最期とどう向き合うか 上條圭司獣医師「犬や猫の幸せな一生を共に見守り続けたい」

ゼファー動物病院にて。上條圭司先生と愛犬、イングリッシュ・マスティフの「鉄」。愛犬とふれあい自然と笑顔がこぼれる

 動物病院の診察室で、ペットと飼い主さんと日々向き合う獣医師の“思い”を紹介する当連載。第1回は、ゼファー動物病院グループ代表の上條圭司先生にお話をうかがいました。

 上條先生は、「僕ら獣医師が向き合っているのは命に他ならず、それはつまり、最期とどう向き合うかなんです」と話します。

(この連載はペットの健康診断を推進する獣医師団体、一般社団法人Team HOPEと共同でお届けしています)

悲しむ気持ちを忘れずに

 麻布大学卒業後、動物病院での研修を経て1990年、東京都八王子市に「ゼファー動物病院」を開院した上條先生は、獣医師として約40年にわたって動物たち、そしてその飼い主たちと向き合ってきました。

 獣医師としての喜びといえば、治療をして元気になった子たちの姿を見ることがそのひとつ。一方で、獣医師としての難しさは、命との向き合い方だといいます。

「おなかが痛いのが治ったとか、体のかゆみがおさまったとか、ハッピーエンドはいいんですよ。問題は治せなかったとき。命はいつか必ずなくなります。それだけは、思い通りになることではないし、避けられるものでもありません。動物の最期にどう向き合うべきなのか、獣医師の在り方が求められるものです」

 飼い主にとって、大事な家族である愛犬や愛猫を亡くすことは本当につらくて悲しいことですが、ときに冷静にも見える獣医師も、心のうちは同じだと上條先生は言います。

「悲しくないわけじゃないし、悔しくないわけじゃない。獣医師になりたてのころは、冷静でいられないこともありました。むしろ、動物の死を見てなにも思わないのはおかしいし、悲しむ気持ちを忘れてはいけない。飼い主さんと一緒に悲しむ気持ちを含め、獣医師として初めて診察室に出たときの初心を忘れてはいけないと、いつも思っています」

ゼファー動物病院の待合室には、上條先生がこれまで一緒に暮らしてきた歴代の犬たちの絵が飾られている。病院に勤める動物看護師と獣医師たちからの誕生日プレゼント

 とはいえ、獣医師が悲しむ姿を見せてしまうことが飼い主の目にどう映るのか、飼い主を動揺させてしまわないかと考えると、獣医師は動物の死に対して冷静でいなくてはなりません。獣医師は、科学者としての知識と人間としての思いやりの両方が必要だと、上條先生は考えています。

悲しみを乗り越えて

 最期とどう向き合うか——。上條先生が大切にしているのは、動物にとって、そして飼い主にとって、望ましいかたちの最期を迎えられるように最善をつくすこと。

「昔は、獣医師として、最後までできる治療を尽くし、飼い主さんが病院に着くまで心臓マッサージを続けて、なんとか死に目に会えるようにすることを最終目標としていました。それは今も大事なことだと思っていますが、死は必ず訪れるもの。ならば、動物が生きている間は、飼い主さんとペットの幸せな時間をできるだけ長くとれるようにしたいと考えるようになりました」

『ゼファー動物病院』は、予防接種から一般診療まで行う一次診療であると同時に、専門医による腫瘍科、循環器科、皮膚科などの専門診療も行っている

「例えば肺水腫で、心臓マッサージをしながら飼い主さんの到着を待つようなとき、動物の口からは逆流した血が流れ続ける。その姿は、飼い主さんが見るに堪えない姿でもあります。最期の迎え方を間違えると、愛犬や愛猫の悲惨な亡くなり方を見てショックを受け、飼い主さんが“かわいそうでもう二度と飼えない”と思ってしまうような、一生もののトラウマになりかねません。それは、悲しいことだと思うんです」

 上條先生は、亡くしたときには悲しいけれど、その悲しみを超えて、「またペットと暮らしたい」と思ってほしいと話します。なぜなら、そう思えるのは一緒に暮らした時間が幸せだったからこそ。

