出産から看取りまで ダックスの「大家族」に寄り添い続けた動物看護師の誓い
勤務する動物病院で出産をサポートし、産まれた子犬を愛犬として迎えた動物看護師の山中陽子さん。その日から、母犬ときょうだい犬、その飼い主による「家族ぐるみ」での交流が始まりました。
まっすぐにやって来た運命の子犬
メスのミニチュア・ダックスフンドの「カリン」を連れて、中馬動物病院(神奈川県横浜市)を訪れた女性はこう告げた。
「カリンに子供を産ませたい」
獣医師が交配時期を確認し、出産に向けてあれこれ指導する。
しばらくして、また来院した。検査をすると、小型犬にしては多い5匹の赤ちゃんが映っていて、診察に同席していた山中さんは驚いた。
自宅で、5匹全員を無事出産したと聞いた時はうれしかった。そしてついに、まだ目も開かぬ子犬たちと、母犬、合計6匹の大所帯となった「カリン・ファミリー」は、全員そろって動物病院にやって来た。
その後も健康チェックに来るたび、山中さんはソワソワと落ち着かない。
「誰か子犬を飼ってくれる人はいないかな?」。女性は院長に相談した。それを受けて院長が山中さんに、「どうなの?」と勧めてくる。
だが、山中さんは気が乗らない。3年前に愛犬を亡くし、また飼うことに不安があった。
「顔見知りの動物看護師さんにもらわれるのなら安心」と女性は言う。「家に見せてもらいに行ってくれば?」と、プッシュする院長。
「見に行くだけなら……」と、軽い気持ちで女性の自宅にお邪魔したが最後。ふれあううち、「子犬のかわいさにやられてしまいました」と山中さんは笑う。
「前の子も、成犬になってから迎えたため、これまで子犬を育てたことがありませんでした。子犬の時から飼えば、体験を踏まえて飼い主さんに飼い方のアドバイスができるかなと思ったんです」
山中さんは覚えていないのだが、女性が言うには、目が合った瞬間、1匹の子犬が山中さんのもとにやって来た。運命の子は「セリカ」と名づけられ、山中さんのパートナーになった。別のもう1匹ももらわれていき、残る3匹は女性の手元に残された。
女性は、犬がとりもった縁をとても大切にした。毎年欠かさず、譲渡した子供たちと、山中さんたち飼い主を自宅に招いて、子供たちの誕生日会と、クリスマス忘年会を開催する。
「セリカたちも『実家に帰った感』があるのか、わが家にいるみたいに自由にふるまっていました。まさかこんな楽しいことが待っているなんて」
夢のような「家族ぐるみ」の交流は、ずっとつづいた。
悪性黒色腫と診断され世界が一変
ファミリーと再会するのは、年2回のイベントだけではなかった。カリンに加え、子供たちも全員が、中馬動物病院のかかりつけの患者となったからだ。ワクチン接種や、体調を崩したといってはやって来る。
やがてカリンが闘病の末、亡くなった。それを機に山中さんは、こう考えるようになった。
「全員を看取(みと)りたいな」
子供たちは、子犬の時からつきあいのある山中さんになついている。そのため飼い主2人に、「病院に行っても、山中さんがいるから安心」と言ってもらえるのはうれしかった。だから動物看護師として、セリカはもちろん他の子も、最期の時もちゃんと看護してあげたいと思ったのだ。
「当時は、仕事を長くつづけるとは予想していませんでした。でも、『看取るまでは、絶対辞めないぞ』と決意しました」
仕事をつづける原動力をくれたのもカリン・ファミリーだった。
セリカは13歳になり、口の中に悪性黒色腫(メラノーマ)が発生した。早期に発見できたのはよかったが、悪性度の高い病気であり、獣医師には余命数カ月とも言われた。
山中さんは治療に貪欲(どんよく)だった。院長と相談しながら、抗がん剤治療に加え、大学病院に通っての放射線治療や、他の動物病院で行っている温熱療法も受けさせた。
「最終的には胃ろうもしました。ちょっとセリカにはかわいそうだったけれど、一日でも長く一緒にいたかったので、もう、できることは全部やろうって」
悪性黒色腫と診断が出た時、目の前が真っ白になり、この日から世界が一変したのを今でも忘れることはできない。「何でうちの子が」と苦しくなった。
「でも、今思えば色々勉強させてもらいました。ガンを告知された飼い主さんの気持ちや、抗がん剤治療の大変さなどもとてもよくわかり、その結果、飼い主さんへの接し方も変わったと思います」
飼い主から闘病へのエールをもらう
抗がん剤を投与したあと、起こりうる副作用や、自宅での対応の仕方について、こちらから積極的に声をかけ、説明するようになった。さらに、「うちの子も抗がん剤治療をしていて、そういう症状が出るのは普通なんですよ」と言い添え、安心してケアに取り組んでもらう。
すると、飼い主が心を開いてくれて、相談を受けることも増えていった。そんな時は、セリカのために、寝る間も惜しんで調べた知識が大いに役立った。
例えば、副作用で食欲がなくなったという悩みに対して。
「フードを温めて香りを増す方法や、抗がん剤治療で嗅覚(きゅうかく)が敏感になるケースもあるため、反対にフードを冷やして匂いを抑えると、食べてくれることもあるとアドバイスしました」
「薬を飲んでくれない」という人には、セリカで成功した、薬をオブラートで包んで匂いを密封しておいてから、食べ物に埋め込む方法を勧める。すると、「だまされてくれました」と、多くの人に喜ばれた。
「私の愛犬がガンと知った人が応援してくれて、逆に私が元気をもらうこともありました」
愛犬の闘病をきっかけに、思いきって飼い主の悩みに入っていった山中さん。そこで育まれたのは、飼い主とのあたたかい絆だった。
2年間の闘病をへて、セリカは空へと帰った。するとカリンの飼い主から花束が届いた。添えられたメッセージには、「セリカ、いっぱい頑張ったね」とねぎらう言葉。そして、「15年間、ありがとう」と、山中さんへの感謝がつづられていた。
「動物看護師さんなら安心」と託された、大切な1匹の子犬。期待に応えるかのように、一人の飼い主として、かつ、動物のプロフェッショナルとして、セリカを幸せにしてくれた山中さんへの感謝がこめられていたに違いない。
さらに2年後、存命だった最後のきょうだい犬が17歳で天寿をまっとうした。かつて心に誓ったとおり、ファミリー犬全員を看取ったことになる。
出産に始まり最期の時まで、みんなの人生にかかわれたこと。カリン・ファミリーがくれた貴重な体験は、動物と人を支える動物看護師の仕事の、様々な場面で生かされていると、山中さんは感じている。
(次回は6月14日に公開予定です)
sippoのおすすめ企画
「sippoストーリー」は、みなさまの投稿でつくるコーナーです。飼い主さんだけが知っている、ペットとのとっておきのストーリーを、かわいい写真とともにご紹介します!
LINE公式アカウントとメルマガでお届けします。