事故で足2本を失った猫「福多朗」 それでもキラキラ輝く生命力

座布団に座る福多朗君  写真=上村雄高
座布団に座る福多朗君  写真=上村雄高

 都内にあるマンション、ソファにキジ模様の猫がちょこんと座っている。丸い顔に細い目、前足は短くて太めだ。しばらくすると、床に飛び降りて、スイッスイッスイッと滑るように、腰を左右に揺らして歩き出した。猫には尻尾も、後ろ足もない。その不自由さを気にしないかのように、前足だけでどんどん歩いていく。

 

 猫の名前は「福多朗」。5歳になる、とても“元気”なオス猫だ。

 

 (末尾に写真特集があります)

 

「いつの間にかムキムキな筋肉質になりました。2本足で体を支えるからでしょうね」

 

 そう飼い主の明日香さん(41)が説明する。

 

「悲壮感なんてゼロです。高い所も前足だけでどんどん登るし」と、夫(44)も明るく話す。

 

「福多朗」が夫妻のもとに来たのは、2013年の春。以前から見ていた個人ボランティアのホームページに、気になる猫の情報を見つけたのがきっかけだった。

 

 明日香さんは「交通事故に遭った生後1年未満の猫を保護していると書いてあり、心にひっかかりました。3度の手術を経て、里親募集が始まるのを待って、保護主さんに連絡したんです」と話す。

 

 保護主によると、「福多朗」は下半身(尾、後ろ足)を車にひかれたまま放置され、体温も下がって危険な状態だった。獣医師には、1時間くらい発見が遅れたら命はなかった、と言われたという。

 

「事故のため骨盤が肛門を圧迫していて、尾や足を切断した後に骨盤を広げる手術を数度受けていました。それで排泄は自力でできるんです。前足をトイレの縁にかけてぶらさがるようにして。お世話をするつもりで覚悟して迎えたら、お世話することは何もなかった(笑)」

 

柱で遊ぶ福多朗君 写真=明日香さん
柱で遊ぶ福多朗君 写真=明日香さん

 

 床に座って夫妻と話をしていると、「福多朗」がスッスッスッと腰をゆらしてやって来た。“僕が主役だ”というように、人の輪の真ん中に入って横座りし、それからゴロンと寝転がった。とてもリラックスしているのがわかる。

 

 夫妻宅には現在、「福多朗」のほかに18歳のオス猫「はるまき」と、保護猫団体「ねこけん」から“預かり中”の三毛猫がいる。「はるまき」は夫が結婚前から飼っていた。

 

「『はるまき』は夫と一緒に暮らすようになって最初の猫で、その後、いろいろ出会いがありました。じつは、前にも交通事故に遭った猫を保護して飼ったことがあるんです。考えてみれば、その猫との出会いが今につながっているんですよね」

 

 それは10年前。夫が仕事中、車で通りかかった道に、事故に遭ったと思われる猫が倒れていた。まだ息があった。明日香さんに電話をして、病院に運んだのだという。どうにか一命をとりとめた猫を夫妻は「大吉」と名付けて飼うことにした。だが、脳にダメージがあり、視力、聴覚、嗅覚を失い、まっすぐ歩くこともできなくなった。

 

 それでも猫は生きようとした。その姿に明日香さんは胸を打たれたという。

  

在りし日の大吉君 写真=明日香さん
在りし日の大吉君 写真=明日香さん

 

「動物ってすごい。どういう状況でも自分から死のうとしない、生きようとするでしょう。『大吉』は大変な状態ながら、5歳まで生きました。その介護体験があったからこそ、ネットで『福多朗』の存在を知った時、キラキラ輝く命を感じたんです。この子だ、この子と暮らしたいって」

 

 夫妻は「大吉」の次に迎える猫には、名前に「福」の字を入れたいと考えていた。「福多朗」は保護主がつけた名前だが、偶然にも福の字があり、その名前のまま飼うことにしたという。

 

「福が多く朗らか。性格も名の通り、ほっこりしている。とにかく想像をはるかに超えて手がかからない。同居の「はるまき」のほうが、昔から吐きやすく、よほど手がかかる(笑)」

 

 それでも、「福多朗」を正式に家に迎える前には、「うちではダメかも」と心がゆらいだ時もあったのだという。明日香さんが振り返る。


「猫を受け取ってから2週間のトライアル(保護猫の様子や、先住猫との相性などをみる)期間があり、最初は物怖じしない『福多朗』が『はるまき』に近づき、『はるまき』がシャーッとして。『はるまき』が心を開いて自分から『福多朗』に寄っていくと、今度は『福多朗』が逃げて……先住の『はるまき』の思いを優先させると決めていたので悩みました。ホントは夫婦でちょっともめたんです」

 

夫妻とはるまき君と福多朗君
 写真=上村雄高
夫妻とはるまき君と福多朗君  写真=上村雄高

 夫はトライアル終了前、「保護主に戻そうか」と漏らした。一方、明日香さんは「トライアル最終日まで、この子たちの関係をみたい」とゆずらず、とにかく最後の一日まで見守ることにしたのだった。

 

「福多朗」が来て13日目、いよいよ翌日が最終日という時に、「ちょっと驚く出来事が起きました」と夫がいう。

 

「『福多朗』が体の大きい『はるまき』にのしかかり、グイっと押さえつけて、思いっきり頭をペロペロ。その瞬間の動画を撮って妻が仕事中の僕に送ってくれたんです。僕らの話が分かって、そうしたのかと思うほど、見事な『福多朗』の“ごり舐め”(笑)。ああこれなら大丈夫だなと思いました」

 

 今では2匹は仲良くいつも寄り添って暮らしている。「福多朗」は体重が1キロほど増えて約3.6キロ。3年前に尿路結石ができたため、療法食を食べており、少し太りやすいのだという。

 

 話をするうち、いつの間にか「福多朗」は明日香さんの膝にのっていた。その頭を撫でながら、明日香さんが語りかける。

 

「これ以上太ると、体に負担がかかるわ。だからダイエットしないといけないのよね。おやつはちょっとにしましょう、食いしんボーイ」

 

「福多朗」は“わかってるよー”とでもいうように、目を細めた。

 

福多朗のツイッター

藤村かおり
小説など創作活動を経て90年代からペットの取材を手がける。2011年~2017年「週刊朝日」記者。2017年から「sippo」ライター。猫歴約30年。今は19歳の黒猫イヌオと、5歳のキジ猫はっぴー(ふまたん)と暮らす。@megmilk8686

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この連載について
ペットと人のものがたり
ペットはかけがえのない「家族」。飼い主との間には、それぞれにドラマがあります。犬・猫と人の心温まる物語をつづっています。
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