下半身不随の猫との出会い 一人の青年からつながった命のバトン

保護した猫トラマサくん(現・海くん)と再会した木川昌彦さん
保護した猫トラマサくん(現・海くん)と再会した木川昌彦さん

うめき声をあげる瀕死の猫、放っておけなかった

「夜に帰宅する途中で、マンションのそばの木の下から悲痛な鳴き声がして。猫が出産でもしてるのかな?と思ったんですが……」

 とあるキジトラ猫との出会いを語ってくれたのは、千葉県内に住む木川昌彦さん(29)。都内の飲食店で働きながら、フリーで舞台への出演や歌手活動を続けている青年だ。うめき鳴く猫と遭遇したのは、2016年6月30日。最愛の飼い猫の1匹が亡くなったばかりだったという。

(末尾に写真特集があります)

「近づいて見ると、後ろ足が動いていない。僕の膝にしがみつきながら鳴き続けたんです。助けを求めるように。うちではこれ以上、猫は飼えない。面倒を見ることができないのに助けるべきか……。葛藤はありましたが、放ってはおけませんでした」

 翌朝、猫を急いで動物病院へ連れて行くと、膀胱が激しい炎症をおこし、命の危険を伴う尿毒症になりかかっていた。入院することになったその晩に受けた連絡は、「骨盤が激しく折れている。交通事故でしょう」。治療費は高額だ。しかも、「歩けるようになるかどうかも、わからない」ということだった。

保護して間もない頃。推定約4歳(木川昌彦さん提供)
保護して間もない頃。推定約4歳(木川昌彦さん提供)

猫の飼い主が見つからない 「一刻も早く手術を…」

「現実的にひとりでは限界があり、周囲の友人や仕事先の知人などに『ほんの少しでも募金という形で助けていただけたら』とお願いしました。今できることはしてあげたくて、と。何人も『協力する』と言ってくれました。『ちょっとしか出せないけど』と言いながら、直接、千円札を渡しに来てくれたり。みんなの優しさに涙があふれました」

 人なつっこさから、「飼い猫かも」と思ったという。しかしマンション中を訪ね歩いても、誰も知らない。飼い主は見つからなかった。

「退院後も、オシッコは垂れ流し。ペットシーツを敷いてもはいずって動いてしまう。ずっとつらそうに鳴き叫んでいるし、僕自身がパニックでした」

 この先、どうすればいいかわからない。サポートを求めて必死でネット検索した末にたどり着いたのは、東京都墨田区にある保護猫カフェ「CATS&DOGS CAFE」だった。

 店長の吉田智恵子さん(53)は、「電話相談は丸投げで困ることのほうが多い。でも、この人は信頼できると声でわかった」と、振り返る。その日の晩に、CATS&DOGS CAFEへ。受診のために2人で考えた猫の名は、「トラマサ」。

 翌日、吉田さんがトラマサくんを同区内の横尾動物病院に連れて行くと、さらに尿道断裂が判明した。横尾清文院長は「手術したほうが……」。「いつ?」「今日」。

 常に指名で予約が埋まっている院長が、当日の手術を提案する。一刻も早い処置が必要だという意味だ。木川さんは「連絡を受けて、絶句しました」。

 骨盤と尿道を形成する手術を受け、トラマサくんは入院を続けた。手術代に検査代、入院代も加わり、治療費はふくらんでいく。どう捻出するか? 木川さんが入院中のトラマサくんと面会した日、吉田さんが提案した。「チャリティーライブをやろうよ」。

保護猫カフェでライブ 支援の輪が広がった

 退院が決まったのは、1カ月以上経った8月12日。チャリティーライブは同月 27日に行われた。その頃には吉田さんの呼びかけで多数の支援者が集まり、ライブは感謝も込めた「トラマサご支援お礼の会」となった。木川さん自身の歌と言葉で、支援者にお礼を伝えた。
さらに寄付金が加わり、治療費を補うことができたという。

保護猫カフェで過ごすトラマサくんに会いに来た木川さん(吉田智恵子さん提供)
保護猫カフェで過ごすトラマサくんに会いに来た木川さん(吉田智恵子さん提供)

