パートナーである獣医師の細井戸大成(ほそいどたいせい)さんと(富永さん提供)
パートナーである獣医師の細井戸大成(ほそいどたいせい)さんと(富永さん提供)

知らずに飼い主を傷つけていた言葉 動物看護部スタッフは心のケアを学び始めた

 現在はフリーランスとして、犬猫のしつけなどで活躍する富永良子さんのエピソードをつづる後編です。2次診療専門病院の動物看護部で働いていた時、富永さんは飼い主である「お母さん」と親しくなります。自分はお母さんに信頼されていると思っていましたが、犬の他界後、言われた言葉は意外なものでした。

(前編はこちら

(末尾に写真特集があります)

「二度と犬と暮らしたくない」

 ある時、富永さんの担当患者となったのが、メスのトイ・プードルの「ティティ」ちゃんだ。

 ティティちゃんはひざの関節が悪く、他院から整形外科に紹介されてきた。やがて肝臓の機能も低下したことから、足と肝臓の経過を診てもらうため、月に一度通院していた。

 富永さんは飼い主の「お母さん」と仲良くなった。「ティティは富永さんのことが大好きだから」。かけてくれる言葉からも信頼が伝わってくる。

 通院は7年間ほど続き、ティティちゃんは18歳近くになっていた。老衰が進んでいたが、ある日お母さんから電話で、自宅で息を引き取ったと告げられた。愛犬と二人暮らしで、強い絆で結ばれたお母さんのことが、富永さんは心配だった。そこでこう伝えた。

「お休みの日に、お母さんに会いに行きたいです」

 するとお母さんは、「お疲れだろうし、無理しなくていいよ」と言葉をにごす。

「でも、行きたいんです」

 思いを強く伝えると、こう告げられた。「あなたに会うのがつらいから」。富永さんの顔を見ることで、ティティちゃんの病気や別れを思い出すのが、耐えられないと言っているのだ。それは富永さんにとって、意外な言葉だった。

「会えないのであればと、担当医だった院長と相談し、まずはお母さんに、ティティちゃんそっくりのぬいぐるみと手紙を送りました」

 その後も「悲しい気持ちを、少しでも吐き出してもらえれば」と、たびたび電話をかけ、連絡を取った。

 しばらくすると、自宅にお邪魔するようになった。手作りのご飯もごちそうになり、交流は深まる。だが、お母さんのこんな言葉は、富永さんをまたもハッとさせた。「ティティが亡くなった時、すごくつらかった。あんな思いはもうしたくないから、二度と犬と暮らしたくない」

「通院してくれていた時、私はお母さんの気持ちに寄り添って、サポートできているとのおごりがありました。でも、会うことを断られたり、犬との暮らしがマイナスのイメージになってしまったということは、私のかかわり方がよくなかったのかもしれないと思ったんです」

お母さん宅で。お母さんに抱っこされているのは、富永さんの愛犬「富士子」。「セラピー犬として活動する富士子がティティちゃんと少し似ていたので、一緒に連れてお邪魔することもありました」(富永さん提供)

元気づけたくてかけた言葉が…

 いったいどうすればよかったのだろう。悩んだ末、勉強を始めたのが動物医療グリーフケアだ。動物医療グリーフケアは、獣医師の阿部美奈子さんが提唱する飼い主の心のケア。病気や死別など、動物と暮らす中で直面するグリーフ(悲嘆)から、立ち直りを助けることをいう。学ぶにつれ、富永さんは自分の間違いに気づいていった。

「ティティちゃんが亡くなった時も、後悔を口にするお母さんに、『そんなことないですよ』『ティティちゃんも、そんなふうに思っていないですよ』などと言っていました。でもそれって、相手を否定することになるんですよね。元気づけたくてかけた言葉が、逆に傷つけていたと知り愕然(がくぜん)としました」

