬が求める欲求にきちんと応えてあげれば、自然に飼い主さんを見つめる時間が増えてきます。
そもそもアイコンタクトは犬の競技会の発想です。実は犬の動作をよく観察すると、人の「目」ではなく「口」を見ています。口から出る指示に反応するとごほうびをもらえるからでしょう。いくらほめるしつけとはいえ、目を合わせることばかりに固執して日頃から犬が求めていることに応じてあげなければ、本当の意味で飼い主さんに期待して集中してはくれません。
人にとって望ましい行動を習慣化させる
犬のしつけの目的は、一緒に生活するうえで幸せになるための所作を犬に身につけてもらうこと。人がコントロールするのではなく、人にとって望ましい行動を習慣化させる必要があるわけです。まずは飼い主さんが「犬にどんなことを覚えてもらいたいか」と考えることで、本当に必要なしつけが見えてくると思います。
とはいえ子犬のころから社会化やトレーニングをどれほど行っても、学習には限界があります。犬にも本能的な欲求があることも理解してあげましょう。犬は人とは違う動物という当たり前でシンプルなことから考えて、犬の特性への理解を深めてくださいね。
- 監修:鹿野正顕(かの・まさあき)
- 学術博士。CCPDT認定プロフェッショナル・ドッグ・トレーナー(CPDT―KA)。麻布大学介在動物学研究室(旧動物人間関係学研究室)で研究を行い、人と犬の関係学の分野で日本初の博士号を取得。神奈川県相模原市で、犬のしつけ方教室「スタディ・ドッグ・スクール」を運営し、ドッグトレーナーとして指導にも携わっている。株式会社 Animal Life Solutions 代表取締役社長。
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