けがをして倒れていた野良猫 動物病院へ運び入院させたが、容体は好転しなかった

 日曜日の夕方、妻と外出しようと家を出た八木さんは、最寄り駅に向かう途中の遊歩道でけがをして倒れている野良猫を発見した。最終的な引き取り手が決まっていないと動物病院で診てもらうのは難しいと知ったが、保護団体に連絡したところ、野良猫の扱いに慣れている病院を紹介された。八木家には犬がおり、住んでいるマンションの規約上、これ以上動物を飼うことはできない。それでも診てくれるというその獣医師を頼ることにした。

(末尾に写真特集があります)

猫をバスタオルにくるんで

 いったん帰宅した八木さんは、段ボール箱と古新聞、使わなくなったバスタオルを探し出して車に積み、妻と猫が待つ遊歩道に戻った。

 段ボール箱の底に新聞紙を敷き、猫をバスタオルにくるんで中に入れる。息はしているが、ピクリとも動かない。

 妻の隣には、車椅子に乗った中年の女性がいた。近所に住む主婦で、かつて猫を飼っていたこともあり、地域の野良猫たちがいつも気になっていたという。

「自分は猫を病院には連れてはいけないが、どうかよろしくお願いします、手伝えることがあったらいつでも連絡をください」と頼まれた。

眠る野良猫
「ここで堂々と昼寝をする度胸のあるやつは、今でもオイラしかいない」(小林写函撮影)

シャー!と威嚇を始めた

 動物病院は、駅に近い住宅街の一角にあった。野良猫や地域猫の不妊・去勢手術を積極的に行っているという院長の男性獣医師は、還暦を過ぎた年頃の、穏やかで落ち着いた人物だった。

 院長が触診をはじめると、それまではぐったりとしていた猫が「シャー!」と声をあげ、威嚇しはじめた。触られると痛いのか、人間に対する警戒心からなのか。弱ったからだのどこにそんな力があるのか、信じ難かった。

 猫はかなり衰弱しているようだった。検査や治療をするにもまずは体力をつけることが先決だと、院長は言った。

「これだけ抵抗するなら、検査の際にも麻酔が必要でしょう。弱っているところに麻酔をかけるは危険です。入院させ、まずは点滴や給餌、投薬をして経過を見ましょう」

 八木さんは猫を病院に託すことにし、翌日からは毎日のように病院に電話をかけ、猫の様子をたずねた。

出口の見えないトンネルの中で

 猫は元気になったら保護団体に引き渡すことにした。院長にも相談し、夫婦で話しあった結果だった。再び野に戻したら、またいつ、同じような危険な目にあうとも限らない。おそらく生粋の野良猫だろうから、すぐに家猫になるのは難しいだろう。保護団体に渡し、人になれさせてからなら可能かもしれないと期待をした。

 しかし、猫の容体は好転しなかった。

 電話口で「少し水を飲んだ」「フードに口をつけた」「立ち上がった」という報告を受けると希望の光が見えたが、翌日、また飲まず食わずで横たわっていたと聞き、肩を落とした。

 1週間後の週末、八木さん夫妻が病院に行くと、猫はこざっぱりときれいになっていた。きっと、からだを拭いてもらったからだろう。だが、ぐったりしている様子は変わらない。

 この状態では、入院が長引く可能性もある、と院長は言う。野良猫なので疾患を持っているかもしれないし、退院しても、通院治療が必要になるかもしれない。

散歩中のイヌ
「八木さんちのうーです。まな娘です」(小林写函撮影)

 困ったことになったな、と八木さんは思った。猫が元気にならないことには、保護団体に引き渡すことはできない。元気になる可能性は何パーセントあるのだろうか。出口の見えないトンネルの中で、入院費だけがかさんでいった。

 猫を入院させて2週間が過ぎ、再び病院を訪れたときも快復の兆しは見えなかった。「食事がとれるようになれば劇的に状態がよくなることもあるから、もう少し様子を見ましょうか」と話す院長の言葉に、最善を尽くそうとする熱意を感じた。

 八木さんは、あと1週間だけ経過を見て、今後どうするかをあらためて相談したいと院長に告げた。「どうするか」が、苦渋の選択になるかもしれないことも覚悟した。

日曜朝の着信

 そうして約束の週末を迎えた日曜日の朝、八木さんの携帯に病院から着信があった。
「猫が亡くなった」という連絡だった。

 病院に行き、バスタオルが敷かれた段ボールの中に横たわり、冷たくなった猫と対面した。

 朝、院長が出勤してケージをのぞくと、すでに息絶えていたという。

 妻は涙を流した。八木さんは、悲しいとか、かわいそうとか、または肩の荷が下りてほっとしたという感情も湧いてこなかった。ただ「亡くなった」という事実のみを受け止めていた。

野良猫
「ここでみんなと会えてよかったよ。八木さんありがとう。じゃあね」(小林写函撮影)

 これ以上、こちらに迷惑をかけまいとするかのように、ひっそりと人目をはばかるように旅立った。野良猫らしい引き際だった。

 葬儀は病院に任せ、これまでの費用を支払った。21日分の皮下輸液代と入院費、病院葬代のみで、1泊の入院費は相場の半額程度だった。予想よりもかなり安く、院長の心遣いを感じた。

 妻は、思い出すとつらいので、猫が倒れていた遊歩道は二度と通りたくないと言う。

 いいこともあった。野良猫を気にかける住民と交流が持てたことや、完治の見込めない野良猫のために手を尽くしてくれる獣医師に出会ったことだ。名もなき野良猫にとっても、外の冷たい石畳の上で亡くなるよりはよかったのではと思う。

 もしまた、道端で瀕死の野良猫に出会ったら、自分はどうするだろうか。八木さんに答えは出ない。

(次回は10月23日に公開予定です)

【前の回】倒れている野良猫を見つけた 先のことはわからないけど、動物病院へ運ぶと決めた

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。

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この特集について
動物病院の待合室から
犬や猫の飼い主にとって、身近な存在である動物病院。その動物病院の待合室を舞台に、そこに集う獣医師や動物看護師、ペットとその飼い主のストーリーをつづります。
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