「してあげた事」を数えて、ペットロスから回復 尼僧のすすめ
ペットライターやカウンセラーを経て、仏門に入った異色の尼僧がいる。動物保護施設でのボランティアも長年続け、犬や猫とのふれ合いや生死について書籍にもまとめてきた。ペットロスから抜け出すには、「ごめんね」の次は「ありがとう」、後悔ではなくペットにしてあげたことを数えることが有効だという。
高野山真言宗の僧侶、塩田妙玄(みょうげん)さんは、作務衣姿で現れた。笑顔が優しく、爽やかだ。ペットライターやトリマー、カウンセラーを経て、10年前に仏門に入ったのだという。
「人生から外せないペットとの出会いがありました。『しゃもん』という名のシベリアンハスキーです。実は20代の頃に植村直己さんの本を読んで、犬ぞりレースに憧れ、一緒にアラスカに行きたいと思っていたんです」
「しゃもん」は体が少し弱く、渡航は叶わなかったが、一緒に国内の様々な所に出かけ、犬の雑誌に執筆したという。「しゃもん」は妙玄さんの公私にわたるパートナーだった。
「大好きで、一緒にいる時は至福の時間でしたね。でも看護も長くしたため、いつか離ればなれになるんだな、と、生きているうちからペットロスのような気持ちになりました」
「しゃもん」とは12年半暮らし、見送った。その後、妙玄さんは心理学、生理栄養学、陰陽五行算命学を学び、カウンセラーになった。大切な存在と別れたからこそ、できた仕事だったという。
死を語る難しさ
「いざ仕事を始めてみると、ご病気とか親との別れとか、生老病苦のご相談が多くありました。生死に関してはお話を伺いながら、死生観の“定義”が必要ではないかと気づきました。伝統仏教の僧侶なら、正当に死を語れるのではないかなと思ったのですが、どうやったらなれるのか、そこから模索がはじまりました」
妙玄さんはカウンセラーをしながら、たまたま知った動物保護施設でも奉仕活動をするようになっていた。子猫にミルクを与え、病気やけが、虐待で弱った犬や猫の世話をして、最期を看取った。そんな時、思わぬ機会が巡ってきた。
「高野山にホスピスや病院を回っているご住職がいると知り、その方のセミナーに参加したのです。『自分が死ぬとき何をしたいか?』というテーマの時、『私が死んだら、一生懸命手伝っている動物施設が心配です。そこの施設長の心も、施設の体制もケアしてから死にたい』と言いました。そして、『実はお坊さんになりたいのです』と打ち明けたら、ご住職が『ええよ』とおっしゃってくださり……。その方の最後の弟子になって、数年の修行を経て出家しました」
ペットにしてあげたことを数える
妙玄さんは今、法要や講演のかたわら、都心の一角にカウンセリングルームを作り、個々の相談にも応じている。ペットロスに関する深刻な悩みも多いという。
「亡くなったペットが『うちに来て幸せだったのかな?』と悩まれる方が多いですね。皆さん、『できなかったこと』ばかりを数えているので、『してあげたこと』を数えるようにシフトしていただきます」
たとえば、「その子は外にいましたか?」「寒いとこで敷物がない床の上にいましたか?」 「ごはんは残飯でしたか?」「一回も抱きしめたことがないですか?」など一つ一つ聞いていく。すると、たくさんの「してあげたこと」が出てくるという。
「カウンセリングの手法で皆さんの思いを伺いながら、私が今もお手伝いする動物施設のことをお伝えします。誰からも何もしてもらえずに死んでいく犬や猫もいますよ、と。そのうえで、こんなふうにお尋ねします。あなたの愛する子にあとは何があったら幸せでしょう? 病気にならない体ですか? 永遠の命ですか?」
答えを提示するのでなく、相談者の気持ちを整理するのが、妙玄さんの役目なのだ。
「ごめんなさい」のあとで「ありがとう」を10回
妙玄さんはペットに関する著書も数多く手がけており、コミック「ペットの声が聞こえたら」(朝日新聞出版)のように読みやすいシリーズもある。
このコミックには、自身の体験をもとにしたこんな印象的なシーンがある。
愛犬「しゃもん」を失って悲しむ妙玄さんが「しゃもん」の存在を感じ、“ごめんなさい、じゃなく、ありがとうって言って”“ありがとう、10回”と、メッセージを受け取る場面だ。
実はここにヒントが隠れているのだそうだ。
「犬が実際に人の言葉を話せるわけではないですが、つらくて仕方のない方に、わかりやすくお伝えしたいと思いました。実際の相談の場では、まずペットへの『ごめんね』という思いをお腹から吐き出してもらいます。早く病気に気づいてあげられなくてごめんね、とか、ひとりで留守番させてごめんね、とか。その後で、出会ってくれてありがとう、癒やしてくれてありがとう、など感謝の思いを語ってもらいます。『ごめんね』より、ひとつ多くの『ありがとう』を……。この作業を続けると、何かが変わっていきますよ」
ペットの供養については、妙玄さんはこんなふうに考えている。
「虹の橋を渡ったと空を見上げながら、手元のお骨に執着する方もいる。どうしても手放せない方は、そのまま家に置いていいと思います。自由霊園のお墓を選んだり、菩提寺の住職に聞いてみたりしてもいいと思います。ペットから教えてもらった無性の愛や癒やしを、他の形に変えるという方法もある。たとえば高価なお墓を作るお金を、不幸な子たちに寄付すれば、その子の人生が誰かを助けられる。そういう形の供養もあると思っています」
- 塩田妙玄さんのホームページ「妙庵」
- 『ペットの声が聞こえたら』
- 漫画:オノユウリ
原作:塩田妙玄
発行:朝日新聞出版
5巻まで発売中
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