 病気の愛犬を抱え、お母さんには様々な思いがあったに違いない。本当なら同じ目線に立ち、思いに共感してから、気持ちをケアする言葉をかけるべきだったのだ。

「でも、ありのままのお母さんを受け止められていなかった。だからきっと、愛犬が亡くなった時、私は会いたい人ではなかったんだと思います」

 ティティちゃんとお母さんが、向き合うきっかけをくれた動物医療グリーフケアは、以来、富永さんのライフワークになった。阿部さん主催のフォーラムを手伝うなど、動物看護従事者に動物医療グリーフケアの輪を広げている。

田舎へ移住し新しいチャレンジ

 2017年、富永さんは病院を退職しフリーランスになる。

「もっと動物と飼い主さんの日常生活に近いところでサポートするような仕事がしてみたい、大好きな行動学やしつけをもう一度やりたいと考えるようになりました」

 活動するにあたり、屋号を「nobita」とつけた。前編で紹介したとおり、動物と時間をかけて信頼関係を築く大切さを教えてくれた、今は亡き愛犬「のび太」から取った。

のび太(右)と富士子(富永さん提供)

 複数の動物病院でパピークラスや犬の幼稚園の先生をしたり、セミナーで講演したりと仕事の幅を広げていく。

 そして2022年1月、人生のパートナーとともに愛媛県新居浜市へと移り住む。ビルが並ぶ都会の大病院を離れ、人も動物ものびのび過ごす田舎で、人生とキャリアの再スタートを切ったのだ。ちなみにパートナーは、前編で述べた「プローブかみちぎり事件」で、泣きながらあやまる富永さんを鷹揚(おうよう)に許してくれた院長だ。

 現在は自宅に設けたレッスン教室で、パピークラスや、猫との暮らし方教室などを行う。

 また、信頼する地元のペットショップとも提携。パートナーの獣医師が子犬・子猫の健康管理を、富永さんが飼育やしつけの相談に応じている。

「犬猫を家族に迎えても、うまく飼いきれず手放してしまう人もいます。購入後のサポート体制があれば、そうした事態を避けられるのではないでしょうか」

 のび太も、初心者にはしつけが難しいとされるワイヤー・フォックス・テリアだった。もしも適切な支援が受けられたなら、飼育放棄されずにすんだかもしれない。

自宅で開いているパピークラス。口コミで来てくれる人も増えている(富永さん提供)

 広い庭のある田舎暮らしを生かし、取り組もうとしているのがブリーディング事業だ。

「これまで多くの子犬に接してきましたが、元々の気質が怖がりだったり精神的に不安定で人と暮らしづらい子もいました。母犬の妊娠時の栄養状態や精神面が影響するといわれています。一緒に暮らしやすい犬に育てるには、母犬が幸せかどうかも大事。そこからかかわってみたいと考えました」

 日本の住宅事情に合い、はやりすたりのあまりない、シーズー、マルチーズ、ヨークシャー・テリアの3犬種を手がける。

 母犬は、1~2回出産してもらったら、家庭犬として新しい家族のもとへ。nobitaから子犬を迎えた人には、富永さんとパートナーが、健康や飼育の悩みにいつでも対応する。

「万一飼うことが難しくなった時は、いったんうちに里帰りしてもらえばいい。そんな、犬の一生をサポートできて、動物も人も皆が幸せになれる、新しいブリーディングの形が作れたらいいな」

「動物のいる人生っていいよね」。心からそう思える人を増やすため、今の富永さんだからできるやり方で、新しい道を切り開く。

(次回は1月24日に公開予定です)

【前の回】力づくでは何も生まれない 飼育放棄された人間不信の犬と向き合い得た学び

保田明恵
ライター。動物と人の間に生まれる物語に関心がある。動物看護のエピソードを聞き集めるのが目標。著書に『動物の看護師さん』『山男と仙人猫』、執筆協力に動物看護専門月刊誌『動物看護』『専門医に学ぶ長生き猫ダイエット』など。

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この連載について
動物の看護師さん、とっておきの話
動物の看護師さんは、犬や猫、そして飼い主さんと日々向き合っています。そんな動物の看護師さんの心に残る、とっておきの話をご紹介します。
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