瑞穂さんが飼っている黒猫の「ハク」(瑞穂さん提供)
瑞穂さんが飼っている黒猫の「ハク」(瑞穂さん提供)

飼い主の信頼を得た愛玩動物看護師 犬が亡くなった日にお願いされた「最後の抱っこ」

 愛玩動物看護師など動物看護職の方々にお話を聞く連載。入院したものの、食べ物に口をつけない犬がいました。瑞穂さん(福岡県在住)は悩んだ末、ある工夫をしたところ、ようやく食べてもらうことに成功。そのことを飼い主に知らせると、泣いて喜ばれ、以後、大きな信頼を寄せられるようになりました。

(末尾に写真特集があります)

ぶつかった入院看護の壁

 瑞穂さんが働く動物病院に、15歳近いトイ・プードルを連れた夫婦がやって来た。

「肝臓の数値が高く、他県の病院で薬を処方してもらっていましたが、この地域に引っ越したため、うちの病院で治療を継続したいとのことでした」と瑞穂さん。 

 以来、肝臓の定期健診と、爪切りなどの日常的なケアで通ってくるようになった。

 通院を始めて1年たたない頃。

「体調が悪い」と来院したため、検査をすると、膵炎(すいえん)と診断。その日のうちに緊急入院をすることになった。

 入院し、すぐに点滴治療を開始。だが、数値が思うように下がらない。

「私も獣医師も、『もしかしたら、このまま亡くなってしまうのでは』と思うほどグッタリして元気がなく、ずっと寝ている状態が続きました」

 入院看護にあたった瑞穂さんは、壁にぶつかった。入院した日からごはんを与え始めるが、何も食べてくれないのだ。膵炎の療法食を、缶詰とドライフードの両方あげてみるが見向きもしない。もともと食べ物の好き嫌いが強いのにくわえ、病気と、入院室という見知らぬ環境へのストレスから、食への意欲がかき消されてしまったようだ。

 何とか食べて、体力をつけてほしい。フードを温めたり、別の製品を試したりと試行錯誤するがやっぱりダメ。そんな状況が2~3日ほど続き、毎日面会にやって来る飼い主夫婦の心配も深まるばかり。

 ある時思いついて、こんな工夫をしてみた。

「小柄な子なので、食べやすいようにとフードを一粒ずつはさみで切り、粒を小さくしてみました」

 それをお皿に入れるのではなく、手のひらにのせて差し出してみた。

小型犬用の小粒のフードをカットしてさらに小さく、食べやすくした(瑞穂さん提供)

「食べてくれるかな」

 やさしく口元に持っていくと、人の手からもらう安心感からだろうか、ついに食べてくれた! 瑞穂さんの心は弾んだ。

 その後、飼い主夫婦から、様子を尋ねる電話がかかってきた。

「手からあげたら、食べてくれましたよ」

 と報告すると、飼い主夫婦も大感激。

「『手からあげてくれたの』って、泣いて喜んでくださったんです。これまで携わってきた入院看護を通して、動物看護師として役に立てたと実感がわき、『これからも頑張ろう』と思えた出来事でした」

心を開いてくれたトイ・プードル

 その日から、入院中の食事は毎回手からあげることにした。

 入院中はなるべく自宅での環境に近づけ、ストレスの緩和を大事にしているという瑞穂さん。トイ・プードルは普段は日中も、飼い主夫婦の妻が家にいて、一緒に過ごしていると聞いたことから、「入院中独りぼっちで過ごすのは、ストレスかもしれない」と考え、こんな看護も行った。

「診察の合間の時間に、トイ・プードルの様子を見に行き、声をかけたり、抱っこしてなでたりするようにしました」

 こうやってコミュニケーションを取るうち、トイ・プードルの態度から、心を開いてくれるのがわかったという。

「この子、なかなか人になついたりしないのに、めずらしい」

 そう飼い主夫婦に驚かれたほどだ。

人懐っこい性格のハク。遊ぶこととひなたぼっこが好き(瑞穂さん提供)

 入院治療をへて、トイ・プードルは着実に回復していった。一時は危なかった高齢の犬が、無事回復できたのは、トイ・プードルの心に寄り添った、瑞穂さんの手厚い看護があってこそだろう。

 退院した時の、飼い主夫婦のうれしそうな顔!

