動物の幸せは飼い主の笑顔から グリーフケアとともに深め、歩んできた動物看護の道

サロンのお話し会に参加してくれた犬たちと赤須さん(赤須さん提供)

 愛玩動物看護師など動物看護職の方々にお話を聞く連載。愛玩動物看護師の赤須彩子(あかす・あやこ/旧姓・根津<ねつ>)さんは、最初に勤めた病院で、「飼い主さん一人ひとりにしっかり寄り添えていない」と悩みます。どうすればよいのか、答えを探し、出合ったのがグリーフケアでした。

(末尾に写真特集があります)

悩みに寄り添いたいのに

 動物看護師として東京都の動物病院で働いていた赤須彩子さん。入院中の子や、病気でトリミングサロンに行けない子の、目や顔まわりの毛を軽くカットして整えてあげると、こざっぱりした姿に、飼い主からたいそう喜ばれた。

「もうちょっとかわいくカットできるようになりたいな」

 思いはつのり、勤務10年目に思い切って動物病院を離れ、トリミング学校の2年生(トリミングマスターコース)に編入学した。卒業後は、「動物看護師兼トリマー」というパワーアップした肩書きを手に、動物業界を新たに漕ぎ出した。

 さて、話は病院で働き始めて2~3年目頃にさかのぼる。赤須さんは気になっていた。診療を終え、悩みを抱えたまま帰宅する飼い主がいることが。

 帰り際、処方された薬を渡しに行くと、「診察の時に言えなかったんだけれど、じつは……」と、そこでようやく聴き出せることもあった。

 本来なら、そのタイミングでじっくり話を聴いて対応したい。だが、勤務しているのは50人程のスタッフを抱える大規模病院。

「外来件数が多く忙しいこともあり、『一人ひとりのお悩みに、しっかり寄り添えていないな』って、悶々(もんもん)とするようになりました」と赤須さんは言う。

トリミング学校のパンフレットに載った赤須さん。「ここで第二の青春時代を過ごしました」(赤須さん提供)

院内セミナーで運命の出合い

「もっと寄り添うためにはどうすればよいのか」

 答えを求め、時間もお金も費やして、色んな外部のセミナーに参加した。だが、自分が知りたい内容とは違っていた。

 ある時、勤務先の病院で無料のセミナーを開講すると聞き、出席する。そこで行われたのが、のちに動物医療グリーフケア®️を確立する、獣医師の阿部美奈子先生によるグリーフケアの講義だった。

 グリーフとは、大切な対象を失ったり、失うかもしれないと思った時に心と体に現れる反応のこと。動物医療グリーフケアでは、日々の生活で発生する様々なグリーフへのケアを行う。

「まさに私が探し求めていたもの」

 確信した赤須さん、以来、各地で講演する阿部先生の追っかけとなる。阿部先生からは、「振り返ると、後ろにくっついている」と笑われるほどで、現在も学び続けている。

 後年には、学会発表を見てずっと憧れていた、当時大阪府在住の動物看護師の富永良子さんが、阿部先生と知り合い、勉強会を主催するという奇跡の展開も!

「何年も見続けリスペクトして、追いかけたいと思っていた二人がコラボ。これは行かないわけには行かない」

 と、東京から大阪の会場へと毎月夢中で通い詰めた。「わざわざここまで来なくても、東京でもセミナーをしているのに」と、またも阿部先生に笑われながら。

 これほどグリーフケアが腑に落ちたのは、じつは赤須さん自身、大きなグリーフを抱えていたからでもあった。

 学生時代に飼ったキャバリアの「ぴんきぃ」。キャバリアは心臓病になりやすいため、「いつか発病するかもしれない」と、不安を抱えながら生活してきたと言う。

「でもグリーフケアに出合ったことで、『実際に病気になる前に、不安を大きくすることではない』と気づけ、そこからは、穏やかな気持ちで過ごすことができました」

愛犬ぴんきぃと。赤須さんが生まれて初めて飼った犬(赤須さん提供)

深まった飼い主との絆

 グリーフケアの学びを深めながら、初めはつたないながらも、院内で少しずつ実践していった。

 腎臓病のため、毎日皮下点滴に通院してくるヨーキー。獣医師が点滴をする際、赤須さんが保定(動物が動かないよう体をおさえること)に入った。その時間を利用して、「家でのお困りごとはないですか?」と飼い主にたずねてみると、薬を飲ませるのに苦労しているとわかった。

 投薬が苦痛な飼い主。嫌だと言っているのに、大好きな飼い主に無理やり服薬させられ、ストレスを感じているヨーキー。赤須さんはこう提案した。

「では薬は、病院に来た時にあげることにしましょう」

 実際にそのやり方に変えてみると、飼い主は投薬から解放され、ヨーキーもスッと飲んでくれるしでいいことずくめ。ヨーキーにとって、大好きな飼い主と過ごすお家での時間がストレスのない穏やかな時間となった。これが動物医療グリーフケア®で伝えている、「安全基地を守る」ということなのだ。

