犬は最期、飼い主を待ってくれると言うけれど②
ピンが最期の日の午前11時。前日の約束通り、動物病院に電話を入れ、ピンの様子を動物看護師さんに聞きました。
「ピンちゃん……ですよね。昨日とほとんど様子は変わりません」と動物看護師さん。「では予定通り、午後2時15分に主人とココと一緒にうかがいます。ピンにかかりっきりで、ココの健康診断も全然できていなかったので……。あと爪切りもお願いします」と言い、電話を切りました。
時間はあったのだから、この時点で面会に行けばよかったのです。しかし、日曜日で混み合っている動物病院で、予定外の行動をするのは申し訳ないような気がして、午後まで待ちました。
このときのことも、なぜ、そう思ったのか、あまり覚えていないのです。それまで、ピンが入院していたときは毎日のように面会に行き、診察室を1部屋占領して1時間以上もピンを抱っこしたり、なでたりしているような飼い主でした。
なのに、あの日はどうして、家でゆっくりしていたのか……。やはり、そのワケが思い出せないのです……。
昼過ぎ、夫が地方から戻ってきました。午後2時15分、動物病院に向かいました。そして、
「ステージ5です」
ピンが悪性リンパ腫と診断されてから1年2カ月。後半の半年近くを診てくださっていた女性の先生からそう説明を受けました。きっと治ると思っていたピンが、ついに末期であることと余命が本当にわずかであることを宣告されたのです。
ココが爪を切ってもらうため、先に処置室へと入った数分後のことでした。
「ピンちゃんが発作を起こしました!」
動物看護師さんがそう呼びに来ました。慌てて処置室に入ると、ドアが開いたケージに横たわり、昨日よりもさらに荒い息をしているピンが、ギロッと私のことをにらみました。白目が充血していて、その目は「遅いんだよッ」と言っているようにも、「見ないで!」と言っているようにも感じられました。
ピンはこの1年2カ月、大半を元気なままで過ごしてくれたのです。最後の1カ月くらいはちょっと元気をなくしましたし、血液検査をすると白血球の数が以上に減っていたり、最後のころは赤血球の数が激減したりしていました。でも、私の前では本当に元気で……。だから私は、ピンが亡くなるとは全く信じていなかったのです。
悪性リンパ腫になる前も、自分の身体にトラブルがあると、それを私に知られることに、とてもショックを覚える子でした。自分がひざを痛めて思うようにオシッコができなかったときは特に顕著で、トイレシートにぺたんとおなかを付けては、私のほうを見上げて「どうしよう……。でも見ないで……」という顔をしたものです。
あとから獣医師の先生たちが言っていたのは、「ピンちゃんはココちゃんが来たことで、山田さんたちも病院に来たことがわかって、『今だ!』と思ったんでしょうね」とのこと。動物看護師さんがピンのケージに、ココを抱っこして近づけてくださり、「ココちゃんが来たよ~」と教えた直後、ピンの容体が変化したからです。
私は床に座り込み、ピンの身体を頭から尻尾まで何回もなでながら「大丈夫だよ」「大丈夫だよ」と声をかけ続けました。ピンが初めて家に来たころ、何かの本で読んだ「尻尾が長いままだと想定して、そこまでなでるように」というアドバイスを思い出し、尻尾が切られる前の長さを考えながら、空中までなでてあげました。
途中、先生が注射を打ちにいらしたり、動物看護師さんの代わりに私が呼吸器を口に当ててあげたりしながら20分ほどが過ぎたでしょうか。私は、ピンがした最後の息を、目の前で確認することができたのです。
実は当時、週に1度、泊まりがけで名古屋に行く仕事を持っていました。月に1度は大阪での仕事もありました。その間にピンに万が一のことがあったらどうしよう……と、ずっと、ずっと気がかりでした。でもピンは、最期、私たち家族がそろうのを待って、家族全員が見守る前で旅立ってくれたのです。
ピンが旅立った日は日曜日。その週は、家を長時間空けなければならない取材が数多く予定されていたのですが、私はその全てに参加することができました。週に1度の名古屋行きも、1回もキャンセルすることなく、仕事を全うすることができました。
ピンは全部わかっていたのだと思います。私に心配をかけまいと、元気に1年2カ月もの間、闘病してくれました。そしてあのタイミングで、「虹の橋」を渡って行ったのです……。
覚えていなかった前日のことも、複数の先生からの証言をつなぎ合わせ、ほぼ思い出すことができました。ピンとの別れ際、「そ~っとのぞいて行ってくださいね」と先生から言われ、私はこっそり処置室に入りました。そんな私にピンが気づき、先生方が「ピンちゃん、すごいね~」と言ってくださったことを思い出しました。
ピンは私にとって「最高の犬」でした。
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