仲良し兄弟となった保護猫同士、5歳のマミオ(右)と2歳のマサムネ(敬子さん提供)
仲良し兄弟となった保護猫同士、5歳のマミオ(右)と2歳のマサムネ(敬子さん提供)

甘え方を知らなかった「奄美のノネコ」 優しい兄猫がいる家で甘えん坊に変身

 マサムネは、奄美大島の「ノネコ管理計画」に基づき捕獲され、引き出されてはるばる東京にやってきた。「猫エイズキャリア・右眼球欠損・人なれしていない猫」という、譲渡されにくいとされるハンデがそろっていたためか、1年9カ月、一度も「会ってみたい」という声がかからなかった。初めて声がかかってトライアルに向かった家には、おっとり猫のマミオが待っていた。

(末尾に写真特集があります)

シャーシャーのノネコだった

 すっかり夏らしくなった光が窓から差し込む、東京下町のマンションの一室。マサムネは、大好きなお兄ちゃんのマミオに前脚を絡めて満足げである。昨夜も、2匹は大運動会をくり広げた。いつものようにマサムネが部屋から部屋へ駆け回り始め、ハイになってマミオに飛びつく。マミオもつられて一緒に駆け回った。おかげで、飼い主の池山敬子さんはすっかり寝不足だったが、口元に知らず知らず笑みが浮かぶ。

2匹の猫
仲良くまったり(敬子さん提供)

「マサムネもマミオも、こんなに楽しそうだもの。寝不足くらい、まあいいか」

 マサムネの今の暮らしぶりを喜んでいるのは、敬子さんだけではない。2年前、羽田空港に到着したマサムネを迎えに行った墨田由梨さんも、譲渡までを預かることになった伊藤征史(まさし)・律子夫妻も、うれしくてたまらない。当時のマサムネを思うと、今昔の感がある。

 マサムネは、いわゆる「ノネコ」だった。2018年から始まった「奄美大島における生態系保全のためのノネコ管理計画」により、マイクロチップなどの飼い主表示のない猫は捕獲の対象となって現地で収容され、譲渡認定者の引き出しがない場合は殺処分の対象となっている。墨田さんたち東京のボランティアで結成された「あまみのねこひっこし応援団」は捕獲された「ノネコ」の引き出しに懸命に取り組み、これまで400匹以上を引き取り、300匹以上を譲渡につなげてきた。現在まで殺処分はゼロだ。

「ノネコ」の捕獲された場所や状況は公表されていないので、その猫がどういった暮らしをしてきたのか、人間がどう関わっていたのかは不明だ。羽田空港に着いたときから人なれ抜群の猫もたくさんいる。最初のうちシャーシャー言うのは、捕獲されて飛行機で見知らぬ地へ運ばれた恐怖を思えば当然だろう。そんな猫もコロリとなつくことが多い。もちろん、中にはなかなか心を開かない猫もいる。それはいろいろな性格や体験を持つ猫ならば当然のことで、「ノネコ」が特別なのではない。

ケージの中で威嚇する猫
ひっかかれ予防のおやつ棒もたたき落としていた(伊藤さん提供)

 2021年3月、預かりボランティアをする伊藤夫妻のもとにやってきたマサムネは手ごわかった。シャーシャーだけでなく、爪は出るし、かみつきもする。

 それでも、辛抱強く話しかけ、お世話を続けた結果、触らせるようになった。マサムネはどうやら猫が好きらしいが、あいにくと伊藤家の三毛猫チビタさんは猫嫌い。チビタさんに拒絶され、大きなケージにこもったままの暮らしを1年と9カ月間送ることとなる。「猫エイズキャリア・右眼球欠損・人なれ不十分」という彼に、お見合い希望の声は2022年の暮れまで一度もかからなかったのだ。

「ケージの扉はいつも開けておいたのですが……。ケージから出た姿を私が見たのは1度か2度しかありません」と、律子さんは言う。

 ただ、在宅仕事で世話を受け持つ征史さんにはなつき始め、征史さんがケージ内に手を入れると、無防備なでんぐり返しをするようになった。

「この子は譲渡は無理かもしれない。このまま我が家で暮らすことになるのでは」と、伊藤夫妻があきらめかけた頃、「マサムネくんに会いたい」という声がかかったのだ。

でんぐり返しをする姿「可愛いなあ!」

 マサムネとのお見合いを希望したのは、東京の下町のマンションでひとり暮らしをしている会社員の池山敬子さんである。敬子さんは、「マミオ」という猫を4年前に墨田さん経由で譲渡されていた。その際「よかったら2匹目も考えておいてくださいね」と墨田さんからかけられた言葉が、ずっと胸にあった。

キャットタワーの上の猫
おっとり優しいマミオくん(敬子さん提供)

