多部未華子の喪失感をネコが代弁 映画『空に住む』に感じる再生への一歩
今月、ネコ映画としてご紹介するのは、高視聴率をマークした連ドラ「私の家政夫ナギサさん」で、またお株を上げた女優・多部未華子の主演映画『空に住む』です。
決してネコを全面に押し出した作品ではないのですが、観終わってみると、ネコが非常に重要な役割をしていて、ネコと人間のつながりというか、生きとし生けるものの交わりすべてが、地続きで描かれていることに、新鮮な感動を覚えました。
荒波にさらわれそうな人々
『空に住む』というタイトルが示すとおり、多部さん演じる主人公の小早川直実は、セレブたちが住むタワーマンションの高層階に住んでいます。
直実は、彼女の両親が事故で急死したため、年の離れた叔父(鶴見辰吾)が所有するそのマンションを無償で借りることになり、ネコのハルと共に引っ越してきたのでした。そこのエレベーターで、人気俳優の時戸森則(岩田剛典)と出会い、自分自身の喪失感を埋めるように、時戸との逢瀬を重ねていきます。
本作には、一見、順風満帆な生活を送っているように見えて、実は人生の荒波にさらわれそうになっている人たちが多数登場します。
まずは、両親を失った時も決して泣かず、勤めていた出版社に復帰後は、妊婦の後輩・木下愛子(岸井ゆきの)を気遣う余裕も見せる直実。そして、人にちやほやされる大スターですが、かぎりなくドライで、哲学者然とした考え方の持ち主である時戸、叔父・雅博の妻で、何不自由なく暮らしている専業主婦の明日子(美村里江)、ある秘密を抱える妊婦・愛子などがそうです。
映画を観ていくと、それぞれの登場人物たちのほころびが少しずつ明かされていきます。穏やかだった波は時おり大きな風を受け、予想以上の大波を起こすことで、溺れそうになることもあります。そして、それを観ている者の心をも激しく揺さぶっていく。
そんな直実に常に寄り添っていくのが、黒ネコのハルです。ハルは人見知りで、直実以外の人には一切懐こうとしません。それは、自分を気遣う叔父夫婦に心を許しているように見えて、実は誰にも甘えることができない直実の気持ちを代弁しているようにも思えます。
ちなみに、ハル役を演じるのは、本名「りんご」という売れっ子にゃんこだそうで、『ねこあつめの家』、『去年の冬、きみと別れ』(岩田剛典主演映画)、『蚤とり侍』など多数の映画に出演しています。劇中で、りんごちゃんが魅する、名演にもぜひ注目していただきたいところです。
愛猫ハルを通じてわかった心の叫び
ある時、ハルが病気になり、ショックを受ける直実。ハルを診察した獣医師が「こんなに我慢強い子は珍しいです」と感心しますが、その時、直実は「違う。我慢強くなんかないです」と反論します。それは、自分自身も、本当は泣きたいけど泣けないだけだ、という心の叫びでもありました。
直実は、紆余曲折を経て、いろいろな悲しみに向き合いつつも、両親の死後、立ち止まっていた人生から、一歩を踏み出そうとします。どんな状況にあっても、人は生きていかなければいけない。人生の荒波にもまれていくなかで、直実はそのことを再確認していきます。
また、人もネコも、家族を含めたいろいろな人間関係も、煩わしさもひっくるめて、すべてがかけがえのない存在なんだと気づきます。
メガホンをとったのは、『EUREKA ユリイカ』でカンヌ国際映画祭批評家連盟賞、エキュメック賞のダブル受賞をした青山真治監督で、意外にも新作映画は、菅田将暉主演映画『共喰い』以来、7年ぶりとなりました。青山監督は、地に足のついた等身大のドラマを紡げる名手で、本作は、キャスティングから脚本に至るまで、隅々まで行き届いた秀作となっています。
多部さん、岩田さんら主要キャストはもちろん、スポット出演である柄本 明や永瀬正敏というベテラン陣の存在感も実に味わい深いです。そのまま発すると説教くさくなりがちな台詞も、丁寧にくさみの処理がされているので、とてもリアルな言葉として、すんなりと心に染みてきます。
例えるなら、青山シェフの映画は、いきあたりばったりの大味な素人料理ではなく、俳優の妙味そのものを、最適の温度設定で調理していく名シェフのスペシャリテのようです。
現在、コロナ禍で、いろいろな人がきっと声なき声を挙げているでしょう。せめて、自分の身近な人の声には、なるべく耳を傾けるようにしたいなと思う今日この頃。本作を観ると、なにか心が豊かになれるメッセージを受け取れる気がします。
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- 『空に住む』は10月23日(金)より全国ロードショー
- https://soranisumu.jp/
監督・脚本:青山真治 脚本:池田千尋 原作:小竹正人『空に住む』(講談社)
出演:多部未華子 岸井ゆきの 美村里江 岩田剛典 鶴見辰吾 岩下尚史 高橋洋 大森南朋 永瀬正敏 柄本明ほか
配給:アスミック・エース
©️2020 HIGH BROW CINEMA
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