犬猫のがんには放射線治療 腫瘍科専門医が伝えたい痛みを抑えて寿命をのばす治療とは

目次
  1. 「がん」は犬猫の死因の上位を占める
  2. がん治療の選択肢は手術、抗がん剤、放射線治療
  3. 放射線治療は犬猫の負担が最も少ない治療法
  4. 専門診療科で犬猫の放射線治療を受けるには
  5. 放射線治療で余命を2~4倍に延ばせる

 犬猫の長寿化に伴い。死因の上位を「がん(悪性腫瘍/しゅよう)」が占めるようになりました。犬猫のがんの三大治療法は、人と同じく外科手術、抗がん剤、放射線治療です。がんの種類や進行度、飼い主さんの希望によって適応となる治療が異なります。また、犬猫に多い顔や頭、首の周りに発生するがんは根治が難しいこともあり、緩和を優先したほうがいい場合もあります。

「放射線治療は痛みを抑えながら機能を温存でき、QOLの維持を目指せるのが長所」と腫瘍科認定医I種をもつ圓尾拓也先生。麻布大学付属動物病院腫瘍科(放射線治療)診療科長を務めています。がんを診断された犬猫がよりよい治療を受けるための医療を圓尾先生にうかがいました。

じつは多い犬や猫の「がん」(gettyimages)

 犬猫の長寿化に伴い、死因の上位をがん(悪性腫瘍)が占めるようになりました。犬猫共に体表部や頭頸(とうけい)部(顔や頭、首の周り)のがんが多く、乳腺がん、皮膚がん、肥満細胞腫、リンパ腫など。この傾向は30年ほど前から続いています。体表部や頭頸部のがんが犬猫に発症しやすいというより、おそらく飼い主さんが気づきやすいから獣医師の診断につながるのではないでしょうか。

 近年は検査機器の発達や、MRIやCTを備えた動物病院が増えたこともあり、肺がんや肝臓がん、脳腫瘍といった体腔(たいくう)内のがんも発見される件数が増えているかもしれません。当院で診察する犬猫の多くもすでにかかりつけの獣医師によってがんと診断がついていることが多いですね。

 犬猫のがんの治療の選択肢は大きく分けて3つです。総合診療科(かかりつけの動物病院)や各専門診療科が連携してそれぞれの犬猫に合わせた治療を行います。

[がんの三大治療法]
・外科手術
 手術でがんを切除するという局所療法。とくに固形がんをすべて、あるいは大きく取り除くことで根治を目指せる。その代わり腫瘍とともに周囲の正常組織を切除することが必要になる。

・抗がん剤治療
 薬剤でがん細胞の増殖を抑え、死滅させるという全身療法。おもに転移している(目に見えないがあちらこちらに散っている)、あるいは転移が疑われるがんに用いられる。

・放射線治療
 がんに放射線を照射して死滅させるという局所療法。がん細胞(細胞分裂が活発な細胞)が放射線によるダメージを受けやすく、回復にも時間がかかる性質を利用している。痛みがほぼなく負担が少ないため、緩和にも用いられる。

 人では科学的根拠に基づいた最良とされる標準治療がありますが、犬猫のがんにはまだ明確なガイドラインがありません。治療の考え方としては人と同じで、手術、抗がん剤、放射線を組みわせる集学的治療が基本です。根治を目指せる局所的な固形がんには外科手術が一番で、取りきれなかった場合や手術が難しい場合は放射線治療や抗がん剤という選択になるでしょう。がんの遠隔転移が予測される場合に予防の目的で抗がん剤治療を行うこともあります。

 多くはありませんが、腫瘍の種類によっては計画的に治療を組み合わせることも。たとえば浸潤しやすい肥満細胞腫の場合、大きいと手術では取りきれないこともあるので、前もって抗がん剤を投与してがんを小さくしておけば手術で取りやすくなるわけです。先に外科手術でがんの芯(がん細胞が活発に増殖している部分)をできる限り取り除き、残ったがんを放射線治療で照射するという方法もあります。

どんな治療方法があるか知っておくと選択しやすい(gettyimages)

 院で放射線治療を行っている症例は、犬猫共に外科手術で切除が難しい頭頸(とうけい)部のがんが中心です。犬ではメラノーマや口腔扁平上皮がん、鼻腔腺がん、猫では口腔扁平(こうくうへんぺい)上皮がん、鼻腔(びくう)腺がん、鼻腔リンパ腫、髄膜腫など。これらのがんは大きさや進行度によっては手術ができないこともあり、根治を望めない段階である場合も。手術ができたとしても顔の形態や機能が損なわれてしまうことも少なくありません。抗がん剤は注射や飲み薬ですが、がん細胞以外の全身の細胞にも影響を及ぼすため、犬猫の負担がどうしても大きくなります

