帰り道で赤ちゃん猫と出会った 猫たちの過酷な現実を知り、保護活動スタート

サビ猫
9年前に出会った空。猫の保護活動はこの出会いから(亜妃さん提供)

 元エステサロン経営の女性が、9年前、1匹の子猫と遭遇して迎えたことがきっかけで、猫の保護活動を始めた。猫の世話は初めてで、最初はわからないことも多かったが、弱っていた子が元気になったり、毛艶がよくなり、新たな家族の元で幸せになっていく様子が喜びとなり、地道に保護を続けている。だが、北海道という寒い地域ならではの悩みや、保護活動に対する周囲の態度に困惑することもあるという。ボランティアとしての心情を聞いてみた。

(末尾に写真特集があります)

きっかけは、目の前に飛び出てきた子猫

「私は30代になるまで、犬としか暮らしたことがなかったんです。それが今、預かりさんに託す子も含めると30匹の猫を保護中で……あの子との出会いが生活を変えましたね」

 北海道札幌市在住の亜妃さん(46歳)が、自宅の居間で説明してくれた。「あの子」とは、9年前の6月、亜妃さんが遭遇した雌猫、「空」のことだ。

「空は、私が仕事帰りに歩いていると、いきなり目の前に飛び出てきたんです。わずか300g程度の乳飲み子でした。目がぐちゃぐちゃしているので、お弁当を包んでいた袋にすっぽり入れて、そのまま動物病院に連れていきました」

 亜妃さんは「猫の当面の治療と、猫の家族探しをしてほしい」と病院に頼んだ。自宅で飼えるとは思っていなかったからだ。

「当時、家には甘やかして育てた『いちご』というキャバリア犬がいて、子猫が来たらすごく怒ると思ったし、猫との暮らしは難しいと思いこんでいたんです。ところが、夫の一言と、いちごの広い心で(笑)、状況が変わりました」

犬と猫
空といちご(上)。犬と猫のこんなシーンに亜妃さんの心も動いた(亜妃さん提供)

 夫が「その猫、うちの子にしたい」と言いだしたのだ。夫は幼い頃に猫を飼っていたことがあり、子猫に情が湧いたようだ。さらに、愛犬のいちごが思いがけず子猫を優しく受け入れたので、亜紀さんの心も動き、生まれて初めて猫を飼うことにしたのだ。

「犬のいる我が家でも猫を飼えるとわかったら、いろいろな思いが溢れてきたんですよね。元々、自分も猫が嫌いなわけではない、むしろ保護することに興味はあったんです……」

 犬しか飼ったことのない亜妃さんは、猫の体についてゼロから学ぶことになった。雌の犬は年2回生理があるが、「空は生理(出血)がない」と焦って病院に相談にいき、猫は交尾の刺激で排卵するという猫の体の仕組みなどを教わったそうだ。

保護猫の「ヘルバ園」のはじまり

 空を飼い始めて間もない頃、エステのイベントに参加した時、たまたま受付に、札幌市の動物保護団体の人がいて、声をかけてみると、快く迎え入れてくれたという。

「その団体は札幌市動物管理センターからの子猫のレスキューをしていますが、団体に入ってすぐに99匹の多頭飼育崩壊がありました。各ボランティア団体が殺処分しないようにセンターに掛け合い、皆で救出をしました。私の家にも4匹来たのですが、糞尿まみれでした」

 猫たちの過酷な現実を知り亜妃さんの胸が痛んだ。猫を預かると喘息が出たが、病院に通って薬を飲んで活動を続けた。

 空を迎えた1年後、次の一歩に進む猫との出会いがあった。

威嚇する猫
保護当初のサムライ、この後ベタベタに君に変身(亜妃さん提供)

「迷い猫を探す手伝いをしたら、捕獲器にひどい猫風邪の別の子が入って、調べたらダブルキャリア(猫エイズと猫白血病)でした。その団体は、動物管理センターから引き出した乳飲み子だけ預かるというルールがあるので、そのキャリアの子をどうしてもうちで保護したくて、最初の団体を辞めました」

 その後、亜妃さんは「ニャン友ねっとわーく・北海道」という団体に入った。個人ボランティアの集まりで、自分で自由に保護ができて譲渡会にも参加ができるので、「自分に向いている」と思ったのだ。そうして、 エステの仕事をしながら保護活動を続け、猫の様子をブログにつづった。するといつしか読者から「ヘルバさん」と呼ばれ慕われるようになった。

「『ヘルバ』という店名のエステサロンのブログに保護猫のことを書いていたためか、店名で皆さんに呼ばれるようになって(笑)。その後、サロンは閉店したのですが、個人で保護活動する時の屋号をヘルバ園にしました。ギリシャ語でハーブという意味なんですけどね」

黒猫
新たな家族のもとで4歳になったサラ(亜妃さん提供)

