力づくでは何も生まれない 飼育放棄された人間不信の犬と向き合い得た学び
かつては動物病院で動物看護の仕事に従事し、現在はフリーランスとして、犬猫のしつけなどで活躍する富永良子さん。折々に、自分を成長させてくれた出来事がありました。前編となる今回は、人間不信の犬と深くかかわった日々についてご紹介します。
ぞうきんを飲み込み緊急手術
富永良子さんが動物看護部スタッフとして、大阪市の動物病院で働き始めて1年目のこと。運命の犬との出会いは、最悪の事件とともにやって来た。
飼い主の女性が、1歳に満たないオスのワイヤー・フォックス・テリアを連れて来院した。名前は「レオ」。
「ぞうきんを誤食してしまい、具合が悪そうとのことでした。そこで腸を切開し、ぞうきんを取り出す手術をしました」
と富永さん。誤食はさておき、気になったのが体重だ。この犬種の標準的な体重の半分ほどしかなく、ガリガリにやせていた。
「適切な飼育ができているのかな……」
レオは無事元気になり、退院。ところがほどなくして、再び運ばれてきた。レオはほとんど死にかけていた。一時は心肺停止にまでおちいったものの、蘇生処置により一命を取り留めた。女性の言い分はこうだ。
「レオを家に残して、1週間出かけていたとのことでした。本当かどうかわかりませんが、ご飯は置いていったけれど、食べておらず、帰ってきたらグッタリしていたそうです。明らかに飼い主としての責任感のなさとレオに対する愛情不足ですよね」
この時も幸いにして、レオの体は回復する。だが女性は「飼う自信がない」と言った。飼育放棄を宣告されたレオは、院長の判断で、病院の犬として引き取られることになった。
飼育放棄した女性と思わぬ再会
いざ接してみると、レオは人間不信のかたまりだった。
「心はすさみ、食への執着もすごくて。食べている時に近づこうものならかみついてくるなど、ひどいありさまでした」
問題児レオを「担当させてください」と申し出たのが富永さんだ。学生時代から動物の行動学やしつけに興味があり、自分の手でレオを幸せにしたいと考えたのだ。
レオとどっぷりかかわる毎日が始まった。「レオに信頼されたい」。その一心で、仕事が終わると一緒に過ごす時間を作り、休みの日は散歩に連れて出た。
「いい関係を築きたくて、セミナーに参加するなど、行動学やしつけの勉強に踏み出すきっかけをくれた子でした」
だが、レオとの日々は一筋縄ではいかない。ある時、超音波診断装置の近くにレオをつなぎ、その場を離れた。戻って来た富永さんの目に飛び込んできたのは、荒くれ者のレオがかみちぎったプローブ(動物の体に当てるセンサー)。高額な医療機器は、見るも無残な姿をさらしていた。
「院長先生に、『お給料から引いて、弁償させてください』って、泣きながらあやまりました」
叱られるかと思いきや、「そこにつないだお前が悪いわなぁ。ま、これからは気をつけや」と、犬も自分もまとめて許してくれたのには驚いた。
ある日、レオと遊んでいる最中、ふいに体勢を崩したのか、急におなかを見せ仰向けになってしまった。本人もビックリしたのだろう、富永さんの手に、ものすごい勢いでかみついてきた。
「私、すごく腹が立ってしまって。『こんなにレオのことを考えているのに、何でわかってくれないの』って思った瞬間、レオを押さえつけてしまったんです」
その時見たレオの目には、こう書かれていた。「やっぱり信用できないじゃないか」。
「それまで培ってきたものが、一瞬で崩れた気がしました。力で言うことをきかせようと思っても、何も生まないんだ。動物との関係作りで大切なことを、あの時、彼が教えてくれました」
レオのことでは後日談がある。その後、病院は移転するのだが、新しくなった病院に、なんと、レオを飼育放棄した元飼い主がやって来たのだ。しかも、新しい犬を連れて。おそらく、レオを引き取ってもらったのとは別の病院だと思い込んだのだろう。
「レオを捨てて、他の犬を飼ったんだ。さすがにムッとしましたね。そこであえて、レオを担当した獣医師と私のペアで診察室に入りました。私たちを見て、『あの時と同じ病院だ』と気づいたんでしょうね。気まずそうにしていましたよ」
ジャイアンからのび太へ
富永さんが忍耐強く接したことで、レオはいつしか病院で、楽しく過ごせるようになっていた。
働き始めて8年目。大阪市に、他院から紹介された難しい症例のみを受け入れる、2次診療病院が立ち上がる。獣医師の有志により創られた、動物医療では日本で初めてとなる2次診療専門の病院で、富永さんが勤務する病院の院長も創立メンバーの一人だった。
現在の病院は閉院し、スタッフは2次診療病院に異動することになる。それにともない、病院で飼育していた動物は、スタッフが引き取ることになった。富永さんはレオ、そして、高齢者施設などを訪問するセラピー犬として活躍していたマルチーズの「富士子」を家族に迎えた。
極度の人間不信から、性格が『ドラえもん』に登場するジャイアンみたいなところのあったレオ。「これからはジャイアンじゃなく、のび太みたいにおっとり暮らしてほしいな」。富永さんはレオから「のび太」へと名前を変えた。
職場が変わり、仕事内容は一変した。慣れない2次診療の現場で働き、大規模病院の師長として動物看護部をまとめる。
以前の病院では、レオとかかわりながら学んだ行動学やしつけの知識を生かし、念願のパピークラスを開くまでになっていた。だが、重い病気の動物が訪れる2次診療病院では、しつけの出る幕はない。それが不満だった。
「でも、重症の動物に向き合ううち、いつしか『看護』というものへの興味がどんどん強くなっていきました」
夜間、看護の目が届かないことのないように、動物病院にはめずらしい24時間看護を実現させた。やはり動物看護の世界では浸透していなかった看護記録(入院している動物に行った看護を記載したもの)も導入。手厚い看護体制で、高度医療を支えていった。
(後編へ続く。次回は1月10日に公開予定です)
sippoのおすすめ企画
「sippoストーリー」は、みなさまの投稿でつくるコーナーです。飼い主さんだけが知っている、ペットとのとっておきのストーリーを、かわいい写真とともにご紹介します!
LINE公式アカウントとメルマガでお届けします。