病気の知識と探偵並みの推理で 猫が重病だと見抜いた夜間救急の動物看護部スタッフ

「動物を飼う際には、もし夜間に何かあった時にあわてずすむよう、家の近くで受け入れてくれる病院がどこにあるか、調べておくことをお勧めします」(浅野さん提供)

 危機的な状態の動物が次々と運ばれてくる夜間救急動物病院。ある時、浅野真里江さんは、飼い主から「猫の動きが鈍い」との電話を受けます。これだけでは重大事とは思えませが、その後、飼い主が口にしたある言葉から、猫が深刻な状態かもしれないと気づきました。

(末尾に写真特集があります)

動物の変化に気づき、動ける力

 その動物病院が開くのは夜の8時。動物看護部のスタッフである浅野真里江さんが働くTRVA 夜間救急動物医療センター(東京都世田谷区)は、普通の動物病院が開いていない夜間、体調を崩した犬猫を受け入れている。

 元々は昼間の動物病院に勤務していた浅野さん。薬や病気のことに興味を持ち、「もっと踏み込んで学びたい」とここに転職した。

「10軒以上の病院を見学しましたが、動物を見た瞬間、獣医師に指示される前に動く動物看護部スタッフの“初動の早さ”に感銘を受けました。本当は夜勤ではなく、昼間の生活を続けたかったのですが、この病院の現場を見て『面白そう』と思ったんです」と浅野さん。

 だが、もちろん初めからうまくこなせたわけではない。ここには一刻を争う状態の動物が飛び込んでくる。

「自分がミスをしたら動物が命を落とすかもしれない。最初は不安で、私の出勤日には、心肺停止状態の子は来ないでほしいと内心願っていました(笑)」

 だが、何でも親切に教えてくれるまわりのスタッフ達に助けられ、成長していった。

「徐々に病気や病態に詳しくなり、入院している子が悪化した時、気づいて、自分が何をすべきかわかり、それを行い獣医師に次の指示を仰げるようになりました」

 例えば苦しそうにしている動物がいたら、「なんか苦しそう」と見たままを報告するのではなく、呼吸数を計り、獣医師に「努力呼吸が強くなってきていて、呼吸数も前回より下回っているのですが、大丈夫ですか?」と聞けるようになったという。努力呼吸とは、呼吸困難時に、通常は使われない筋肉を使ってする呼吸のこと。胸が大きく動くのが見た目の特徴だ。

 さらには経験則としか言いようのない、こんな驚きの技も身につけた。

「他の業務をしながらでも、遠くから入院動物の顔を見ただけで『この子、危ない』って容体変化に気づけるようになりました。ただ、具体的に何がどう変化したのかと言われると、言語化できなくて。後輩に伝授するのが難しいです(笑)」

夜間に緊急処置をして命をつなぐ(浅野さん提供)

電話で情報を引き出すプロの技

 この病院では原則的に、来院する前に電話で相談してもらう。電話でのヒアリングは基本的に動物看護部の仕事だ。

 どんな状態かを聞き、獣医師に確認を取った上で、緊急性が高そうなら来院を促したり、「お家で〇〇の対処をして、症状が続くようならまたお電話ください」などと伝える。ところが飼い主の第一声では、緊急性があるのかどうかわからないことも多いという。

 例えばよくあるのが「震えている」と言われるケース。このような場合、「震える」症状を引き起こす病気や要因を候補として思い浮かべながら、「こういうことはありましたか?」「こんな症状はないですか?」と質問しながら情報を引き出していく。

「去勢・避妊手術後なら手術あとが痛いのかもしれず、引っ越したり、新しい犬を迎えたり、来客があったのならストレスが原因という可能性もあります。『震えて立てない』状態なら、椎間板(ついかんばん)ヘルニアで後ろ脚に力が入らないのかもしれないし、同じ『立てない』でも横倒しになっているなら、おなかの中の腫瘍(しゅよう)が破裂して血がたまる腹腔内出血といわれる事態かも。緊急処置をしないと命にかかわります」

 ここで正しい情報を聞き出せなければ、動物が必要な処置をすぐ受けられない恐れがあるため、電話対応はつねに真剣勝負だ。

電話で話す浅野さん。目の前にいない動物の様子を正確にヒアリングしなければならない(浅野さん提供)

「動きが鈍い」、さて病名は?

 ある時電話してきた、8歳ぐらいのメス猫の飼い主の女性。女性は猫の「動きが鈍い」と訴えた。

「最初にかかりつけの動物病院を確認するのですが、『避妊手術の時しか行ったことがない』と言われました」

 他に症状はないか尋ねるが、食欲も排泄(はいせつ)も異常無しとの答え。女性の言葉を聞く限り、緊急性が高いようには到底思えないのだが、女性との短時間の会話から、浅野さんはふと「糖尿病かも」と直感した。糖尿病は治療しないままにすると、死に至らしめる可能性がある病気である。

「よく、『この子は病気をしたことがない』とおっしゃる飼い主さんがいますが、病院に行っていないから見つかっていないだけということも多いんです。この猫ちゃんも、そのケースにあてはまるのではと思いました」

 電話口で、「心配なので来てください」とはっきり伝えた。来院した猫を検査すると、予想通り糖尿病の悪化による危険な状態であることが判明した。

 これまで蓄積した病気の知識に、「病院に行っていない」との事実を重ね合わせピンと来た。探偵のような冴えが、猫を救うことにつながった。

 浅野さんのさらなる活躍のお話は、後編へ続く。

(次回は12月13日に公開予定です)

【前の回】愛犬に罪悪感抱く飼い主と病院嫌いの犬 ふたりの人生変えた「ノーズワーク」とは

保田明恵
ライター。動物と人の間に生まれる物語に関心がある。動物看護のエピソードを聞き集めるのが目標。著書に『動物の看護師さん』『山男と仙人猫』、執筆協力に動物看護専門月刊誌『動物看護』『専門医に学ぶ長生き猫ダイエット』など。

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この連載について
動物の看護師さん、とっておきの話
動物の看護師さんは、犬や猫、そして飼い主さんと日々向き合っています。そんな動物の看護師さんの心に残る、とっておきの話をご紹介します。
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