「トラマサご支援お礼の会」。トラマサくんが鳴くたびに歓声が起きた。「みなさん本当に温かい人たちでした」と木川さん(吉田智恵子さん提供)
「トラマサご支援お礼の会」。トラマサくんが鳴くたびに歓声が起きた。「みなさん本当に温かい人たちでした」と木川さん(吉田智恵子さん提供)

助けた猫と久しぶりの再会 感無量で離れがたく

 その後、トラマサくんはトイレでの排尿もできるようになり、少しずつ歩けるようになった。そして、半年をCATS&DOGS CAFEで過ごした2017年の春、新しい飼い主となる中島尚子さん(50)と出会う。

 トラマサ改め、今の名は「海(かい)」くん。中島さんは、「海は亡くなった先住猫の1匹『ガム』と同じキジトラで、縞模様の入り方までそっくり。もともとほかの猫を希望していたし、うちにはもう1匹『天』がいるので迷いましたが、保護猫カフェで海にべったりだった『歌舞吉(現在は陽くん)』といっしょに迎えることにしたんです。同居する息子たちも、いいんじゃないと言ってくれて」と話す。木川さんが海くんを保護した日が、偶然にもガムくんの命日だったと知ったのは、今回の取材が決まってからだった。

保護猫カフェにいた頃のトラマサくんと歌舞吉くん(吉田千恵子さん提供)
保護猫カフェにいた頃のトラマサくんと歌舞吉くん(吉田千恵子さん提供)

「直接お礼を言いたい」という木川さんは、中島さんへの取材にも同行してくれた。

「トラマサ〜。俺のこと覚えてる?」と、久々の対面に感無量
「トラマサ〜。俺のこと覚えてる?」と、久々の対面に感無量

 中島さんは、海くんを飼ううえでの不安はあったという。「でも、いっしょに暮らしてみると、熟睡しているときにちょびっと漏らしてしまうときがあるくらい。後ろ足の動きはぎこちないけど、かわりに前足の力が強く、よく頭を使って動いているなぁと思います。ゆっくりだった階段の上り下りも、今では走るようになって」。

 そんな話を聞くうちに、海くんは陽くんを追いかけて、階段をダッシュ! 木川さんは「めっちゃ元気。信じられない! 走ってる!」と驚き、そして笑う。

「木川さんから繋がった命。会いに来ていただけて嬉しいです」と中島さん。「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」「はい」。2人はかたい握手をかわした。

海くんをなでながら、中島さんと会話を交わす
海くんをなでながら、中島さんと会話を交わす

「じゃあね、トラマサ」。仕事の時間が迫り、海くんに別れを告げる木川さん。しかし立ち去ることができない。「……ああ、離れがたい」。

 優しくなでて、何度も「じゃあね」を繰り返す。それから、満足げな笑みを浮かべてその場をあとにした。「幸せなおうちにいられて、本当によかった」と、つぶやきながら。

(本木文恵)

<トラマサくん(海くん)の出身団体>

CATS&DOGS CAFE
2010年、東京都墨田区に開業した保護猫カフェ。店主自らも野良猫のTNRや保護を行い、新たな飼い主との縁をつないでいる。多頭飼育崩壊の現場や動物愛護センターなどから犬の保護も行う。
東京都墨田区向島5-48-1
公式HP http://cats-and-dogs.cafe/cafe/
ブログ https://ameblo.jp/cats-dogscafe/

本木文恵
編集者・ライター。1級愛玩動物飼養管理士。猫に関連する雑誌・書籍の編集や執筆を行う。2020年より猫の本専門の出版社「ねこねっこ」を運営。担当著書に『猫からのおねがい 〜猫も人も幸せになれる迎え方&暮らし』(監修・服部幸先生)など。愛猫はキジ白と茶白の2匹。https://neco-necco.net

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この連載について
幸せになった保護犬、保護猫
愛護団体などに保護された飼い主のいない犬や猫たち。出会いに恵まれ、今では幸せに暮らす元保護犬や元保護猫を取材しました。
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