 一方、放射線治療は単独では根治を望めないものの、単に延命するだけではありません。緩和としては大抵のがんに効くこと、治療の痛みが非常に少ないこと、機能を温存できること、がんの痛みを緩和できることが長所です。飼い主さんの中には犬猫の負担の少ないことを理由に放射線治療を選ぶ方もいます。

 がんに対する放射線治療の歴史は抗がん剤よりも古く、1895年にレントゲン博士が放射線を発見した数年後から始まっているんです。長所だけでなく短所(部分的な脱毛などの副作用)も予測できる安全性が魅力。私はもし自分ががんになったら放射線治療を受けたいと思っているくらいです。

放射線治療は犬猫の負担が最も少ない(gettyimages)

 犬猫の放射線治療を始める場合、初回は治療計画を立てるため、CT撮影と照射の時間を含めておおよそ40分ほどかかりますが、2回目以降は照射のみなので15分程度で済みます。放射線治療の回数はがんの種類や大きさにもよりますが、4〜10回程度が目安です。

 放射線治療は数ミリの誤差も許さない正確な治療を目指すため、犬猫が動かないよう基本的に全身麻酔の処置をしてから照射を行います。全身麻酔を心配する飼い主さんもいますが、麻酔管理を適切に行えば基本的には安全です。私が放射線治療を担当する犬猫は12〜13歳が多く、中には18歳もいますが、鎮痛ではなく不動化が目的の軽い麻酔のため、麻酔のリスクは低いと思っています。よほどの高齢の場合は麻酔ではなく鎮静(眠っているような状態)にすることもあります。

 放射線治療には大がかりな放射線治療機器が必要になるため、実施できる動物病院は当院をはじめ全国でも20院前後と限られています。治療をスムーズに進めるには、飼い主さんがかかりつけの獣医師に相談し、複数の診療科が連携をとれるようにしておくことも重要だと思います。

犬や猫と人では時間の流れが違うので、それを踏まえて治療を考えよう(gettyimages)

 犬猫の余命はがんの種類や進行度、治療法によっても異なりますが、私は飼い主さんに放射線治療をすると余命が2~4倍になるとお話しすることが多いですね。大ざっぱに言うとメラノーマを治療しなければ2カ月、放射線治療を行えば6~8カ月。犬の口腔扁平上皮がんを治療しなければ4カ月、放射線治療を行えば約8カ月が延命の目安です。

 猫の口腔扁平上皮がんは無治療なら2カ月、もし手術で完全切除ができると長生きも期待できますが、放射線治療のみでは根治は難しいでしょう。鼻腔腺がんは無治療なら3~4カ月、放射線治療を行えば半年〜1年に延ばせるかもしれません。鼻腔リンパ腫は無治療では2カ月くらいですが、放射線と抗がん剤治療の併用で半年〜1年、あるいはさらに延命を期待できるかもしれません。ただし、治療の反応が悪いこともあります。

 犬猫共にがんの発生は高齢のほうが多いので、たとえば13歳でがんが見つかったとしたら、手術や抗がん剤よりは痛みのない放射線治療でQOLの維持を目指すのも一つの方法だと思います。

 人の場合はがんが5年経過しても再発しなければ完治と言いますが、犬猫では1年を目指しています。犬猫の時間の流れは人の5倍くらい早いんですね。犬猫を6カ月延命できたとしたら、人の30カ月に当たるくらい寿命をのばせたといえるのではないでしょうか。

 時間の流れの違いは健康診断の間隔にも当てはまります。犬猫の1年が人の5年にあたるとしたら、1年に1回ではちょっと心配かもしれません。かかりつけの動物病院に犬猫に合う健康診断の頻度を相談してみてくださいね。

【犬猫のための専門医療ガイド 一覧】

麻布大学付属動物病院腫瘍科(放射線治療)診療科長 圓尾拓也
獣医師。博士(獣医学)。日本獣医がん学会獣医腫瘍科認定医I種。1994年に麻布大学獣医学部獣医学科卒業。動物病院に約10年間勤務した後に麻布大学附属動物病院の研修獣医師を経て、第1種放射線取扱主任者資格を取得。現在は腫瘍診療、とくに放射線治療を担当する。麻布大学附属動物病院

金子志緒
ライター・編集者。レコード会社と出版社勤務を経てフリーランスになり、動物に関する記事、雑誌、書籍の制作を手がける。愛玩動物飼養管理士1級、防災士、いけばな草月流師範。甲斐犬のサウザーと暮らす。www.shimashimaoffice.work

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この連載について
犬猫のための専門医療ガイド
専門診療科の獣医師が、犬や猫の病気や治療法を解説。病気の特徴や診断、最新の治療法、予防法まで役立つ情報をわかりやすくお届けします。
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