保護猫・保護犬が元受刑者の支えに 高い就職率、低い再犯率

クリスは出所後、動物看護助手として働いている(c)大塚敦子
クリスは出所後、動物看護助手として働いている(c)大塚敦子

 受刑者が保護犬を介助犬に訓練し、保護猫を世話して引き取り手探しをする「プリズン・ペット・パートナーシップ」(以下PPP)。アメリカ・ワシントン州の最重警備女子刑務所で30年以上おこなわれているこのプログラムは、受刑者たちの心の回復を促すだけでなく、職業訓練としても大きな成果を上げている。なんとPPP出身者の就職率はほぼ100パーセントで、再犯率も低い。ワシントン州全体の女子受刑者の再犯率が20.8パーセント(2012年)なのに対し、PPP出身者の再犯率は5パーセントだ(1991年から2015年までのデータによる)。

(末尾にフォトギャラリーがあります)

 これほど就職率が高い理由は何だろうか。

 一つには、前回のコラムのフォトギャラリーでも紹介したとおり、PPPの主要な収入源はグルーミング(トリミング)なので、受刑者は刑務所の中でも十分トリマーとしての技能を磨くことができること。だが、どんなに技能があっても、前科のある女性たちが職に就くのは容易ではなさそうだが、彼女たちの雇用主であるペット美容室やペットストア、動物病院の多くはPPPの活動を知っており、とても好意的なのだそうだ。長年介助犬を訓練し、保護犬・保護猫を引き取って地域に貢献してきたPPPの功績もあるが、受け入れる社会の側の意識も非常に重要だと感じる。

 16年服役したあと、2014年に出所したレイチェルは、トリマーを募集していたペット美容室のオーナーに電話したとき、自分が刑務所にいたことを正直に話した。ところが、オーナーが聞いたのは、ただ一つ。

「それって窃盗?」。

「いいえ」と答えると、「じゃあ、いいわ。さっそく明日面接に来て」

オーナー(左)はレイチェルの前科を知りつつ雇用した(c)大塚敦子
オーナー(左)はレイチェルの前科を知りつつ雇用した(c)大塚敦子

 そして、即採用となり、8カ月後には働きぶりを評価されて店の鍵を渡されたのである。

「過去に過ちを犯したとしても、すべての人にセカンドチャンスが与えられるべきだと思う」と、オーナーが語ったことが印象的だ。

 2013年に出所したクリスも、動物看護助手として動物病院に就職することができた。殺人未遂罪で14年服役した彼女は、PPPから寄付によって集まった奨学金をもらい、いま動物看護師になる勉強をしている。クリスは刑務所で世話をしていたシュガーという猫を自分が出るときいっしょに連れて帰った。シュガーは足に障害があり、這うことでしか前に進めない。極端な怖がりで、クリスと同じベッドで寝るようになるまで4年半もかかったという。そんなシュガーを刑務所に残していくことはとてもできなかったのだ。

 だが、社会に復帰したいま、シュガーは彼女の大切な心の支えになっているようだ。子どもの頃に大人たちから激しい暴力や性的虐待を受けたクリスにとって、シュガーのように庇護を必要とする動物をケアすることには大きな意味がある。シュガーが少しずつ怖れを克服し、部屋から出てくる姿を見るたびに、彼女自身も癒やされていく。

 カミールが連れて帰ったルナは、息子にもかわいがられている(c)大塚敦子
カミールが連れて帰ったルナは、息子にもかわいがられている(c)大塚敦子

 じつは、刑務所の中で世話をした猫に引き取り手が見つからない場合、自分が出るときいっしょに連れていく受刑者は多いそうだ。2015年に16歳の高齢猫ルナを連れて出所したカミールもその一人。飲酒運転で死亡事故を起こし、5年間服役したカミールは、甲状腺機能亢進症で、飼い主が安楽死させようとしたルナを献身的に世話した。そして、クリス同様、引き取り手の見つからないルナを置いていくことはできず、いっしょに連れて帰ったのだ。刑務所での困難な日々を支えてくれたルナを、カミールは最後まで大切にケアすると決めている。

 近い将来、保護された野良の子猫たちの社会化プログラムをおこなっているワシントン州の男性刑務所も取材する予定だ。いずれこのコラムでも報告したい。

◇「プリズン・ペット・パートナーシップ」(PPP)について書いた前回の記事はこちら

大塚敦子
フォトジャーナリスト、写真絵本・ノンフィクション作家。 上智大学文学部英文学学科卒業。紛争地取材を経て、死と向きあう人びとの生き方、人がよりよく生きることを助ける動物たちについて執筆。近著に「〈刑務所〉で盲導犬を育てる」「犬が来る病院 命に向き合う子どもたちが教えてくれたこと」「いつか帰りたい ぼくのふるさと 福島第一原発20キロ圏内から来たねこ」「ギヴ・ミー・ア・チャンス 犬と少年の再出発」など。

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この連載について
人と生きる動物たち
セラピーアニマルや動物介在教育の現場などを取材するフォトジャーナリスト・大塚敦子さんが、人と生きる犬や猫の姿を描きます。
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