飼い主が自殺 残された猫2匹、新居で穏やかに暮らす
飼い主が年をとったり、病気をしたり、様々な事情で飼えなくなり、ペットが取り残されることがある。自ら命を絶った女性のもとに飼い猫2匹がいた。残された猫たちは近所の人やボランティアの機転で、新しい飼い主と巡り合い、穏やかな暮らしを送っている。
(末尾に写真特集があります)
10月末、東京都大田区の瀟洒な住宅を訪ねた。ここに雑種猫「かず」(オス、推定15歳)と、エキゾチックショートヘアの「ピクシー」(オス、4歳)が住んでいる。
「こちらへ」。家主のあいさん(39)に案内されて、2階の広いリビングに上がると、窓辺の革のソファで茶白の猫が気持ちよさそうに昼寝をしていた。横にいた黒猫は、急な来客に驚いたように、もぞもぞとソファの下に潜り込んだ。
「寝ている子は『かず』で、すごくフレンドリー。逃げた子は『ピクシー』で、シャイなんです。2匹ともサッカー選手の愛称がついています。前の飼い主さんがサッカーをお好きだったかもしれないので、名前はそのまま引き継ぎました」
あいさんが、朗らかに説明をしてくれた。
◆高齢猫の希望はなく
「かず」と「ピクシー」がこの家に引っ越してきたのは、2年前の12月初旬。2匹はその3カ月前に、元の飼い主を失った。あいさんは、この“遺児猫”たちのことをサイト「ペットのおうち」で知った。書かれていた「飼い主自殺」の文字に、釘づけになった。
「最初にかずの写真に惹かれ、その後に内容を知り“飼い主自殺”“保健所に”と読んで、すぐに連絡しました」
「かず」と「ピクシー」の救出に関わったのは、「ねこねこ亭」というボランティア。あいさんは、ねこねこ亭のスタッフに直接連絡して、“2匹一緒の譲渡”を希望したという。
「ずっと一緒にいた仲間がいれば、環境が変わっても安心だろうと思ったんです。でも、うちよりもっと幸せになれる家があればその方がいいし。もしご縁があれば、という気持ちで申し込みました。うちは先住の2匹の猫のほか、犬もいて賑やかなんですよ」
遺された当時、雑種の「かず」は10歳を超えており、純血種の「ピクシー」は2歳。そのせいか「ピクシー」だけ欲しいという希望が多く寄せられた。そんな中で、ねこねこ亭が譲渡先に選んだのが、あいさんだった。
「連絡をいただき、お見合いとして飼い主さんのマンションにボランティアの方と向かいました。周囲は『えっ、遺された猫? 家にも行くの?』と引いている感じでした。だから言ったんです。飼い主さんは悲しい亡くなり方をしたけれど、最後まで猫を思っていたはずだし、“猫を幸せにしたい”と願う私のことを悪くは思わないでしょ、と」
あいさんが続ける。
「『かず』は幼い頃に女性が保護したようです。今はもう15歳。でも見えないでしょう」
あいさんの家は、小さい頃から集めていた雑貨や動物のフィギアなどを飾った棚が並んでいる。そんな中、ちょっと年季の入った木製の“青い屋根の家”があった。亡くなった飼い主宅にあった“猫用ハウス”だという。
「飼い主さんは、(家族ぐるみの付き合いだった)近所に住む70代の“おばちゃま”を慕っていたそうです。そこのお宅には『かず』の妹が住んでいて、“おばちゃま”の旦那さんが、まだ小さかった『かず』に家の猫とお揃いのハウスを作り、それを飼い主さんが大事にしていたと、うかがいました」
女性は猫を“おばちゃま”に託すつもりだったが、“おばちゃま”は自分の年齢と猫の生涯を考えて悩んだ。そして知人を通してボランティアと出会い、猫の将来を託したという。
「かず」と「ピクシー」の正式譲渡の日、ボランティアとともに“おばちゃま”もあいさん宅に訪れ、2匹に久しぶりに会ったという。あいさんが感慨深そうにいう。
「私は“おばちゃま”に、(2匹を傍で見守ってほしくて)飼い主さんのお写真が欲しいとお願いしていたんです。そうしたら、桜の花が背景に入った素敵な遺影を持ってきてくださったので、それを額に入れて猫ハウスのインテリアにしました。いつか『かず』にお迎えがきたときには、一緒に送り出してあげようと思っています」
◆「皆が救われた」
ねこねこ亭のスタッフは、「かず」と「ピクシー」だけでなく、「皆が救われた」と話す。
「非常にデリケートな事案でしたが、譲渡を申し込んでくださった方に嘘はつけないので、サイトには正直に情報を記しました」
たくさん申し込みがあった中で、あいさんを“次の家族”に選んだ理由は何だったのか。
「最初から2匹のことを考え、思いやってくれる気持ちが伝わり“この方だ”と思ったからです。自分の所でなくても、幸せになってほしい、と終始謙虚だったことにも感銘を受けました。底抜けに明るい、でもしっかりと命に向き合って下さる方に託したら、元の飼い主さんも安心してくださるだろうと思いました」
あいさん宅に1時間ほどいた間、「ピクシー」はソファの下から出てこなかったが、きっと耳を澄まして話を聞いていたことだろう。
「よかったね。愛がつまった新居は居心地がいい?」
陽だまりでまどろむ「かず」が、“もちろん”というように、ごろごろと喉を鳴らした。
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