「奄美のノネコ問題」解決の道は 漫画原作者・夏緑さんに聞く

漫画『しっぽの声』。「ビッグコミックオリジナル」で連載中。女優・杉本彩さんが監修者として協力していることでも話題
漫画『しっぽの声』。「ビッグコミックオリジナル」で連載中。女優・杉本彩さんが監修者として協力していることでも話題

 ペット流通の闇、殺処分、多頭飼育崩壊――。言葉を持たない犬や猫ら動物たちの心の叫び声と、その声に揺さぶられ、応えようと奮闘する人々を描く漫画『しっぽの声』。現在進行形で議論が交わされている「奄美のノネコ問題」を扱った「黒兎島(こくとじま)編 」は大きな反響があったという。原作者である夏緑(なつ・みどり)さんに話を聞いた 。

(末尾に写真特集があります)

「鹿児島県の南洋はるか400km、奄美群島に属する黒兎島――」

 漫画『しっぽの声』の第40話「ノネコ管理計画」の冒頭だ。今、現実に起きている奄美大島のノネコ問題を題材にした「黒兎島編」は、この架空の島を舞台に展開されていく。

 奄美大島の「ノネコ管理計画」とは、アマミノクロウサギ、アマミトゲネズミら固有の希少種を捕食し、生態系への影響を及ぼすとされる猫「ノネコ」を森から取り除く計画のこと。2018年に7月に環境省の主導で始まった。

 計画では、捕獲した猫は「引き取り手がいなければ安楽死」となる。本記事の執筆時点で殺処分は行われていないが、猫と希少生物の双方の命を“天秤にかける”苦渋の道に、さまざまな意見が飛びかっている。

 こうした中、黒兎島編では、「奄美のノネコ問題」の先にある“とある未来”が提示された。原作者は問題をどのように捉え、創作にあたったのだろうか。

第40話「ノネコ管理計画」。「黒兎島(こくとじま)」における、人と動物との関わりの歴史から始まる
第40話「ノネコ管理計画」。「黒兎島(こくとじま)」における、人と動物との関わりの歴史から始まる

「人間由来の問題」と気づく

――奄美のノネコ管理計画を、作品のテーマとして取り上げた経緯をお教えください。

夏緑さん(以下同) 2018年3月、「迷い猫」(20話)の制作中のこと。連載の立ち上げから協力いただいている(公益財団法人動物環境・福祉協会)Evaさんから「ノラ猫問題に関しては、さまざまな立場からさまざまな意見が上がる」とアドバイスを受け、その例として御蔵島(伊豆諸島)と奄美群島のノネコ問題についてうかがいました。

 外来種による生態系攪乱や遺伝子汚染、それによる在来種の絶滅危惧は、学生時代の研究テーマの一つでしたが、それはあくまでも生物学であって、私の中で『しっぽの声』と結びついていませんでした。

 しかし“さまざまな意見”の一つとして、保護猫団体の方による「猫は史上最大のネグレクト(飼育放棄)動物である」という発言を知ったとき、ノネコ問題とは生物学的な問題ではなく、猫を放棄し在来種にも被害をおよぼす、人間由来の問題であるという強い気づきを得ました。

 これが、『しっぽの声』でノネコ問題を取り上げたきっかけです。

 その舞台に奄美群島を選んだのは、近畿大学の細井美彦先生チームによるクローン胚研究を通じて、アマミノクロウサギについて以前に学ぶ機会があったからです。

――ノネコ問題に関する意見の収集、関係者への取材は、どのように進めていったのでしょうか?

 私は分子生物学の研究を通して、環境変動とそれにともなう生物の進化と絶滅に関心を持っています。それでふだんから、遺伝的多様性や生物多様性、絶滅の要因、種の保護のための遺伝子銀行やクローン研究などについて、資料を集めていました。

 奄美群島他の現地取材はEvaさんを通し、加えて鹿児島大学の環境学プロジェクトや日本哺乳類学会などのノネコ関連の文書や論文、講演レジュメ、環境省の公式文書を参考に、話を組み立てていきました。

――奄美のノネコ問題は、動物愛護や生物多様性といった視点はもちろん、都市部とは異なる動物との関わり方など、全体像を把握するうえで参照すべき情報が膨大にあります。このように複雑化した問題を作品に落とし込むにあたって意識した点は?

