繁殖業者が入院、残された成犬24匹 数値基準ない動愛法に限界

甲斐犬にとっては十分とはいえない大きさのケージで飼育されていた=静岡県焼津市
甲斐犬にとっては十分とはいえない大きさのケージで飼育されていた=静岡県焼津市

 また、動物愛護法の限界が露呈した。

 静岡県焼津市内の県道沿いに立つ戸建て住宅。7月中旬に訪ねると、その敷地内に甲斐犬の成犬が24匹、多くがケージに入れられたまま取り残されていた。

 所有者は、70代半ばの一人暮らしの男性。これらの甲斐犬を使い、長く繁殖業を営んでいた。地元紙などに広告を出し、1匹16万円ほどで甲斐犬の子犬を販売していたという。男性のほかに従業員はいない。

ケージから出せず、排泄もケージ内でさせるしかない=静岡県焼津市
ケージから出せず、排泄もケージ内でさせるしかない=静岡県焼津市

子犬は3匹死亡、2匹貧血状態

 ところが今年6月下旬、男性は転倒して、そのまま入院してしまった。親族によると、いまも意思疎通が図れない状態が続いている。主治医は「失語は避けられず、麻痺も残る。今後も意思疎通は無理かも知れない」とみているという。

 こうした事態を受けて、親族から相談された同市内のNPO法人「まち・人・くらし・しだはいワンニャンの会」が動いた。

 7月上旬に同NPO法人のメンバーらが現場に足を踏み入れた。すると、大きめのケージには2匹ずつ、身動きもままならない小さなケージには1匹ずつ、犬たちが入れっぱなしになっていた。足元には糞尿。生まれたばかりの子犬5匹のうち2匹がすでに死んでおり、続けてもう1匹がすぐに死んだ。動物病院に運び込まれた残りの2匹にもたくさんのノミやダニが付着していて、貧血状態だった。

 同NPO法人は親族とともに成犬たちの世話にあたっているが、警戒心が強く、ケージ内の掃除や散歩はままならない。首輪を付けたことがない犬がほとんどのため、当初はケージの外から餌や飲み水を与え、ホースで水をまいて糞尿を洗い流すのが精いっぱいという状態だった。7月下旬になり、多くの犬になんとか首輪を付けられ、一部はケージ外に係留できるようになったという。

 同NPO法人の谷澤勉理事長は「犬たちにとって、かなり厳しい状態が続いている。犬の所有権を親族の方に移したうえで譲渡に努めていきたいが、24頭もの甲斐犬に新しい飼い主を見つけてあげることは、かなりハードルが高い。こうなる前に、行政は適切な監視・指導ができなかったのだろうか」と話す。

警戒心が強いためケージ内の掃除もままならなかった=静岡県焼津市
警戒心が強いためケージ内の掃除もままならなかった=静岡県焼津市

適切に飼育していた?

 甲斐犬は、もともと猟犬として使われていた中型犬。主人には従順だが、それ以外の人には強い警戒心を示すとされる。運動量も豊富なことから、本来は長時間の散歩も必要な犬種だ。

 この繁殖業者の男性は、倒れるまでは適切に飼育管理をしていたと、静岡県衛生課動物愛護班ではみている。「年に1回は定期的な立ち入り検査をしており、第1種動物取扱業の登録更新も行われている。現場の判断としては問題なかった」(県動物愛護班)とする。

 だが、70代の高齢者が1人で、20匹を超える、豊富な運動が必要な中型犬の世話を適切に行うことは、一般的にはかなりの困難をともなう。ケージも、甲斐犬の体長・体高では身動きを取るのが難しいサイズのものが一部使われていた。

 また、2013年に施行された改正動物愛護法で犬猫等販売業者に義務づけられた「終生飼養の確保」の観点からも、疑問が残る。男性は、策定と順守が義務づけられている「犬猫等健康安全計画」に「自分で終生飼養する」という趣旨の文言を記入していたというが、若い犬では1歳の犬もいることから、日本人男性の平均寿命や健康寿命から考えて終生飼養ができなくなるリスクをどう考えていたのか……。

親族とボランティアらが世話をし、徐々に首輪や係留に慣らしている=静岡県焼津市
親族とボランティアらが世話をし、徐々に首輪や係留に慣らしている=静岡県焼津市

「数値基準なく指導できない」

 静岡県でもこれらの問題は把握していた。だが、動物愛護法のあいまいさが、指導のネックになっていたという。県動物愛護班は、犬猫等販売業者に対する指導の難しさを打ち明ける。

 「ブリーダー(繁殖業者)に限らず、高齢者による犬猫の飼育について、飼育放棄につながりやすいなどの問題があることは理解している。しかし動物愛護法では、犬猫等販売業者に対して、飼育頭数についての具体的な数値規制を設けていない。そのため今回のような状況でも、『飼育頭数を減らせ』という指導はできず、本人の意思に任せざるをえなかった。ケージの大きさについても、狭ければ当然問題なのだが、やはり具体的な数値規制が動物愛護法にない。これも、感覚だけで判断するしかないのが現実なのです」(県動物愛護班)

 犬猫等販売業者に対する各種の数値規制導入は、国の中央環境審議会動物愛護部会が11年末に、ケージなどの飼育施設について「サイズや温湿度設定等の数値基準が示されていない。現状より細かい規制の導入が必要」などとする小委員会報告をまとめて以来、動物愛護行政の大きな課題になっている。環境省は今年3月になってようやく、「動物の適正な飼養管理方法等に関する検討会」(座長・武内ゆかり東大大学院教授)を立ち上げて1回目の会合を開き、各種数値規制の導入に乗り出した。だが2回目の会合はいまだ開かれず、導入の目途は立っていない。

 「犬猫にとっても業者にとっても、適切な飼育環境を実現できるよう指導していくことが、行政の仕事。それなのに、現行の動物愛護法ではそれが難しい。環境省にはできるだけ速やかに、ケージの大きさや従業員1人あたりの上限飼育数などについて、具体的な数値規制を定めてもらいたい」(県動物愛護班)

 劣悪な環境に取り残されている甲斐犬たちについては、新たな飼い主を探す作業を地道に続けていくしか、いまは道がない。NPO法人「まち・人・くらし・しだはいワンニャンの会」はホームページを立ち上げ、支援を呼びかけている。

太田匡彦
1976年東京都生まれ。98年、東京大学文学部卒。読売新聞東京本社を経て2001年、朝日新聞社入社。経済部記者として流通業界などの取材を担当した後、AERA編集部在籍中の08年に犬の殺処分問題の取材を始めた。15年、朝日新聞のペット面「ペットとともに」(朝刊に毎月掲載)およびペット情報発信サイト「sippo」の立ち上げに携わった。著書に『犬を殺すのは誰か ペット流通の闇』『「奴隷」になった犬、そして猫』(いずれも朝日新聞出版)などがある。

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この連載について
いのちへの想像力 「家族」のことを考えよう
動物福祉や流通、法制度などペットに関する取材を続ける朝日新聞の太田匡彦記者が、ペットをめぐる問題を解説するコラムです。
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