怒りん坊犬もシャイな猫も任せて! 動物の不安な心を守る愛玩動物看護師の保定術
愛玩動物看護師など動物看護職の方々にお話を聞く連載。愛玩動物看護師の圓尾文子(まるお・ふみこ)さんは新人の時、怒りん坊の犬の保定を担当します。最初は苦労しますが、誠実に向き合う中、徐々に心が通じ合うのを感じました。
なだめながらの点滴治療
圓尾文子さんが、夕やけの丘動物病院(神奈川県横浜市)で働き始めてまだ1年目の時。オスのフレンチ・ブルドッグが病気を患い、点滴治療に通ってくるようになった。
この犬の保定に、たまたま入るようになったのが圓尾さんだ。
保定とは、診療や検査をしている時、動物が動かないよう体をおさえること。人も動物も安全かつスムーズに処置を行うために、欠かせない動物看護業務だ。
ところがこの犬には、ある病院スタッフ泣かせな点があった。
「嫌なことに対してはかもうとする、怒りん坊さんだったんです」と圓尾さん。
病院で預かって治療を試みたこともある。だが、興奮して暴れてしまうため、入院室に入れて点滴を流すやり方は向いていなかった。
「でも、飼い主であるお母さんがそばにいてくれると、怒るけど頑張れるんですよね。そこで、エリザベスカラーを、あらかじめ診察前にお母さんに装着してもらい、病院では獣医師が薬剤を入れる間、お母さんにずっと、お顔の方で応援してもらいながら、私が保定するスタイルになりました」
つねに敏感になっている犬をなだめながら、時に何十分も続く保定を続ける。新人にはハードルが高く、無事こなすのが精いっぱいだ。
だが、通院回数を重ねるうち、ある変化が訪れたという。
「治療の間じゅう、たわいもないおしゃべりをするうち、お母さんとすごく近くなれた気がしました」
距離が縮まったのは、どうやらお母さんだけではなかった。
「フレンチ・ブルドッグさんは、嫌なことは嫌なままですが(笑)、『こいつ、いつもの奴だな』みたいに、私のことを認識してくれているようでした。私の方も、この子が怒るタイミングや、怒っている中でも微妙な心の動きのようなものが、よくつかめるようになってきたんです」
気がつけば、「この子は私に任せて!」とばかりに、自信を持って保定にあたっていた。
お母さんからの贈り物
ある日、いつもそばにいるお母さんと離れた場所で、処置しようとした時のこと。圓尾さんは胸を突かれた。あの怒りん坊が、不安そうな顔をしていたのだ。
そして、ふと振り返って、こちらを見た。圓尾さんは声に出したり、心の中で繰り返し伝えた。
「怖くないよ。怖くないよ」
すると、スーッと安心した表情に変わっていったという。
「『私の言っていることがわかったのかも』と、びっくりしました。その子のことをわかろうと一生懸命接していれば、思いは動物にも伝わるのだと感じた瞬間でした」
最後、フレンチ・ブルドッグは病院で息を引き取った。スタッフ皆で飼い主家族をお見送りする時、お母さんが圓尾さんのところに来てこう言葉をかけた。
「ありがとう。あなたがいてくれたから、私本当に、心強かったわ」
「『未熟なりにでも、お母さんの力になれたんだな』って、うれしかったですね。動物医療の看護師として、動物だけでなく飼い主さんも支える大切さを学ばせてもらいました」
しばらくして、圓尾さんはお母さんの自宅に招かれた。フレンチ・ブルドッグが眠る庭も案内してもらった。
それから7年ほどたった頃。旅行に出かけた圓尾さん、偶然にもその場所は、お母さんの家から近いことを思い出したという。記憶をたどり探してみると、行き着くことができた。
勇気を出してチャイムを押すと、お母さんが出てきた。
「覚えていますか?」
と尋ねると、驚きながら答えが返ってきた。
「もちろんよ」
そして、また家に招き入れてくれた。
「あなたにひとつ、持っていてほしいの」
そう言って見せてくれたのが、羊毛フェルトでできた、あの子そっくりのぬいぐるみ。ポーズの違う3つの中から、1つ選んで連れて帰った。
ぬいぐるみは今も、圓尾さんの部屋に飾られている。見ればほほえましく思い出す、いつも青いエリザベスカラーをつけてやって来た、かわいい怒りん坊との日々を。
緊張が度を超すと怒り出す猫
あれから経験を積み、保定のスキルを上げていった圓尾さん。病院のホームページに掲載されたプロフィルには、「得意分野 病院の苦手な子のサポート」と書いてある。
「怖がっちゃう子、怒っちゃう子、不安がりやシャイな子。そんな子こそ、愛玩動物看護師の腕の見せどころだと思っています」と言うから頼もしい。
長毛の猫がいた。緊張が度を超すと怒りに転じてしまう。ある時飼い主が、感心したようにこう言った。
「不思議だわ。圓尾さんが保定に入ると、なんだかこの子、落ち着いてる」
その秘密は、猫の性格を心得た上での接し方にあった。
「敏感でシャイな子なので、『全然大丈夫だよ』って感じで、こちらが気持ちを穏やかに接していると、あちらも緊張しないのかな。保定では体をおさえるというよりも、一緒にいて、軽くふれるようにしました」
怒りん坊のチワワ。
「獣医師の動きに反応する子でした。獣医師に何かされるのが、怖くてたまらないから怒ってしまうんです」
そこで獣医師には、身ぶり手ぶりはゆっくりと。急にさわったり、面と向き合わないでと伝えた。こうやって獣医師に協力を仰ぐのも、保定の“テクニック”のひとつだ。
その結果。
「ああ、もう圓尾さんだったら安心」
長毛猫同様、「圓尾さんでお願いします」と、保定の指名が入るようになった。
かむ犬ほどかわいい!?
激しく威嚇し、襲いかからんばかりの動物にも、包み込むような笑顔で接する圓尾さん。
「そんな子ほどかわいいし、『大丈夫、味方だよ。一緒に頑張ろう』って寄り添える。獣医師には、『達観した愛玩動物看護師ほど、かむ犬をかわいいって言うよね』と笑われます(笑)」
動物の思いをくみ、その子にベストな保定を考える。それができるのはきっと、動物と、気持ちと気持ちで接する大切さを教えてくれた、あのフレンチ・ブルドッグのおかげだ。
動物病院で働き始めた新人の多くが、保定に苦労する。
「この子、暴れて言うことをきいてくれない。かまれたくないし、保定に入りたくないな」
そう思う時、動物ではなく、「自分がどう感じるか」に意識が行ってしまっているのだ。
悩める新人に、こうアドバイスする。
「『なんでこの子、怖がっていると思う? 怖い思いでいっぱいの時、そういうさわり方をしたら、きっともっと怖いよね。この子が今どういう気持ちかを、まず考えてみようよ」
病気や治療の意味もわからず、動物病院に連れて来られる動物たち。彼らの不安な心を、圓尾さんのやさしさが守っている。
(次回は4月9日に公開予定です)
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