獣医師が解説 知っておきたい、猫と人をおびやかす寄生虫のこと
かゆさなどの不快な症状はもちろん、ときに健康を損なったり、命の危険すら及ぼしたりする寄生虫。飼い猫だけでなく人間にも影響を与えることがあり、予防の大切さが叫ばれている。
猫と人を脅かす寄生虫にはどんな種類があり、どのように寄生するのか? また、寄生された場合の症状とは? ペットの寄生虫に詳しい日本動物医療センターの上野弘道院長が詳しく解説する。
寄生虫① 猫のサイレントキラー「フィラリア」
- 【フィラリア】
- ・感染ルート:蚊が媒介
・猫に寄生した場合:呼吸困難など。無症状の場合も
・猫から人への直接的な感染:なし
(写真提供:BIAHJ)
■1匹寄生しただけで、突然死の危険も
上野先生がもっとも恐ろしい寄生虫感染症として警鐘を鳴らすのが「フィラリア症」だ。「犬糸状虫」という和名からわかるように、フィラリアは犬の寄生虫として広く知られているが、実は猫にも寄生する。媒介するのは、蚊。フィラリア症に感染した犬の血を吸った蚊に刺されることで、体内にフィラリアが寄生する。
「犬は寄生された数と重篤度が比例するのですが、猫は本来の宿主ではないため、成虫寄生がみられることはまれで、成虫寄生がみられたとしてもせいぜい数匹程度で、診断が難しいのです」と上野先生。
恐ろしいのは、寄生した虫が肺や心臓で数年間生き続け、それがたった一匹でも体内で死ぬとアナフィラキシーショックを起こし、突然死に至る可能性が高いということだ。犬のように血液での抗原検査で診断ができず、呼吸困難などの症状からフィラリア症を疑うが、「治療法はなく、呼吸を少しでも楽にしてあげるなどの対症療法しかできません」と上野先生。
「数年前に寄生したフィラリアが死んで、突然症状を引き起こします。まさにサイレントキラー。1匹でも体内に寄生することは、時限爆弾を抱えているようなものなのです」
■フィラリア症に感染した3割が「無症状」
猫のフィラリアに関するある調査では、過去に感染したことのある猫は「10匹に1匹」という結果もあり、決して珍しい感染症ではないことがわかる。さらに、そのうち3割は「無症状」だったという。しかし、重篤になれば死に至る。
「人間がコロナに感染しないように手を洗ったり飛沫を防いだりするように、フィラリア症の最大の防御策は『予防』です」と上野先生。蚊が入ってくれば家飼いの猫でもリスクはある。
寄生虫② 猫のQOLを下げる「ノミ」
- 【ノミ】
- ・おもな寄生ルート:草むら
・猫が寄生された場合:かゆみ、アレルギー症状、貧血、条虫の媒介
・人への被害:あり(猫に寄生したノミにより人が吸血される可能性あり)
■ノミが媒介して別の寄生虫に感染することも
ノミは屋外の草むらに生息し、鳥類や哺乳類に寄生する。「野良猫にはほぼ100パーセント付いていると疑っていいでしょう。飼い猫も家の外に出る習慣がある猫はもちろん、人の服や靴などにくっついて室内に入れば、完全室内飼いの猫にも寄生する可能性は十分考えられます」と上野先生。
ノミは猫や犬に寄生し、吸血する(人間は吸血されるが、寄生はされない)。大量に寄生された場合、子猫は貧血を起こす危険性もあるが、おもな症状は「かゆみ」だ。
「頻繁になめたり引っ掻いたり。かゆさによってイライラし、生活の質を著しく下げることになります」(上野先生)
かきむしってできた傷が化膿して皮膚炎を起こすことも。ノミが媒介し、瓜実条虫(サナダムシ)が寄生することもある(瓜実条虫の欄参照)。
また、ノミが媒介する「バルトネラ菌」にも注意が必要だ。バルトネラ菌に感染した猫に引っかかれたり噛まれたりすることで人に感染するのが「猫ひっかき病」。
猫はほぼ無症状だが、人間に感染した場合、数日間の潜伏期間ののち赤い丘疹、化膿、潰瘍、リンパ節の腫れなどが見られる。免疫力が低下した高齢者などは重い合併症を起こす場合も。
