自分の意志でおうちも家族も決めたあずきちゃん
自分の意志でおうちも家族も決めたあずきちゃん

庭で鳴いていたやせ細った子猫 保護した老夫婦は5匹目の家猫として迎え入れることに

 2年前の初夏、やせ細った子猫が、平山家の庭に現れた。茂さん・由美子さん夫妻は、放っておけずに一時保護。譲渡先を探し始める。家猫にするのは3年前に保護した4匹目で最後と心に固く決めていた。だが、その猫「あずき」は、譲渡先で7日間大泣きし続けた。「お父さんたちのおうちに帰る!」。

(末尾に写真特集があります)

針金細工のような子猫

 見慣れない猫が、千葉県佐倉市の平山家の庭を横切った。生後5~6ヶ月の痩せた三毛猫である。2020年6月のことだった。猫は、網戸越しに「入れて! 入れて!」と声を限りに鳴き続けた。

 由美子さんが庭に出ると、その猫は足元に駆け寄ってきて甘えた。瞬膜がかかっている左目の視力はほとんどなさそうだ。その分、右目に意志の強さと利発さがみなぎる子だった。猫は「ここの子になる」と断固決めたふうで、由美子さんが家に入る隙をついて、するりと入り込んできた。

庭にやってきた日。触るとゴツゴツ痩せていた

 茂さんと由美子さんは、保護を決めた。捨てられて何日もさまよっていたのか、飢えた幼い猫を放ってはおけない。

「背中を触ると、ゴツゴツと骨が手にあたるくらいやせ細っていました。まるで針金細工のようだった」と、茂さんは言う。

 平山家に迎える選択肢はなく、あくまでも譲渡先が見つかるまでの一時保護である。当時、茂さんは役所を定年退職後の68歳、由美子さんは67歳の、ふたり暮らしだ。すでに元保護猫が4匹いて、2017年に保護した「茶太郎」を最後に、4匹への責任だけは必ず果たすと、きっぱり決めていたのだ。

「保護団体からの譲渡先の資格はまずない年齢です。自分で保護するのならいいだろうというわけでもないことも、よくわかっていました」

天衣無縫な女の子

 仮の名が「あずき」となった猫は、平山家で、のびのびと暮らし始めた。

 長毛のモジャ、三毛のミミ、ハチワレのモン太、茶トラの茶太郎。平山家の猫たちは、みな温厚で人見知りだ。先輩たちを追いかけまわすのに興じるあずきは、誰も追いかけ返してはくれず、物足りなさそうだった。

 1階の広い和室は、猫たちのための部屋だ。あずきは、そこに置いてあるキャットタワーもおもちゃも爪とぎも、「先輩たちのものはあたしのもの」とばかりに使い始めた。穏やかな先輩に囲まれ、夫妻の愛情を浴びて、あずきはハツラツと育った。

窓辺の特等席のあずきちゃん

 10月、あずきを迎えたいと声がかかった。ケージに入れられ、新しい家族となるおうちに送り届けられた。

「犬も猫もカメもいる、大の動物好きのご一家で、あずきが可愛がられることは間違いなし。この上ないご縁でした」と、茂さんも由美子さんもさびしいながらも、安堵した。

あずき、出戻る

 甘えん坊で天衣無縫、賢いあずきのこと、すぐに新しい環境になじむと思いきや、先方から入る連絡は「毎晩大声で鳴き続けている」というもの。数日すればなじむと思い、茂さんたちは心配を抑えて見守っていた。

 だが、あずきは7日たっても、「あたしンちに帰る!」と必死に主張し続けた。根負けして、その家のお母さんは茂さんに連絡し、あずきを戻すことになった。「あずきちゃん、明日、お父さんが迎えに来るって」「にゃあ」「おうちに帰れるよ、よかったね」「にゃあ」

 あずきは、パタッと鳴くのをやめた。

猫じゃらしに「えい、えいっ」。いつだって本気

 翌日、迎えに行った茂さんの差しのべた手を、あずきはパシッとはたき、そのあと胸に抱かれた。

「あれは、あずきの精いっぱいの抗議でしたね。『なんであたしをよそにやったの』という。その意志は尊重してやらなければと思いました」

「もうどこにもやらない」とあずきに約束したのは、仲間たちからのあたたかな申し出があったからだった。

強い意志をもった瞳。「あたしのおうちは、ここ!」

いい仲間があればこそ

 茂さんが、猫と関わり始めたのは、公務員時代、写真を撮りに行っていた公園で、いつもごはんを猫たちに運んでくる「るい」さんに出会ったことからだ。声をかけると、家にも保護猫が何匹かいて、自分にできることを続けているという。子どもの頃に罹患したポリオの後遺症で手足のマヒが進み、松葉杖をついているるいさんは、笑顔の明るい女性だった。

 保護猫の送り迎えや譲渡先探しなどを手伝うようになり、仲間が増えていく。るいさんから言われていた「平山さんもおうちのない子をいつか迎えてね」を実行できたのは、同居する親を見送ってからだった。

 これまで何匹の捨て猫たちのいのちを、仲間と手を繋いで救ってきたことだろう。迎えた保護猫はいつしか4 匹になった。だが、もう無理な、結果的に無責任につながる保護はできない年齢になった。そんなとき、あずきの出戻りを知ったるいさんをはじめ、若い仲間たちが口々に言ってくれたのだ。

いつだって明るい保護仲間たち(左から、裕子さん、チセさん、るいさん、美佐子さん)

「平山家は、あずきちゃんが自分で決めたおうち。だから、思う存分可愛がってあげて。茂さんたちにもしものことがあったら、私たちが何とかする。安心して!」

 これまで助け合ってきた揺るぎない絆があればこその、信頼できる言葉だった。

 先輩たちに「どこ行ってたの」と出迎えられたあずきは、何事もなかったかのように、またのびのびと暮らし始めた。

「あずきのおかげで、老夫婦、苦笑も含め、毎日笑って過ごせます」

「猫たちのために、健康に気をつけ、揃って元気でいなければ」

 ふたりの笑顔の先にはいつも猫たちがいる。この先も一緒に楽しく生きていく家族だ。

(文・写真 佐竹茉莉子)

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