犬は常に人生に寄り添ってくれる 北原照久さん、愛犬と毎日出勤
世界的おもちゃコレクターとして、また『開運!なんでも鑑定団』のレギュラー鑑定士として広く知られる北原照久さん。横浜山手にある『ブリキのおもちゃ博物館』には、北原さんの愛犬で看板犬でもあるロビーが、毎日出勤している。これまでの人生で、犬がいなかったことがないと言い切る北原さんの、犬との歩みを聞いた。
青年時代、放浪犬クロとの出会い
北原さんの実家は、東京都中央区京橋にあるスポーツ用品店。物心ついたときから、家には犬がいたという。
「1950年代、スピッツが流行ったんですよ。2,3歳のころにはうちにもスピッツがいましたね。当時のことだからリードもつけずに自由にさせていた。都心で周囲はオフィス街だから大型犬は飼えないし、スピッツぐらいがちょうどよかったんでしょう」
人の出入りが激しい家で、犬も常に身のまわりにいたという。
「中学のときに飼っていた犬は、よく、こたつや椅子の下で寝ている子でした。中を確認せずにうっかり足を突っ込むと怒るんですよ。一度思い切り噛まれて、まだ足に歯の跡が残ってます」
その犬とは15年も一緒に暮らした。亡くなってからも、無意識にこたつの中を確認する癖がしばらく残った、と北原さんは笑う。
特に印象に残っている犬は、青年になったころ店に迷い込んだテリア犬。クロという名のオスだった。
「誰もがよけて通りたくなるほどの汚れっぷりだったんだけど、目がやさしくて人懐こい。それに異様にしっぽが長くて引きずってたんです。どうなってるんだ?って手で探ってみたら、先から30センチぐらいはしっぽじゃないの。毛に草が絡みついて、そこに泥が固まって、カチカチになってた。驚きましたね。とにかく汚れたところを切って、きれいに洗ってブラッシングしてあげたら、顔の四角い、真っ黒の、かわいらしいテリアが現れた。いつしかクロっていう名前がついてね。赤い首輪がよく似合って、誰にでも愛想がよかった。あっというまにアイドルになって、倉庫前に犬小屋ももらって。近所にお勤めのOLさんがご飯の差し入れをしてくれたりしてね」
恩を感じているのか、クロはいつも北原さんの後ろをついて歩いた。
「京橋から中央通りを経て昭和通りへ抜けたあたりの地下駐車場に車を停めていたんですが、クロはそこまで必ずついてきた。駐車場へのスロープへ来るとぴたっと足を止めてね。降りていくのを見届けるとくるっと踵を返して、ひとりで店まで戻っていくんです。頭いいよね。今ならとんでもないことでしょうけど、当時はのんびりした時代でした。北原スポーツのクロだって、近所の人はみんな知ってましたしね」
もともと放浪癖があったのか、北原家にやってきてから半年ほどでクロが失踪。みんなが心配していると、しばらくして再び現れた。
「またひどく汚れて、しっぽを引きずって…初めて現れたときのまんまの姿で帰ってきました」
最終的に2、3度家出を繰り返し、やがてふっつりと帰ってこなくなった。
「誰かについて行ってしまったのか。元はホームレスに飼われていたらしいという噂もあったから、元の飼い主に出会えたんだろうっていう人もいた。どこかで幸せになってくれてたらいいなあと思いましたね」
憧れの大型犬との暮らしを実現
ヨーロッパへのスキー留学で欧米の古いものを大切にするライフスタイルに出会い、生活骨董やおもちゃの収集が始まった。集めていたアンティークの玩具がコマーシャルに採用されるようになって、北原さんは横浜に博物館を開くことになる。
「子供のころ、テレビではアメリカの名犬もののドラマが流行ったんです。『名犬リンチンチン』とか『名犬ラッシー』とか。それがそのまんま、憧れのライフスタイルになった。やがてここ(ブリキのおもちゃ博物館)を開いたとき、よし、これで大型犬が飼えるぞ。憧れが実現できるぞ!って」
博物館横のガレージにはアメリカ車を。庭には芝生と白い柵。そして大型犬。
「最初に飼ったのはオールド・イングリッシュ・シープドッグ。知り合いのつてで信頼できるブリーダーさんから譲ってもらいました。名前はオリバーってつけてね」
