道路でうずくまっていた子猫 学習塾の猫塾長になり、子どもたちを見守る

教壇に座るくれよん。塾長にふさわしい堂々としたたたずまいを見せる

 砂むし温泉で有名な九州最南端の指宿(いぶすき)市。そこかしこで立ちのぼる湯煙が目につく。1mでも掘れば温泉が沸き出るといわれる所以(ゆえん)だ。道路の両側にはフェニックスの街路樹が立ち並ぶ。暖かい場所に来たんだなあと改めて感じる風景だ。

 そんな南国ムードあふれる街に学習塾の塾長として生徒たちを見守っている猫がいる。「昇学塾」の二代目塾長、くれよん(5歳♀)だ。

(末尾に写真特集があります)

生後1カ月ほどの子猫

 昇学塾代表の山元英樹さんとくれよんの出会いは2016年9月。山元さんは隣県の熊本県天草市下田温泉に夫婦水入らずの旅の途中だった。

「あと3分ほどで旅館に到着という時、道路に茶色い物体が落ちていたんです(笑)」。

 コンビニ袋だと思った山元さんだったが、「あれ猫じゃない?」と奥様が言ったことで停車。引き返して見てみるとなんと生後1ヶ月ほどの子猫が道路上にうずくまっていたのである。

 山元さんを見るなり駆け寄ってきた。抱き上げると山元さんの背中をよじ登り、頭の上にまで乗っかってくる。降ろしても降ろしても子猫は山元さんの体から離れようとしなかた。

 近くに母猫がいるかもしれないとしばらく探してみたが、その気配はなし。車が往来する道路に子猫を置き去りにするわけにもいかないと考えた山元さんは、意を決して旅館に電話を入れた。

「たったいま子猫を保護したんですけど、連れていっても大丈夫ですか?」

生徒たちの授業を見守るも、カメラが気になる様子

 前例のないことで最初は戸惑っていた旅館側も、経営者の弟さんが猫好きだったおかげで「部屋の中には入れられないけど庭先なら」とオーケーが。優しい旅館からタオルとミルクをもらい庭の段ボールの中で1泊した子猫は、翌日山元夫妻と一緒にチェックアウト。フェリーで指宿へ渡り、塾長見習いとして昇学塾の一員となったのである。

「親切にしてもらった旅館の名前が『湯の郷くれよん』だったので、それにあやかって子猫もくれよんと名付けました」

授業中も自由気ままに過ごすくれよん

 その時の様子はYouTubeに。『旅行中、道路でうずくまっていた子猫さんを保護しました』はなんと再生回数18万回、『保護1 日目。一緒に旅館に泊まった子猫くれよん』は2万5 千回を超えた。

 あれから5年。すっかり大人になったくれよんは、学習塾に通う小・中・高生を出迎え、授業中は教室内巡回パトロールで見守り、休憩時間は触れ合うことで生徒たちを癒し、授業が終われば玄関で見送る。二代目塾長としての仕事を立派にこなしているのだ。

「わからないところはない?」と確認しているかのように教室を巡回する

初代塾長猫の「しょう」


 くれよんが来た当初、初代塾長だったのがしょう(当時3歳♂)。山元さんが昇学塾を引き継いだ2013年、近所にいた野良猫で、大けがをした際に保護され病院で治療した子だ。

 借家住まいでもあるため、山元さんは完治するまで塾で世話をすることにした。塾なら敷地は広いし、近所に気兼ねはいらないし、なんといってもしょうのテリトリー内だからだ。

優しい顔つきのしょう(右)と子猫時代のくれよん

 塾の玄関先にケージを置いて世話をしているうちに、冬が来た。南国指宿といえども冬は寒い。真冬に外飼いはかわいそうだとケージごと玄関に入れた途端、それからは野良が室内飼いになる定石。しょうはいつしかケージから出るようになり、自由に塾内を闊歩するまでに。スピード出世で塾長に昇格したのである。

 次第に〝猫のいる塾〟として知られ取材も受けるようになったしょうは、物怖じしないフレンドリーな性格だった。新しくやってきたくれよんを快く受け入れ、仲良く過ごしたが、2年後しょうは病気に。大学の動物病院で検査しても原因不明と言われ、次第に痩せて食欲もなくなっていった。

優しい顔つきのしょう(右)と子猫時代のくれよん

 それを助けたのが、くれよんだ。貧血を起こしたしょうに献血したのである。獣医さんから健康優良児のお墨付きがあったくれよんだからこそできたことだ。しかし、残念ながらしょうは2018年6月に天国へ旅立ったのである。

生徒たちは猫をなでてリラックス

 しょうの後任になったおっとりマイペースのくれよん。その後、人懐っこいけれどビビりのまっきー(3歳♂)、トム子(2歳♀)とムームー(7ヶ月♂)の母子が新しく仲間入りし、3匹の見習い生を従えるようになってからは二代目塾長として堂々たる風格が備わってきた。

トム子( 左)とムームー。2 匹は親子で、ともに保護された

 猫たちは全員、教室への出入りは自由。勉強している生徒の足元をすりすりしたり、教壇や時には生徒の机の上にもジャンプしたり。生徒たちはすっかり慣れたもので、そんな猫たちを撫でてリラックスしながらも学習に励んでいる。

 山元さんはじめ、講師の大川さんやほとんどの生徒が猫好きだ。時たま猫が苦手な生徒もいるが、それは猫たちにもわかるらしく、そういう生徒に自ら近寄っていくことはないという。

 自由な猫たちのすぐそばで、のびのびと勉強する子どもたち。その成長を見守る塾の先生たち。猫と人が穏やかに共生する姿は豊かで温かい。まるで温暖な指宿の土地のようだ。

(写真・浦川祐史)

筆者・しんしゆか(進士由香)
猫とお酒と映画・演劇のコラムニスト&役者。読み聞かせ大道芸人『読みガタラーしんしゆか』としても活動中。ペットのフリーペーパー『Pooch』、リビング熊本コラム『酔いどれ焼酎日誌』を経て、現在『猫びより』(辰巳出版)九州地区担当ライター。早稲田大学第二文学部演劇科卒業。熊本在住。
昇学塾
鹿児島県指宿市十二町2166 -2
TEL 0993-26-3389
受付時間:平日・土曜14:00〜22:00、日曜・祝日14:00〜19:00
https://www.shogakujuku.net
Twitter:@sukiapodes
Instagram:sho.kureyon
YouTube:山元英樹
辰巳出版が隔月で発行している猫専門誌です。猫愛にあふれる企画や記事の質に定評があります。

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