「ペットの死はつらい。とくに初めての犬や猫や、子どもの頃からきょうだいのように一緒に成長したペットとの別れは、ひどくつらいものです。長く獣医師としてやってきたなかで、僕はそこに、さらなる悲しみや絶望を飼い主さんが負うような最期は、避けたいと思うようになりました。飼い主さんの腕の中で亡くなるのが動物にとって一番幸せだと思うから、最期は連れて帰って自宅で看取ってもらったり、飼い主さんの希望があるのなら、つらい延命はせず、お清めをして生前の美しい姿でお戻ししてあげたりすることも、大切なことだと考えるようになりました」

診察室前にて。扉や壁には、上條先生の愛犬がいっぱい! 病院スタッフたちの手作りだそう

 入院させてできるだけ長生きさせてほしいと願う人もいれば、治療はせずに自宅に連れて帰りたいという人もいます。なかには安楽死を望む人もいるでしょう。ペットの最期をどう迎えたいか、またどう受け取るかは飼い主によって違うなかで、上條先生は、その家族ができるだけ望んだ形で最期を迎えられるよう、コミュニケーションを大切にしています。

「大切なのはちゃんと説明して、飼い主さんに納得してもらって、決めてもらうこと。よっぽど不条理なことでない限りは、飼い主さんの気持ちを尊重するようにしています。僕が目指すのは、家族である動物との幸せな時間が、最期のその瞬間まで、できるだけ長く続くようにすることなんです」

動物が好きだから

「獣医師を志したのは、動物が好きだから――それだけですよね。やっぱり動物が好きじゃないとできない仕事だと思います」

 超大型犬のイングリッシュ・マスティフをはじめ、猫やヤギなどさまざまな動物と暮らしている上條先生は、小さいころから大の動物好きでした。

「自分では覚えていないころから、動物との思い出がたくさんあります。私がいなくなったと親があわてて探したら、人馴れもしていない外飼いの秋田犬と一緒に、その犬の犬小屋で寝ていたこともあったそう(笑)。とにかく動物が大好きで、動物からも好かれる自分を見て、『将来、動物にかかわる仕事につくと思っていた』と言われたこともありました」

 実際に獣医師を意識するようになったのは小学生のころ。『名犬ラッシー』や図鑑など、動物が出てくる本にしか興味がなかったという上條先生に、母親が買ってきた本『犬の飼いかた』で、著者の増井光子先生を知ったことがきっかけでした。

「増井先生は上野動物園初の女性園長として知られる、大先輩の獣医師です。本の最後にある著者の経歴で、麻布獣医科大学(現:麻布大学)の存在を知りました。獣医師という仕事、獣医師になるための大学があるということ、そして麻布大学という名前が、強烈に印象に残りました」

上條先生は、超大型犬でも移動できる専用車や、ドッグランも整備。「イングリッシュ・マスティフのおっとりしているところが好き」と上條先生

 胸に焼き付いた思いをそのままに、麻布大学に進学し、獣医師となった上條先生。そうして今日まで、上條先生は臨床現場で長きにわたり多くの動物とかかわりながら、自身も動物たちと暮らしています。

「世話は大変だし、苦労もいっぱいある。でも例えば犬の散歩で、犬がいなければ見ることはなかった空がある。動物と生きるって、豊かで、幸せなことですよね」

 ゼファー動物病院は、一次診療を行う、いわゆる「かかりつけ医」。人間の病院とは違い、子犬・子猫のころから看取るところまで、健康なときもそうでないときも、飼い主と一緒になって見守ってくれる存在です。

「ゆりかごから墓場までじゃないですけど、その子の一生を飼い主さんと一緒に見守ることができるのは、僕にとって大きな喜びです」

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成田美友
フリーランス編集ライター。上智大学文学部英文学科卒業後、出版社勤務を経て渡独。現地観光局に編集者として在籍し、ヨーロッパ各地をめぐりながら、大好きなワイン&ビール&犬三昧の日々を過ごす。帰国後にフリーランスとなり、犬2匹と暮らしはじめる。現在は、“おばあちゃん”になった愛犬の毎日を見守りつつ、お酒を含む食や旅、日本とヨーロッパの文化、犬との暮らしに関する記事を中心に執筆、各種メディアの編集に携わる。

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この連載について
動物診療の現場から
飼い主と一緒になって、二人三脚で愛犬や愛猫の健康と幸せを見守ってくれる存在が獣医師。犬や猫を大切な家族の一員として一緒に暮らす私たちにとって、頼りになる欠かせない存在です。さて、診察室で目の前にいる獣医師は、そのときどんな思いでその瞬間に向き合っているのでしょうか。普段語られることの少ない獣医師の、エピソードと思いを紹介します。
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