幻の「薩摩犬」 忠実で機敏、消えた猟友を愛した西郷どん
■1868-2018 150周年
愛犬を連れて東京・上野に立つ西郷隆盛の銅像。西郷は霧島の温泉をよく訪れてウサギ狩りを楽しんでいたとされるが、「愛犬家」であり、特に薩摩犬には目がなかったようだ。そんな西郷の逸話が、霧島には多く残っている。
「貴君の黒の大犬は誠に追い方、狩り方、とても申し分の無い、今一両年もすれば、日本一の名犬になると私は考えております」
鹿児島県霧島市国分敷根の元市職員、大庭薫さん(81)の自宅には、西郷から送られたという手紙が残っている。送り先は、薫さんから4代前の大庭定次郎。明治維新の前後に漢方薬の調合販売で全国に名を知られた人物で、西郷が定次郎から犬を譲り受けたことへの礼状だという。
作家の阿井景子さんの歴史小説「西郷家の女たち」では、定次郎の犬の評判を聞いた西郷がやってきて、譲ってくれるように嘆願する場面が登場する。
「定次郎は犬が大好きで、何匹も飼っていた」という薫さん。墓石には犬の姿が彫られ、墓からは犬の骨も出てきたという。「西郷さんも定次郎の元を訪れ、狩りをしたのでは」と想像を巡らせる。
同市の市立国分郷土館には、定次郎が犬と交換したという火縄銃が残っているほか、2匹の犬を連れてウサギ狩りをする西郷を描いた服部英龍の絵もあった。
服部は明治初期に活躍した国分出身の日本画家。西郷が霧島の日当山温泉に滞在していると聞いて出かけていき、物陰から盗み見しながら描いたとされる。イタリア人画家キヨッソーネが西郷の弟といとこを元に描いた有名な西郷の肖像画とは、違った表情だ。
西郷が好みの薩摩犬を連れ、ウサギを追って山野を駆ける姿が浮かんでくる。
◇
西郷の妻イトの子孫で、鹿児島市の西郷の銅像の近くにある「K10カフェ」の店長若松宏さん(56)によると、西郷が飼っていた猟犬は、名前がわかっているだけで13匹おり、ほとんどは薩摩犬だったという。
薩摩犬とは、どんな犬なのか。
薩摩犬の保存活動に携わった薩摩川内市東郷町の箱川政己さん(70)によると、耳は三角でピンと立ち、「差し尾」と呼ばれるまっすぐな尾が特徴という。子犬は茶系の色だが、成長すると「黒毛胡麻」と呼ばれる黒褐色になる。泳ぎが上手なために猟犬として重宝されたという。
しかし、「純血の薩摩犬はもういないのでは。もう復活は難しいだろう」と箱川さんは話す。県内では身近な存在だったが、ほかの犬種との交雑が進み、純血な薩摩犬は1920年ごろには「絶滅」したと見られるという。
90年ごろに薩摩犬を復活させようという機運が高まり、県内各地の獣医師や愛犬家らが保存会を結成。交雑していないと見られた甑島の野犬を交配させるなどして、2000年ごろには「100匹近くまで増えた」という。しかし、繁殖活動は続かず、10年ほどで再び姿を消してしまった。
箱川さんは「飼い主に忠実で機敏。本当にいい犬だった。西郷さんの犬として有名な名犬だけに、本当に残念」と惜しむ。テレビドラマや映画で西郷が登場するたびに連れている犬が気になり、尾を伸ばした犬たちの姿を思い出すという。
(大久保忠夫、神崎卓征)
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