■獣医師も驚く、ノミの逃げ足の速さ
ノミの脅威は、その繁殖力だ。毎日数十個虫卵を生み、夏場だと2週間もしないうちに成虫となり、繁殖を繰り返す。「猫がノミの生産機になってしまうのです」。
上野先生は学生時代、もらってきた子猫にノミがついていて家がノミだらけになったことがあるという。「母がノミ取り櫛ですくのが日課でしたが、毎日ものすごい数が取れてビックリ。ノミの逃げ足の速さにも驚かされました」と振り返り、こう続けた。
「家の中に『入れない』が一番効果的ですが、安心して清潔な環境を維持するためには対策が必要です。こまめな掃除で『増やさない』ことを心がけつつ、予防薬による定期的なケアをすることで、猫も飼い主も快適に暮らすことができます」(上野先生)
寄生虫③ 危険な人畜共通感染症を媒介する「マダニ」
- 【マダニ】
- ・感染ルート:草むら
・猫が寄生された場合:症状なし
・人への被害:あり(猫に寄生したマダニにより人が吸血される可能性あり)
■SFTSの猫の致死率は60%、人は30%
マダニもノミと同じく寄生した動物の血を吸い、貧血や皮膚病を引き起こすが、噛まれたことによるかゆみや痛みはない。しかし、危険なウイルスを媒介することがある。
なかでも「SFTS(重症熱性血小板減少症候群)」は、人だけでなく猫でも発症し、その致死率は人では約30パーセント、猫は約60パーセントと非常に高い上に治療薬がない。近年、SFTSに感染した猫や犬と接触した人間の発症例が確認されている。
「マダニもノミ同様、草むらに生息していて、猫も人間も一歩外に出れば寄生される可能性はあります。猫に関しては駆除薬を使えば、寄生しているマダニを早く駆除できるので、感染症にかかるリスクを減らすことができます」と上野先生。マダニにより猫が感染症にかかったり、猫から人へ病気が感染することを防ぐためにも、定期的なケアを心がけたい。
もし猫がマダニに噛まれてしまった場合、気をつけることを上野先生がアドバイスしてくれた。
「マダニは血を吸うと大きくなり、目で見てわかるため慌てて取ろうとしてしまいがちです。しかし、口器(吸血の際に皮下に刺し込んでいる部分)が残った状態になると病原体が体内に入ってしまうので、マダニの寄生がみられたら触らずに病院で処置してもらうようにしてください」
寄生虫④ ノミが媒介する内部寄生虫「瓜実条虫(サナダムシ)」
- 【瓜実条虫(サナダムシ)】
- ・感染ルート:ノミが媒介
・猫が寄生された場合:多数寄生した場合、下痢などの腸炎、食欲不振、嘔吐
・猫から人への直接的な感染:なし
■野良猫についているノミを介して、飼い猫に寄生することも
瓜実条虫の幼虫が寄生しているノミが、毛づくろいなどのときに口から摂取してしまい、腸内で成虫になる。多数寄生すると、腸炎を引き起こしたり、栄養を取られ痩せてくることも。
「人懐っこい野良猫がすり寄ってきたときなどに、人間にノミがつくことも。そのノミに瓜実条虫の幼虫が寄生していて、家の猫や人間が誤って口から摂取し、体内に入れば感染する可能性があります」と上野先生。
成虫では60センチ以上になることもある。米粒が潰れたような形状にちぎれた「片節」に虫卵が詰まっており、これが便と一緒に出てくることで発見されることが多い。
条虫にはほかに、幼虫を体内に保有したネズミを食べることで感染する「猫条虫」も。やはりネズミを捕食して感染したキツネや犬の糞便中の虫卵を人が口から摂取し、体内に入ることで引き起こる「多包条虫(エキノコックス)」は、人間が感染し、長い潜伏期間ののちに発症すると、高い確率で死亡する。猫も注意が必要だ。
寄生虫⑤ 子猫は注意が必要「回虫」
- 【回虫】
- ・おもな感染ルート:回虫に感染した猫の糞、感染した母猫からの母子感染