「さらには、飼い主さんと穏やかに話すのを見て、犬も安心したのでしょうか。私だとおとなしくしてくれると言うので、毎回私が保定を指名されるようになりました」

 やがてヨーキーは亡くなるが、飼い主から手紙や贈り物をもらうほどの絆ができあがっていた。

 グリーフケアが生む好循環を、赤須さんはこう語る。

 動物を主役に置き、飼い主と一緒になって、動物が快適に過ごせるよう考える。そして、飼い主の不安や心配がなるべく少ない状態で、動物に寄り添えるようにサポートする。すると飼い主の気持ちが晴れ、動物をケアする時の表情が明るくなる。その結果、動物たちも安心して過ごせるようになる。

「すると飼い主さんが、信頼して本心を話してくださるので、さらに寄り添った形でお悩みを解決してあげられるんです」

皮膚のデリケートな子のトリミングをしたご家族や、グリーフケアを実践して対応したご家族からもらった感謝の手紙。根津は旧姓(赤須さん提供)

子育てにもグリーフケアを応用

 トリミングスクール卒業後は、動物看護師兼トリマーとして動物病院に再就職するが、出産を機に退職。子どもはやがてイヤイヤ期を迎える。

 自我はあるが、まだ自分の気持ちをうまく言葉に乗せられないため、何にでも「イヤ!」と主張する時期だ。そこで赤須さん、子どもの言いたそうなことに対し、グリーフケアで身につけた「傾聴」を行い、寄り添ったと言う。

「もともと動物看護師は、人間の言葉を話さないけれど心を持っている動物に対し、気持ちを察してあげる能力が磨かれています。言葉が達者でない小さな子どもにも同じように対応することで、『そうなの、じつはそうしたかったの』みたいな感じでわかり合えるんです。『2歳前後はイヤイヤ期』というレッテルを貼らずに、幼くてもちゃんと心を持った一人の人間として向き合うことで、彼らの心も尊重しています」

 学び、実践し続け、愛犬の発病への不安も和らげてくれた。子育て中、現場から遠ざかっても決して離れなかった。グリーフケアはどんな時も、赤須さんの人生とともにあった。

 大切にしてきたグリーフケアとトリミングを生かし、赤須さんはさらなるステップに進む。「動物病院という枠を飛び越えて、飼い主さんと動物のもっと近くでサポートしたい」と、2023年、東京都足立区に「Care Salon h(ケア サロン アッシュ)」を正式開業したのだ。

 サロンでは、グリーフケアを土台とした悩み相談や、ヘルスケア、トリミングを提供。相談内容は、病気のことや、現在かかっている病院の治療やサービスなどについてが多いと言う。

 動物医療グリーフケア®に関する発信をしている赤須さんのインスタグラムでは、オンラインでのグリーフケアのカウンセリングも受け付けている。

サロンではお話し会やセミナーも開催している(赤須さん提供)

「獣医さんが勧めた治療を断りたくても、正直に言うと雰囲気が悪くなってしまうこともあります。『大切なわが子を治してあげたい』という気持ちがあるがゆえに、本心を伝えるのを我慢するケースは多いようです」

 こうした悩みを、病院の外にいる動物のプロである赤須さんに打ち明け、サポートしてもらえれば心強いに違いない。

「もっと理想を語るなら、相談できて支えてくれる人が、かかりつけの病院にも、病院の外にもいる形が作れれば、飼い主さんは安心できるのではないでしょうか」

 実際に地域の動物病院との提携も始動している。

 サロン名の「h(アッシュ)」は、お世話になったトリミング学校の名前から、許可を得て拝借した。愛犬もアッシュと名付けており、グリーフケアで大切にしているHome(安全基地)や、Happiness(幸せ)、Health(健康)、Heart(心)などの意味を込めている。

「動物の幸せは飼い主の笑顔から」の思いを胸に、赤須さんの新しい挑戦が始まった。

※愛玩動物看護師の国家資格化に伴い、現在、この資格を持たない人は、動物看護師などの肩書は名乗れません。しかし、国家資格化以前は動物看護師という呼称が一般的でした。本連載では適宜、動物看護師、または看護師などの表現を用いています。

【前の回】ドッグマッサージを通し深まった飼い主との絆 もっと寄り添いたくてサロンを開業

保田明恵
ライター。動物と人の間に生まれる物語に関心がある。動物看護のエピソードを聞き集めるのが目標。著書に『動物の看護師さん』『山男と仙人猫』、執筆協力に動物看護専門月刊誌『動物看護』『専門医に学ぶ長生き猫ダイエット』など。

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この連載について
動物の看護師さん、とっておきの話
動物の看護師さんは、犬や猫、そして飼い主さんと日々向き合っています。そんな動物の看護師さんの心に残る、とっておきの話をご紹介します。
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