はな子がいなくなったあと

吉祥寺の野良猫マーブル
吉祥寺の野良猫マーブル

 吉祥寺(東京都武蔵野市)を出て1年になろうとしている。3年前、猫エッセー漫画の傑作「グーグーだって猫である」をドラマ化した際、原作者の大島弓子さんがかつて住んだマンションを借りてみた。そこは井の頭公園を見下ろす最高の借景を持つところ。季節ごと、朝昼晩と姿を変える景色を満喫した。


 撮影が全て終わり、仕上げの最中に井の頭公園のシンボルともいえる存在、象のはな子が亡くなった。


 全てが終わったような気がして、物語の中にあった風景が日常に戻った。歩道に溢(あふ)れる人と自転車に疲れ始め、マンションを出ることにした。


 先月、桜も終わりかけた休日、夫婦どちらからともなく久しぶりに吉祥寺に行こうとなった。さして目的はなく、懐かしい「まめ蔵」のカレーを食べ、珈琲(コーヒー)を飲みながらどうしようかとなって結局、井の頭自然文化園に向かった。2人とも、はな子の象舎がどうなったのか気になっていたのだ。


 いつものコースを通り、フクロウのいる小屋を越え、ドキドキと見ると、2本の桜の向こうに前と変わらず象舎の運動場が見えた。もちろん、はな子はいない。葉桜の影が、がらんとしたそこで、ゆっくりと揺れているだけだった。


 私たちだけではない。幾人かが立ったまま柵につかまり、所在なげにその影を見つめている。いないとなってより、はな子の役割が浮かび上がった気がした。


 駅へと向かう。あるお宅の前を通ろうとするその時、ふと歩みが遅くなる。その庭の古い木製の台の上、いつもいた野良猫がまだ元気かと気になったのだ。野良猫の寿命は短い。


 ドキドキと覗(のぞ)くと、あの少し薄汚れたマーブルがだらんと横になっている。マーブルは妻のつけた愛称。声をかけると眠そうな顔で私たちを一瞥(いちべつ)、仕方ないなといった風でヨレヨレと来てくれる。なぜか、胸がいっぱいになった。

犬童一心
1960年東京生まれ。映画監督。主な監督作品に「金魚の一生」「二人が喋ってる。」「金髪の草原」「ジョゼと虎と魚たち」「メゾン・ド・ヒミコ」「のぼうの城」など
この特集について
遠い目をした猫
「グーグーだって猫である」などを撮った映画監督で、愛猫家の犬堂一心さんがつづる猫にまつわるコラムです。
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