ハンデがあっても迎えたい

 先のダブルキャリアの猫はサムライといい、2年間、亜妃さんの家で過ごした後、新たな家族が見つかった。「キャリアでもいい」と先方に言ってもらえたのだ。

「ハンデや病気があっても迎えたいと、温かな手を差し伸べて下さる方がこの世に多くいることを、活動を始めてから知りました。たとえば、110匹の崩壊現場から救出した黒猫の兄妹の1匹、サラは体が小さく弱くて入院ばかり。でもそのサラを気に入ったご家族がいて。『黒猫なら他にもいますよ』と言っても、『ぜひ』と……。サラは譲渡後1カ月の間に2回も入院して、4歳の今も2㎏くらいしかないんですけど、とても可愛がってもらっています」

 病気があればよく調べ、白血球の数値が低いサラの避妊手術の時には、亜妃さんはわざわざ(そうした猫をよく診る)権威の元に出向いたという。

 9年間で、保護と譲渡をした猫は300匹にのぼる。しかし、悩みも尽きないという。

「多頭崩壊が後を絶たず、9年で15か所くらい救出にいきました。北海道では、外に多数いるというケースもあります。冬は待ったなし。以前、約100匹の猫が漁師さんから餌をもらって浜辺の小屋に住んでいる地域があると聞き、春になって迎えにいくと、猫の数が半分になっていて……温かな場所がなくては猫が越冬できないことを思い知らされました」

 極寒の中で救えた命もある。昨年、マイナス20℃の札幌で、母猫2匹とそれぞれの子、計8匹を保護したそうだ。6匹はすでに譲渡し、今は2匹の譲渡先を募集している。

階段にいるキジトラ猫
氷点下のなか保護したつくね。目下、人なれ稽古中(亜妃さん提供)

「キツネやタヌキと闘ったのか傷だらけで、栄養失調で毛が赤茶けた猫たちを、苫小牧のビーチで保護したこともあります。そうした子たちがケアして見違えるように美猫になり、新たな家族と幸せになるとうれしいし、それがやりがいですね」

 しかし、縁がつながる一方で、募集をかけてもなかなか決まらない子もいる。人なれしないと難しいようだ。

 たとえば、1年半前、外で事故に遭って死んだ子猫をくわえて隠れていた猫ナオミは、ブログでも目を引くキジ猫だが、抱っこもなかなかできず、家族が見つからないそうだ。

「ナオミはファンが多く、フードの差し入れも届く人気者なのですが……なかなか体に触らしてもらえず、食いしん坊でおなかがすくと他の猫にも八つ当たり。避妊手術にいった時、獣医さんに「わがままボディ」といわれた後さらに迫力が増して(笑)。でもいつの日か、ぜひ』とおっしゃる方と良縁が結ばれるといいなと願っています」

キジトラ猫
わがままボディ、5歳になったナオミ(亜妃さん提供)

夢は保護のための一軒家

 亜妃さん宅には、最初に出会った空のほか、8匹の保護猫が「うちの子」として暮らし、時々、預かり猫と遊んだりしているという。亜妃さんにとってこの上なく可愛い存在だが、申し訳ない気持ちもあるのだとか。

「若い子からおばあちゃん猫まで、病院通いがかかせない子がほとんどですが、入れ替わり迎える保護猫の世話に時間がかかるので、空以外、保護しながらうちの子にした猫は控えめ、甘えるのも遠慮しがち。いつしか私の隣にいて『気づいて』と静かにアピールしてくる。よそのうちだったら、飼い猫としてもっと愛情をかけられるのに悪いなあと思って……」

 この春、亜妃さんのもとには、いつも以上に「子猫を見つけました」「保護してください」などの連絡が入ったそうだ。今はエステ以外の仕事をしながら、主にお給料を保護猫のフードや医療費などにあてているが、時々、ふと疑問に思うこともあるのだという。

「外の猫を気にかけて、『保護してほしい』と頼られるのはうれしい。でも『あなたたちは、好きでボランティアをやっているんだから身銭を切って面倒みて当然でしょ』と言われると、正直あれ?と戸惑う時も……。丸投げでなく、たとえばこちらの家のスペースが空くまで猫を預かってもらったり、野良猫たちに対して、もう少しだけ意識を向けてもらったり、協力が欲しいなと思う時もあります。私のエゴなのかもしれませんけど」

 家の猫と同じく、少し控えめな亜妃さんの夢は、猫のために家を建てること。

「今は借家で、保護部屋がひとつだけで、あとは難しい子をケージに入れたりしているのですが、いずれは、うちの猫と保護猫の部屋を分けたいですね。白血病ルームも作りたいです」

 この世からレスキューする猫がいなくなることが真の願いだというが、困っている子がいる限り「できる範囲で活動を続けたい」と、亜妃さんは意を決するように頷いた。

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藤村かおり
小説など創作活動を経て90年代からペットの取材を手がける。2011年~2017年「週刊朝日」記者。2017年から「sippo」ライター。猫歴約30年。今は19歳の黒猫イヌオと、5歳のキジ猫はっぴー(ふまたん)と暮らす。@megmilk8686

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この連載について
ペットと人のものがたり
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