小松さんの愛猫。三毛猫の「ニャンニャン」と、黒猫の「チビ」(小松さん提供)
小松さんの愛猫。三毛猫の「ニャンニャン」と、黒猫の「チビ」(小松さん提供)

脚はすでに冷たくなり…交通事故で重傷の犬が病院に 夜通しの看護で命を守る

 夜間救急動物病院の動物看護部で働く小松倫衣(のりえ)さん。ある時、愛犬が交通事故にあったとの電話を受けます。命の火を消さないように、小松さんは全力で飼い主とチワワに向き合いました。

(末尾に写真特集があります)

救急の世界に飛び込んだ理由

 TRVA夜間救急動物医療センター(東京都世田谷区)は、普通の動物病院が開いていない夜の時間帯に、体調が悪化した犬猫を診療する救急病院だ。小松倫衣さんがここで働くようになる背景には、二度の「無力感」があった。

 一度目は、動物看護職に就くため専門学校へ進学すると決めていた高校3年生の時。通学途中、道路に横たわる何かを見つけ駆け寄った。野良猫が交通事故にあったらしい。

「猫はすでに虫の息でしたが、血をぬぐって病院へ連れて行くことしかできませんでした。何もできない自分がくやしくて、『絶対、動物病院の看護師になろう』と強く思った出来事でした」と小松さん。

 二度目は、すでに動物病院で働いていた時のこと。飼っていた猫を亡くし、日々動物医療にかかわりながら、またも命を救えなかったむなしさに打ちひしがれた。そんな折、動物のための救急病院が存在することを知る。「ここで働くことで、生死の分かれ目にいる動物達を救えるかもしれない」と、夜間救急の世界へ飛び込んだ。

獣医師がエコー検査をする際、犬が動かないよう体をおさえる小松さん(小松さん提供)

パニック状態の飼い主に対応

 この病院では来院する前に、まずは電話をしてもらう。この段階で、動物の状態をできるだけ正確に聞き取っておきたい。そうすれば、事前に受け入れ態勢を整え、来院と同時に必要な検査や処置に取りかかれる。

 ところが飼い主の多くは、容体が急変した動物を抱え、平常心を失っている。この日、小松さんが取った電話の声の主も、パニック状態にあることが伝わってきた。

「このような場合、飼い主さんは何から伝えればよいかわからなくなっています。そこでまずは、『どうされましたか?』とおおまかな状況をたずねました」

 すると、「愛犬が交通事故にあった」との答えが返ってきた。散歩中にリードが外れてしまったのだろうか、犬が道路に飛び出し、目の前で車にはねられたらしい。

 ならば出血やけがの状態、重症度を知りたい。そこでここからは、「呼吸はしていますか?」「歩けますか?」など、イエスかノーで簡単に答えられる質問から重ねていった。

「答えてもらいやすい質問から始めて、お話ししてもらうなかで、飼い主さんに徐々に冷静になってもらえるように心がけました」

来院前にかかってくる電話で、動物の様子をヒアリングする。動物の体調急変やけがで、動揺している飼い主から情報を聞き出すにはテクニックが必要(小松さん提供)

 作戦はうまくいった。やがてチワワを連れて来院した飼い主は、「伝るべきことはちゃんと伝えられた」と納得できたのだろう。電話の時とは打って変わり、冷静さを取り戻していた。

 一方のチワワは、電話で聞いたとおり、明らかに衰弱していた。外傷はすり傷程度、出血もさほど多くはないものの、レントゲンを撮ると骨がグチャグチャに折れている。また重度の痛みのためか末端まで血が通わなくなり、4本の脚が冷たくなっていた。瀕死(ひんし)の状態にあったのだ。

 すぐに処置に入る。酸素室で点滴につなぎ、鎮痛剤も投与して痛みを和らげる。飼い主は病院にチワワをたくし、いったん帰宅した。「厳しいかもしれない」。そう獣医師がつぶやいた。

「事故にあった際、もし頭を打っていれば、急に意識がなくなる可能性も高い。そこで、特に入院直後の1時間ほどは、15分に1回ぐらいとひんぱんに足を運び、体温や脈拍、呼吸数、血圧などを測定しました」

 急変がありうる。そのことを念頭に置きながら、気の抜けない看護が夜通し続いた。

けいれん発作で来院した犬に初期対応をしているところ。救命は時間との戦いだ。採血のための血管を探す人、動物の口を開ける人、口の中の分泌物をぬぐう人など、チームワークの力で集中的に手を打つ(小松さん提供)

思いがけない再会

 小松さんたちによる治療と看護のかいあって、チワワは見事難局を乗り切った。

「翌朝、飼い主さんが迎えに来た時には、体調がだいぶ回復していました。顔つきもしっかりしていて、きっともう大丈夫だろうと安心しました」

 命は守られた。だが、あのひどい骨折のことを考えると、手放しで喜べる心境ではなかった。

 さて、この病院では夜間に緊急処置を行うと、翌日はかかりつけの病院に治療を引き継いでもらう。そのためスタッフは、自分たちがひと晩手を尽くして処置した動物がその後どうなったのか、知ることはあまり多くない。ところがこのチワワのケースでは、ちょっと事情が違っていた。

 当時小松さんは、昼間診療している動物病院にも週に1日、掛け持ちで勤務していた。名前を仮にA動物病院とする。チワワが救急動物病院に来院した際、飼い主にかかりつけの病院を確認すると、偶然にもこのA動物病院であることが判明した。そして後日、A動物病院のスタッフが、小松さんがここでも働いていることを、雑談の中で飼い主に話していた。

自宅で勉強する小松さんを励ます(邪魔する?)ニャンニャン(小松さん提供)

 およそ1カ月後。A動物病院に出勤していた小松さんの前に、なつかしい「訪問客」の姿があった。

「ワンワンッ!」

 元気にあいさつしてくれたのは、紛れもないあの時のチワワだ。

 あれからチワワは、整形外科専門の動物病院で手術を受けたという。手術は成功。退院した今は、すっかり元通りとはいえないけれど、歩くのに支障がないまでに回復を遂げていた。その姿を小松さんに見てもらいたいと考えた飼い主は、わざわざ小松さんの出勤日に、こうして会いに来てくれたのだ。

「救急動物病院から帰る時は、『この先、歩けるようになるだろうか。一生歩けないかもしれない』と心配だったので、生命力のすごさに感心しました」

 昼夜逆転の生活。緊迫した場面の連続。ここで働くことは決して楽ではないはずだが、「グッタリしていた子が治療を受けて、朝方に元気に帰っていく姿を見ることがモチベーションになっています」と小松さんは言う。チワワの件では、その後の完全復活まで見届けられたのだから、こんなにうれしいことはない。

 二度の無力感をへて出合った救急動物病院。やりたいことはここにあった。1つでも多くの命を救うため、小松さんは今夜も全力を尽くして現場に立つ。

(次回は5月9日に公開予定です)

【前の回】腕をガブッ!あたりは血だらけに 恐怖のあまり動物病院で攻撃的になる犬猫達

保田明恵
ライター。動物と人の間に生まれる物語に関心がある。動物看護のエピソードを聞き集めるのが目標。著書に『動物の看護師さん』『山男と仙人猫』、執筆協力に動物看護専門月刊誌『動物看護』『専門医に学ぶ長生き猫ダイエット』など。

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この連載について
動物の看護師さん、とっておきの話
動物の看護師さんは、犬や猫、そして飼い主さんと日々向き合っています。そんな動物の看護師さんの心に残る、とっておきの話をご紹介します。
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