「狂暴猫」と呼ばれた被災猫2世 まさかの大変身、甘えん坊に

 福島原発事故の「被災猫2世」として保護された猫「まさはる」は、シェルターでも保護猫カフェでも人に心を閉ざし、「狂暴猫」と呼ばれた。そんな彼を「うちの子に」と願う一家が現れた……。そして、周囲を驚かせる大変身を遂げたのだった。

(末尾に写真特集があります)

 埼玉県内の一軒家で、お母さんの清美さんに、甘えん坊丸出しの顔で抱っこされているのは「まさはる」。推定6歳のオス猫だ。長毛大型の洋種が入っていると思われる。

 このまさはる、かつての彼を知る人たちを、一様に驚かせているのだ。

「えーっ! 人に抱っこされるなんて。人に甘えるなんて。へそ天するなんて。あの、まさはるが……」と。

お母さんに抱っこされるまさはる。お客さんが苦手なので、固まっている
お母さんに抱っこされるまさはる。お客さんが苦手なので、固まっている

被災地に生まれ育ち、心開かず

 まさはるは、東日本大震災の起きた翌年、福島原発事故の警戒区域内で生まれた。いわゆる「被災猫2世」である。人のいなくなった町で生きのびて出産した母猫の苦労も察するに余りあるが、子猫たちも野生動物のように少ない餌を奪い合い、厳寒を乗り越えて、苛酷な日々を生きてきたと思われる。

 防護服で現地に入った保護団体によって捕獲器で保護された当時、まさはるは推定2歳。凄まじい形相で牙をむき、威嚇し続けた。シェルターに入っても、ケージに近づくスタッフに唸り声をあげながら、床をダンッ、ダンッと踏み鳴らす。いつまでたっても心を開くそぶりも見せなかった。

 次々と救出する猫たちの世話で大忙しのシェルターでは、まさはるの懐柔にじっくり時間をかけるわけにはいかなかった。せっかく保護されたのに、そのままでは、もらい手もつかず、ケージで唸り続けることになったかもしれない。たまたまボランティアに通う人たちの中に、千葉県浦安市の保護猫ラウンジ「猫の館ME」のスタッフがいた。「うちで預かって人馴れさせて、里親を探しましょう」

「狂暴猫」として名を馳せた彼だが、目が純真そのものであることに望みをかけたのだった。

2013年12月。シェルターから猫の館にやって来てひと月
2013年12月。シェルターから猫の館にやって来てひと月

ある夜の出来事 

 しかし、猫の館でも、まさはるの社会化は、困難を極めた。ケージの奥の奥で手負いの獣のように唸り続け、スタッフを寄せつけなかった。近寄るだけで、バシッ、バシッと手を繰り出した。

 人間の温もりを何一つ知らずに育ったのだから、無理もない。だが、数日後に同じ場所で保護されてやってきた同年齢の猫は、猫にも人にもフレンドリーだった。まさはるには、うかがい知れないトラウマがあるのかもしれなかった。

 それでも、少しずつ猫にも人にも慣れさせようと、猫の館では、まさはるのケージをサロンの片隅に置いた。「のぞいたり触ったりしないでください」との張り紙がつけられた。

 人が近づかない限り、まさはるは無邪気な目で、他の猫たちが遊ぶ様子を眺めていた。

 ところがある朝、出勤したスタッフは仰天した。まさはるが、ケージの外に出ていたのである。どうやら、夜のうちに手を伸ばしてケージ外の蝶番を外し、他の猫たちと夜じゅう遊び回ったらしい。スタッフは、まさはるのために喜んだものの、出入りの客に危害があってはいけない。さてどうやってケージに戻そうかと悩むのを尻目に、まさはるはケージに自ら戻っていった。

 以来、まさはるは少しずつケージフリーとなったが、人を寄せつけないことに変わりはなかった。

ケージフリーになっても、高い所に隠れたがった
ケージフリーになっても、高い所に隠れたがった

「触れないままでも」

 そんなまさはるのことを、とあるブログで知って、心を衝き動かされたのが、清美さんだった。

 ブログに載った写真のその目は、狂暴猫と呼ばれているのに、なんともピュアだった。

「この子をうちに迎えたい」。清美さんの願いに、一家全員が賛成した。

 サロンで対面した時、まさはるは晴美さんをバックヤードの棚の上から見下ろしていた。写真で見たとおりのピュアな瞳だった。

「うちの子になる?」

 問いかける清美さんを、まっすぐに見つめ返した。

「私の申し込みに、猫の館では『まだ、触れもしない猫なんです』と驚いていましたが、『たとえ触れないままでも、来てくれるだけで』という思いは変わりませんでした」と、清美さんは言う。

 まさはるを家に迎える日。道中まさはるはスタッフに唸りっぱなしで、家に到着してからも「近寄るな」とばかり威嚇し続けた。当然、脱走対策には念には念を入れてあった。

家猫3カ月目。大好きなナナお姉ちゃんと=清美さん撮影
家猫3カ月目。大好きなナナお姉ちゃんと=清美さん撮影

お姉ちゃん猫に迎えられて

 だが、脱走どころか、まさはるは着いた翌日には、ケージフリーとなって、楽しそうに家の中で鬼ごっこをしたのである。

 お相手は、当時7歳の先住猫、ナナちゃん。温厚そのものの黒猫だ。まさはるはケージ越しに「にゃあん、にゃあん(お姉ちゃん、お姉ちゃん)」とナナちゃんに甘え続け、ナナちゃんもケージの外から「にゃあん、にゃあん(出ておいで)」とやさしく応えた。

 ナナちゃんは会うなり、まさはるのすべてを受け入れたのだった。まさはるは、ナナちゃんの後を慕って、くっつき虫で生活するうちに、“人って安心していいんだ。こうやって甘えるんだ”と学習したらしい。

「初めて抱っこした時は、“えっ、何? ボク、いま何されてんの?”と自分の身に起きていることが理解できない風でした」と、清美さんは笑う。

 かくして、清美さんの家に、甘えん坊猫がもう1匹誕生するのに、時間はかからなかった。

 どんな怖がりの猫も、すさんだ猫も、心の奥に「誰かに甘えたい」気持ちを秘めて生きている。まさはるが「狂暴猫」と呼ばれたのは、それだけの恐怖を抱えて生きてきたからであり、人の温もりを知らなかったからである。牙をむかなければ生きてはいけなかったのだ。そして、そんな猫が、日本各地にまだまだたくさんいる。

 家猫となって4年。猫ベッドは二つ並んでいるのに、ナナちゃんのベッドに無理やり一緒に入り、ガラス越しの陽光を浴びてまったりするまさはる。「狂暴猫」と呼ばれていた面影は、もはやどこにもない。

佐竹 茉莉子
人物ドキュメントを得意とするフリーランスのライター。幼児期から猫はいつもそばに。2007年より、町々で出会った猫を、寄り添う人々や町の情景と共に自己流で撮り始める。著書に「里山の子、さっちゃん」「猫だって……。」など。Webサイト「フェリシモ猫部」での「道ばた猫日記」連載は8年目。

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この特集について
猫のいる風景
猫の物語を描き続ける佐竹茉莉子さんの書き下ろし連載です。各地で出会った猫と、寄り添って生きる人々の情景をつづります。
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