捕獲直後のミラクル(戸塚さん提供)
捕獲直後のミラクル(戸塚さん提供)

巨大ターミナルに迷い込んだ子猫 迫る命の危機…ミラクルが重なり幸せなクリスマスに

 新幹線の発着でにぎわう新大阪駅。そのターミナルに、ノラ生まれと思われる1匹の子猫が迷い込んだ。夜、そこを通りかかって鳴き声を聞きつけたのは、東京から出張中の女性。警官、レスキュー隊、地元の保護団体の代表の助けを得て、捕獲を試みるも、線路と大通りに挟まれた一角を逃げ回る子猫。交通が激しくなって命に危険の迫る朝はもうすぐ。そして、ミラクルは起きた。

(末尾に写真特集があります)

8時間に及ぶ大捕物

 ガシャン!

 捕獲器の扉が下りた。中で、うす汚れた子猫が目を見開いている。まだまだ幼顔だ。ロータリー周辺の外猫はみな手術がすんでいるから、子猫が生まれることはない。車のエンジンルームにでも潜んで運ばれてきてしまったのだろうか。どんなに怖かったことだろう。

捕獲器の中の子猫
ノラ生まれと思われる顔つきだった(戸塚さん提供)

 安堵(あんど)のあまり、原田さんはコンクリートの上にへたり込んだ。明け方の空を仰ぎ見た後、離れたところで見守っていた戸塚さんに見えるように、両腕で大きく丸を作る。それを見るや、戸塚さんが猛ダッシュで駆けてきた。ふたりして、その辺を転げ回った。 

 あと一時間もすれば、駅前ロータリーは大型バスやらタクシーやらでごった返す。大通りの反対側は、幅50メートル以上の在来線の線路だ。子猫の命は風前の灯(ともしび)だった。

 すぐさま、駅前交番と、東京の墨田さんに連絡を入れる。それぞれが、できうる限りの手を尽くしてくれていたが、捕獲場所の広大さと、土地権利の複雑さから夜に立ち入れない場所も多く、保護は困難を極めていたのだった。

 通りかかって子猫の鳴き声を聞きつけた戸塚さん。駆けつけた「大阪さくらねこの会」代表の原田さん。ふたりにとって、長い長い8時間だった。

長い夜の始まり

 今年6月、金曜日の夜だった。東京から出張で大阪に来ていた戸塚令子さんは、新大阪駅構内を横切り、宿泊先のホテルに向かっていた。駅直結の事務所のそばを通りかかったとき、子猫の必死な鳴き声が聞こえた。夜も10時。事業所はとっくに閉まって施錠され、フェンスに囲まれている。心配げな顔つきの若い女性が立っていたので、「子猫が鳴いていますね」と話しかけると、その女性は言った。「あそこの配管の中にいるようなので、警察を呼びました」

 戸塚さんは、子どもの頃にガリガリ猫を保護した経験がある猫好き。数年前から、「奄美大島における生態系保全のためのノネコ管理計画」で捕獲されるノネコたちの命運に関心を持ち、預かりボランティアを始めるとともに、ノネコ引き出しのための譲渡認定者の資格も取得した。子猫の保護を見届けたい思いから、戸塚さんはその場に残ることにした。

 駅前交番の警察官とほぼ同時にレスキュー隊もやってきた。電話で「子猫が配管にいるらしい」と事情を聴いた警官がレスキューも手配していたのだ。

かけつけたレスキュー隊
レスキュー隊数名もたも網などを持って駆けつける(戸塚さん提供)

 だが、物々しい気配に驚いた子猫は、配管そばの物陰から逃げ去った。レスキュー隊は、市民の生命や生活安全のためにのみ稼働する規定だ。配管に子猫はいなかったとのことで、帰っていった。

 その間、警察官は上司と連絡を取り合って、立ち会ってくれている。だが、子猫の捕獲は経験がないとのことで、戸塚さんの胸に暗雲が立ち込める。自分は、明日東京に帰る身で、捕獲道具など何もない。手伝ってもらえる団体も知らない。若い女性も立ち去った。

 頼みの綱は、東京の墨田由梨さんしかない。墨田さんは、ノネコ譲渡認定者の大先輩であり、ミルクボランティアのプロである。いろいろ教えてもらった大阪の保護団体は、こんな遅い時間帯には、連絡を受け付けていなかった。困り果てていると、墨田さんが「心当たりがひとりいるから、ちょっと待って」と言い、すぐに「大阪さくらねこの会の原田玲子さんがこれから駆けつける」との連絡が入る。警察官は、子猫が逃げ込んだエリアの土地所有者に連絡をとろうとしていたが、深夜で連絡がつかない。

「墨田さんに電話をかけた時点で、子猫が保護されたら私が東京へ連れて帰ると決めていました」と、戸塚さん。

打つ手がみつからない

 やがて、原田さんが、捕獲器数台とおびき寄せの餌などを持って駆けつける。原田さんはおよそ2600匹もの外猫のTNRを手がけた捕獲のプロである。だが、子猫はまったく人なれしておらず、幼すぎて餌の匂いにもユーチューブの猫の鳴き声にも反応してくれない。しかも、思った以上に動きがすばやい。フェンスに阻まれたまま、時間が過ぎていく。

 2時を過ぎた頃、他の案件を片付けた上司も交番から駆けつける。

「子猫の命が優先です。不法侵入にならないよう私たちが立ち会いますから、中に入りましょう」と言ってくれた。

 しかし、子猫は、事業所周りから、より危ないロータリー近くの駐車場スペースに移動してしまう。ふたりで作戦を立て直す間、警官と上司はいったん引き上げた。子猫は止めてある車のエンジンルームにでも潜んだようで、一台の車体から鳴き声がするが、ボンネットをたたいても出てこない。戸塚さんがJAFに電話するも、「所有者からの依頼でないと開けられない」との答え。警察の見解は「所有者がわかったとしても、新幹線の駅に停めている車の持ち主は、遠方に行っているだろう」とのことで、さらに途方に暮れる。