 マミオは、保護団体によって保護された子猫で、迎えたときは1歳前。ベタベタと甘えるタイプではなかったが、程よく人との距離を持つおっとり猫だった。2匹目を考えたとき、実家の家族は、マミオは他の猫とうまくやっていくタイプではないと心配した。

 そんなとき、いつもフォローしている墨田さんのインスタに、子猫を一挙に5匹預かったことが載った。その後の譲渡会では「5匹のうち、1匹しか決まりませんでした」とあった。

「ちょうど師走で、譲渡が決まりにくい時期でもあったと思います。保護猫の1匹ぐらい、ここで私が引き受けなくちゃ、という気持ちになりました」と、敬子さん。募集中の保護猫写真を眺めたら、奄美出身の猫の動画に目が留まった。ケージの中ででんぐり返しをするマサムネだった。可愛いなあ!と思った。

「猫エイズについては、『出血するようなケンカでもしない限り他の猫との共生はOK。ストレスのない暮らしで、寿命もふつうの猫と変わらない』ということを知っていたので、気になりませんでした。片目のことも、別に気になりませんでしたし、年齢的にも、マミオの弟としてちょうどいい、と」

 譲渡会の主催者に連絡すると、「でんぐり返しのマサムネですね」と、声がかかったことをとても喜ばれた。マサムネは声がかかった場合のみ譲渡会に連れてくる、とのことだった。

ケージの中の猫
譲渡会では固まっていた(敬子さん提供)

 会いに行くと、マサムネはケージの奥で固まって、声をかけても無反応だったが、敬子さんは「この子を迎えよう」と決める。

「マミオお兄ちゃん大好き!」

 トライアル期間は、通常は2週間程度だ。「ケージから出てこないような猫だから」と、連れてきた墨田さんと預かり主の律子さんは「1~2カ月のトライルでもいいですよ」と言ってくれた。

 だが、敬子さんは、次の週に「正式譲渡」を申し出た。

 マサムネは数日で敬子さんの手に慣れた。マミオは興味津々でケージに手をかけ、マサムネに誘いかけるような声で鳴くので、「いける」と確信したのだ。

 マサムネが、ケージの外の生活をマミオと共に楽しむようになるまでに、そうは日数はかからなかった。2匹が仲良くなってしばらくして、マサムネがマミオにマウントを取るかのように飛びかかることが多くなった。マミオは迷惑げに逃げる。敬子さんは心配したが、いつしかそれも収まり、二匹は最初からの兄弟のようにしっくりと寄り添った。マサムネは「このお兄ちゃんは、どのくらい僕を可愛がってくれるだろう」と試していたのかもしれない。

キャットタワーにいる2匹の猫
「知らない人、怖い」「大丈夫、お兄ちゃんがついてるよ」

「とにかくマサムネはマミオが好きで好きで(笑)。でも、マミオがおっとりした性格で受け止めてくれてよかった。これまで抑えていたのでしょう、マサムネの甘えん坊ぶりには驚かされますが、マミオの成長も驚きです。こんなにいいお兄ちゃんになるなんて。マミオのマサムネへの愛もどんどん増していますね」

 マサムネと別室にいるマミオをなでてやることがある。すると、どうして察するのか、マサムネがすっ飛んできて、「ボクもなでて」と間に割って入る。ムチムチの体とお尻をバンバンぶつけてくる。マミオは「はいはい、どうぞ」と弟に譲ってやるのだ。

 そう、マサムネが伊藤さん宅のケージの中ででんぐり返しをしていたのは、なでてくれる手に頭をこすりつけるがために、勢い余ってでんぐり返っていたのである。あれも、マサムネの「愛されたい」という精いっぱいの不器用な自己表現だったのだ。

「これまでつらい思いをした分、一日でも元気にマミオと共に長生きしてほしい」という敬子さんの願いは、墨田さんも伊藤夫妻も同じ。そして、この願いも。「猫は、人間に可愛がられるために生まれた命。奄美からやってきたノネコもそうです。捕獲されたノネコの譲渡に興味を持ってくれる方が増えますように」

丸まって眠る2匹の猫
弟の方が大きくなった?(敬子さん提供)

 マサムネを送り出した伊藤家には、新たな預かり「ノネコ」がやってきた。ケージの奥で固まっている「カタマルくん」という、これまたいとおしい猫である。

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佐竹 茉莉子
人物ドキュメントを得意とするフリーランスのライター。幼児期から猫はいつもそばに。2007年より、町々で出会った猫を、寄り添う人々や町の情景と共に自己流で撮り始める。著書に「猫との約束」「里山の子、さっちゃん」など。Webサイト「フェリシモ猫部」にて「道ばた猫日記」を、辰巳出版Webマガジン「コレカラ」にて「保護犬たちの物語」を連載中。

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この連載について
猫のいる風景
猫の物語を描き続ける佐竹茉莉子さんの書き下ろし連載です。各地で出会った猫と、寄り添って生きる人々の情景をつづります。
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