「愛玩動物看護師は命と向き合う仕事なので、精神的にしんどい時もありますが、退院が決まり、動物も飼い主様もうれしそうに帰っていく姿を見ると、『この仕事をしていてよかったな』と思います」

 退院後は毎日、皮下点滴をしに来てもらう。しばらくすると、通院の頻度がどんどん減っていった。その後は体調の悪化もなく、元気な姿を見せてくれた。

「命の恩人」である瑞穂さんに、飼い主夫婦は絶大な信頼を寄せてくれるようになった。定期健診で来院した日には、帰り際に必ず、受付に立つ瑞穂さんのもとへとトイ・プードルを連れて来る。

「抱っこしてもらおうね」

 トイ・プードルを抱っこして、「今日も元気に頑張ったね」と声をかけ、なでなで。そうやって、かわいらしいあいさつを交わすのが恒例となった。

瑞穂さん。笑顔で抱っこされているのは、友達が飼っているトイ・プードルの「ピノ」ちゃん(瑞穂さん提供)

看護の力で命を救いたい

 入院から2~3年たったある日。飼い主夫婦から電話が鳴った。トイ・プードルが息を引き取ったとの知らせだった。

「ごはんを食べたあと、急にパタッと倒れ、飼い主様の腕の中で亡くなったとのことでした」

 老衰と言える穏やかな最後だった。

 亡くなった当日、飼い主夫婦はトイ・プードルの亡きがらを連れて病院に来てくれた。印象的だったのは二人の表情だ。愛犬の死で落ち込んではいたが、にこやかで、心残りのないすっきりとした心持ちなのがわかった。入院中、ずっと悲しそうな顔をしていたのとは対照的だった。

 二人はこんな言葉を贈ってくれた。

「素晴らしい病院に出合えてよかったです」

 そして、瑞穂さんにこうリクエストした。

「最後に抱っこしてほしい」

 瑞穂さんは腕の中にトイ・プードルを抱き止めた。体の重さは変わらないのに、ぬくもりは消えていた。もう元気な姿で会えない悲しみと、最後に連れて来てくれたことへのうれしさが混じり合った。

「今までたくさんお薬頑張ったね、お疲れさま」

 トイ・プードルに、心の中でそっと声をかけた。

かつて仕事を覚えるため、先輩に教わったことを書き留めていたメモ帳(瑞穂さん提供)

 トイ・プードルの看護を通して、飼い主夫婦の精神面を支え、絆を深めた瑞穂さん。「動物はもちろん、うちの子が入院して不安な飼い主様ともコミュニケーションを取り、寄り添う大切さを知った体験でした」と振り返る。

 職業名が示すとおり、幅広い業務の中でも、入院動物の看護は愛玩動物看護師の手腕が大きく発揮される。単なる動物のお世話ではない。看護の力で心身の回復を支える、専門性が求められる仕事だ。

「入院は、大事な命をお預かりすること。どうすれば元気に家に帰ってもらえるかを考え、体調の変化に気づけるよう、動物の状態をしっかり見ながら、できる限りのことをしています。これからも責任を持って仕事に取り組み、たくさんの動物の命を救える愛玩動物看護師に成長していきたいです」

 入院室という外から見えない奥まった場所で、瑞穂さんは今日も真摯(しんし)に看護に向き合う。

※愛玩動物看護師の国家資格化に伴い、現在、この資格を持たない人は、動物看護師などの肩書は名乗れません。しかし、国家資格化以前は動物看護師という呼称が一般的でした。本連載では適宜、動物看護師、または看護師などの表現を用いています。

(次回は6月11日に公開予定です)

【前の回】入院中に亡くなった犬と泣き崩れる母 「飼い主支える人になりたい」と動物看護の道へ

保田明恵
ライター。動物と人の間に生まれる物語に関心がある。動物看護のエピソードを聞き集めるのが目標。著書に『動物の看護師さん』『山男と仙人猫』、執筆協力に動物看護専門月刊誌『動物看護』『専門医に学ぶ長生き猫ダイエット』など。

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この連載について
動物の看護師さん、とっておきの話
動物の看護師さんは、犬や猫、そして飼い主さんと日々向き合っています。そんな動物の看護師さんの心に残る、とっておきの話をご紹介します。
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