犬には慣れているものの、初めて飼う超大型犬。きちんとしつけるために、半年間は訓練所に預けた。
「ジャネットっていうシャムの先住猫がいたんです。子犬だったオリバーとジャネットも仲が良くて。ところが半年預けて帰ってきたら、オリバーは5キロだった体重が50キロになってた。ジャネットはパニックでしたよ。そりゃそうだよ、混乱するよね(笑)」
それでも従順なオリバーはすんなりと、博物館の看板犬になった。
その後も、友人や親せきが訳あって飼いきれなくなった犬を引き取ったりして、一時期は大型犬ばかり3頭もいたことも。
「アメリカに行っていた元タレントでエイジングスペシャリストの朝倉匠子さんがゴールデン・レトリーバーのTJっていう子を連れて帰ってきてね。しばらくして家を移ることになったとき、どうしても飼えないことがわかった。彼女がやつれるほど悩んでいるのを見て、思わず『うちで預かるよ』って言ったんです。TJっていうのは彼女の旧姓のイニシャルから来てるんだけど、うちは僕が照久で女房が旬子(じゅんこ)。あ、やっぱりTJだ!って。不思議な縁を感じましたね」
TJは先輩犬のオリバーや、やはりイングリッシュ・シープドッグのロビーともすぐ仲良しに。ご飯をもらっても、最後まで手を付けることがないほど礼儀正しかったという。
「朝倉さんも事あるごとに会いに来てくれてね。TJはしっぽをちぎれんばかりに振って大喜び。それでも彼女が帰るときは、ぐっと我慢するんです。クンクン鼻は鳴らすけど、きりっとお座りして駄々をこねない。今はここが自分の家、と心得ていてね。見ていて涙が出るほどいじらしかったですよ」
そのTJも、北原家での暮らしのほうが長くなるまで生き、15歳まで天寿を全うした。
その後もブリーダーから譲り受けたり引き取ったりで犬との暮らしは続き、今はゴールデン・ドゥードル(ゴールデン・レトリーバーとスタンダード・プードルの交配種)のロビー(8歳)がいる。
「ここへ来てからだけでも、オールド・イングリッシュ・シープドッグが3頭(オリバー、二代目オリバー、初代ロビー)。引き取った子がブルドッグのコマちゃんとゴールデン・レトリーバーのTJ。小型犬ではシーズーのショウタ。そして今のゴールデン・ドゥードルが二代目ロビー。犬は常に僕の人生に寄り添ってくれていますね」
二代目ロビーはおっとりと、博物館の通路でくつろいで一日を過ごす。誰がそばに来ても鷹揚にしっぽを振り、頭やおなかを撫でさせてくれる。
「動物がいるっていうのは素晴らしいこと。どんなに嫌なことがあっても、やさしい目でこちらをいたわるように見て、黙ってそばにいてくれる。犬に限りませんよ、鳥だってそう。人間なんて弱いもんです。彼らの力にどれだけ癒され、慰められていることか。その動物の命や運命っていうのも、紙一重ですよね。どんな人間と出会うかで、幸せにも不幸にもなる。だから縁のあった動物は、精一杯、幸せにしてあげようと思う」
ブリキのおもちゃ博物館にはセキセイインコもいる。なんと、庭でスタッフミーティングをしていたら、飛んできて北原さんの肩にとまったのだという。
「いつのまにか言葉を覚えて。『ピーちゃん、ロビー、好き!』って言うんです」
北原さん、好き!じゃないんですね?
「え?どうだろう。ピーちゃんはともかく、少なくともロビーは僕より女房じゃないかな。女房といるときはもっといい笑顔しますから(笑)」
きたはら・てるひさ
1948年、東京都生まれ。「ブリキのおもちゃ博物館」館長。貴重なコレクションは河口湖北原ミュージアム、北原コレクションエアポートギャラリー(羽田空港第一ターミナル)などで常設展示。『開運!なんでも鑑定団』(テレビ東京系)には1994年の初回から出演。出身地、東京都中央区の京橋エドグランのアンバサダーも務め、地下1階タウンミュージアムにて11月23日まで「北原コレクション SFロボット」が開催される。毎週月曜日夜10時、中央FM「北原照久のラジオデイズ」に出演中。
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