・猫が寄生された場合:食欲不振、下痢、嘔吐、血便、呼吸器症状など。子猫の場合、発育不良になることも
・猫から人への直接的な感染:あり(感染した猫の糞便中に排出された虫卵を口から摂取すると感染する)
■野良出身の子猫を迎えたときには要注意
条虫同様、「お腹の虫」で重要になるのが猫回虫だ。感染した猫の便の中に排出された虫卵を口から摂取することで感染する。しかし、「排便してからしばらくはそれを舐めても感染はしません。ところが2~3週間するとその虫卵が便の中で成熟し、感染性を持つようになります」と上野先生。
家猫でも屋外に出かける場合は野良猫が2、3週間前にした便に触れる機会があり、感染のリスクがある。上野先生によると、1歳を超えると免疫力が高まるため感染しにくくなるが、子猫は注意が必要。また、先住猫がいる家に野良出身の子猫を迎える際は病院で検査し、感染している場合は駆除が重要だ。
「下痢気味の糞便がお尻まわりについていて、その中に成熟卵があった場合、同居猫が舐めてしまうことも。子猫を迎えた際に回虫のサイクルを断ち切らないと、感染が広がる恐れがあります」
猫の体やトイレを常に清潔に保つことを心がけた上で、定期的な駆除薬の使用が効果的だ。
愛猫を幸せにしたいなら予防を 上野先生からメッセージ
寄生虫はほとんど目には見えないが、人間や猫の生活圏に確実に生息している。人間は自然界で感染症と共存しているという観点から言うと、ノミやマダニから永続的に家の中を「完全防御」することはほぼ不可能と言ってもいいだろう。「つまり、寄生虫による感染症のリスクは間違いなく身近にある、ということです」と上野先生。
すべての猫が感染するわけではないし、ましてや家飼いの猫ならそのリスクは高くないだろうーー。外猫に比べればそれは事実だが、上野先生はこう語る。
「新型コロナウイルスの感染拡大によって改めて思い知らされましたが、私たち人間も猫たちも『感染症がある世界』で生きています。愛猫をしっかりと守るためには、無防備な状態を少なくし、感染のリスクをいかに減らすか。それが、感染症とともに生きていくために私たち家族ができることです。
寄生虫によって大切な家族の一員である愛猫が不快な症状に襲われたり、健康を損なったり、ましてや命の危機があるようなことからは守ってあげたい。快適に健やかに過ごしてほしい。飼い主さんの多くはそう考えるはずです。寄生虫予防のためにできることで、もっとも効果があること。それが、予防薬による定期的なケアなのです」
今回解説した寄生虫を、一つの薬剤で予防できるオールインタイプで、さらに猫にも飼い主にもストレスが少ないスポットタイプの予防薬がある。「愛猫の生活の質を守り、ともに幸せに暮らすために、獣医師の指導のもと正しく効果のある予防を心がけてほしい。そう願っています」と上野先生は言葉を結んだ。
- 上野弘道先生
- 日本大学獣医学科卒業。北海道出身。「想いをもって、常に安心を提供する」を理念に、24時間体制で最先端の高度医療を提供する日本動物医療センターグループ本院で院長を努める。公益社団法人東京都獣医師会業務執行理事、公益社団法人日本動物病院協会専務理事、一般社団法人日本小動物整形外科協会副代表理事。
- >日本動物医療センター 公式サイト
- 【関連リンク】
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・ノミダニフィラリア.com
犬猫の寄生虫に関する情報サイト。飼い主が知っておくべき情報が充実。
・ブロードライン公式サイト
投薬の効果のほか、投薬のコツを解説する動画があってわかりやすい。
・ネコも動物病院プロジェクト
定期的に動物病院を訪れて、愛猫の健康を守ろう。
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