 空が明るんできた。その時、どこからか餌の匂いにつられて1匹の猫が現れる。さくら耳カットされたその猫は、餌をなめた後、急に茂みに向かって走り出し、石の上に座って茂みを見つめる。その様子を見て、「もしかしたら」と追いかけた戸塚さんには子猫が見つからず、原田さんに声をかけた。

 原田さんが茂みに駆け寄る。のぞくと、奥にいる子猫と目が合った。闇に紛れていつのまにか茂みに移動していたのだ。

「この子の命は今、私のこの手にかかっている」と、原田さんは震える思いだった。子猫が逃げるだろう方向へ捕獲器を隙間なく並べ、子猫を追い込んだ。ガシャンと扉が下りた。

たくさんのミラクルが重なった

 子猫は、拾得物扱いになるので、交番で書類を作成することとなる。上司も警察官もいっしょになって喜んでくれた。

「よかった、よかった。あなたたちのおかげで、この子の命が救われた」

 子猫は、いったん動物病院預かりで諸検査をしてもらい、その間に戸塚さんはキャリーを買い、食事やホテルでの帰り支度もできた。

子猫
保護後、すぐに獣医さんできれいにしてもらい、諸検査(戸塚さん提供)

 大捕物を終えて、最たる功労者である原田さんは笑って語る。

「数多い捕獲の中でも、いちばんに難しい捕獲でした。今も思い出すとおなかがいたくなるほど。きっと、捕獲の間中、私の目はつり上がっていたと思います。何度か子猫と目が合いましたが、いま思うと私の形相が怖くて逃げ回っていたのかも。ごめんね(笑)。今回は、血の通った官民共働で、命を救う喜びを共有できてとてもうれしい」

 諸検査をクリアし、新幹線で戸塚さんと共に東京へ向かった子猫は、「ミラクル」と名付けられた。この命は、いくつものミラクルの末に今あるとしか、戸塚さんには思えなかったからだ。

「子猫が大声で鳴き続ける余力があって、通行人に気づいてもらえたこと。東京の墨田さんが、大阪の原田さんにつなげてくださったこと。活動で超多忙のため、ふだんはメッセージ未読がたまる一方の原田さんが、墨田さんからのメッセージにすぐに気づいたこと。神様が派遣したかのような地域猫の出現で、子猫の潜み場所が分かったこと。大阪府警の方々が終始子猫の命優先に柔軟な協力をしてくださったこと。最後の手段、捕獲器追い込みが成功したこと。そして、子ども時代から「外で困っている子がいたら、絶対助けよう」と思っていて保護活動を始めた私が、たまたま現場を通りかかったこともミラクルの一つでしょうか」

 ミラクルは、すぐに先住家猫や先住預かり猫たちと仲良くなり、やんちゃを極めて「猿猫」の別名をもらう。

 ほどなく、獣医さんから「同じような月齢の保護猫を、一緒に預かってはもらえないか」と頼まれて迎えたのが、「ペア」というキジトラの女の子だった。猫風邪で目がぐじゅぐじゅでカラスの餌食になる直前を、やはりいくつもの連携で救われ、譲渡先が決まるのを待っていた。

2匹の猫をだっこする女性
ミラクルとペアを、同時預かり(戸塚さん提供)

 ビビリのミラクルとおおらかなペアは、大の仲良しになり、戸塚さんの胸には、「同じおうちにもらわれてほしい」との思いが強まっていく。

2匹いっしょに、あたたかな家庭へ

 レンタルスペース「こまばサロン暖炉」で開かれた「本気の譲渡会」には、2匹いっしょのケージで参加した。ペアはミラクルを守るように寄り添っていた。

キジトラ猫
譲渡会参加の2匹。「いっしょのおうちに行きたいの」(戸塚さん提供)

「2匹共、うちの子に」と申し込んだのは、保護した外猫が腎臓病の末期だったため、半年看取(みと)って見送った金森さん一家だった。喪失感は大きく、長女の蒼依(あおい)さんの「また猫と暮らしたい」という希望で、譲渡会を検索し、翌日に開かれるこの会場にやってきたのだった。

 お母さんは言う。

 「一目見て、こんなに仲良しの2匹を引き離してはいけないと思いました。そんな2匹が姉妹ではなく、それぞれにミラクルというべき保護経緯を持った者同士と知り、家族で話し合って、迎えることに決めました。2匹がおなかを出してくつろぐ日々を、これから長く一緒に過ごしていきたい」

家族と猫
クリスマスとお正月を前に、家族が決まる(金森さん提供)

 外の子として生まれた子は、いつもひもじさや危険と隣り合わせを生きていて、ほとんどが短命だ。ミラクルとペアのしあわせな現在は、それだけでミラクル。「どの子もどの子もしあわせになってほしい」と活動を続ける人々の胸に希望をともし、ミラクルとペアは、仲良く愛されて新しい年を迎える。

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佐竹 茉莉子
人物ドキュメントを得意とするフリーランスのライター。幼児期から猫はいつもそばに。2007年より、町々で出会った猫を、寄り添う人々や町の情景と共に自己流で撮り始める。著書に「猫との約束」「里山の子、さっちゃん」など。Webサイト「フェリシモ猫部」にて「道ばた猫日記」を、辰巳出版Webマガジン「コレカラ」にて「保護犬たちの物語」を連載中。

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この連載について
猫のいる風景
猫の物語を描き続ける佐竹茉莉子さんの書き下ろし連載です。各地で出会った猫と、寄り添って生きる人々の情景をつづります。
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