 ノネコ関係の資料を読んでいて強く感じたのは、文字数が多く内容も複雑だということでした。さまざまな立場と見解があり、その全てが重要なのですが、読む側に立って考えれば、多くの人はその情報量に耐えられません。

 読んでもらえなければ、正解・不正解の回答に至ることすらできません。まずすべきことは、情報量をスリム化し、複雑な事象を単純化して、伝えるべき論理を明確にすることでした。

 そこで役立つ手法が、「モデル化」です。実在の場所と実在の人物には膨大な情報量が付随しますから、奄美・沖縄をもとにした架空の島「黒兎島」を作り、一つのモデルケースとしました。

 それによって、たとえば第42話の「うさねこ合戦」では、ノネコ保護派と固有種保護派の対立という形で各地のノネコ問題を体系的に再構成し、資料にして数百ページの内容を4ページの漫画に落としこみました。

第42話「うさねこ合戦」。単純な対立ではなく、意見の多様さを描いている
第42話「うさねこ合戦」。単純な対立ではなく、意見の多様さを描いている

 また作中では、ノネコ対策に銃を用いるガバメントハンター(行政主導の有害鳥獣対策実施隊)が登場します。これは事態解決のための伏線ですが、その他にも意味があります。「起こるかもしれない未来」の提示です。

主人公の幼馴染ヒルシュ。ノネコを駆除するハンターとして登場する
主人公の幼馴染ヒルシュ。ノネコを駆除するハンターとして登場する

 欧米では、環境保全や公衆衛生のため、銃によるノラ猫の駆除が行われています。猫が一因となって固有種の哺乳類がすでに20種も絶滅したオーストラリアでは、もはや猶予なく、1800万頭いたノラ猫の全頭駆除が進行中です。

 現在のまま環境破壊を放置すれば、日本全土で、世界のこれらの国々と同じ決断が下されるかもしれません。

 しかし同時に、悲劇の未来は、人類の叡智や協働や相互理解によって回避できるということも、黒兎島編を通じてお伝えしたいです。作中では黒兎島の公園の看板として登場する奄美市の「飼い猫の適正な飼養及び管理に関する条例」は、一つのヒントになるでしょう。

「飼い猫の適正な飼養及び管理に関する条例」の看板。マイクロチップと鑑札の装着等が定められている
「飼い猫の適正な飼養及び管理に関する条例」の看板。マイクロチップと鑑札の装着等が定められている

「現実はまだ終わっていない」

――現実世界では議論が続く「奄美のノネコ問題」ですが、作品では猫と希少生物の双方を救う「解決」へ向けたエンディングが提示されています。

 ノネコ問題は、在来種の存亡と猫たちのQOL(生活の質)を守るため、一刻も早く解決しなければならない段階にあります。それで主人公の天原士狼も、積極的に解決に向け行動しています。

 しかし実際のノネコ問題も解決したと錯覚されると、動物たちの不利益になってしまうので、エンディングは「現実のお話ではない」とわかりやすく、かなり寓話的に寄せました。

 このエンディングはたいへん好評で、生命や自然を思いやる人たちの強い愛が寄せられました。

 その一方で、黒兎島編最終回の原稿が完成した後からも、当然ながらノネコ管理計画や固有種保全の現状についてのさまざまな報道があり、現実はまだ終わっていないこと、そこで力を尽くしつづけている人たちがいることを再認識させられました。

 人間のたゆまぬ信念に敬意を表し、すべての生物があるべき場所で幸福に生きられる未来を祈ります。

『しっぽの声』
原作:夏緑 作画:ちくやまきよし
協力:杉本彩(公益財団法人動物環境・福祉協会Eva理事長)
「ビッグコミックオリジナル」(毎月5日・20日発売/小学館)で連載中
コミックス既刊は1〜4集
★黒兎島編はコミックス6集に収録予定
©夏緑・ちくやまきよし/小学館
本木文恵
1983年生まれ。編集者・ライター。1級愛玩動物飼養管理士。2007年より猫に関連する雑誌・書籍の編集や執筆を行う。2017年に独立。担当した近著に『保護ねこのきもち(ベネッセ・ムック)』、「with PETs(日本愛玩動物協会の機関誌)『猫を知る』特集号」、『ねこがかわいいだけ展 公式ねこ本』など。愛猫はキジ白と茶白の2匹。人と猫のためのwebマガジン「neco-necco(https://neco-necco.net/)」運営。

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