脱走から1週間「お帰り、黒猫ショコラ」 いてくれる幸せと人の優しさを感じるお正月

 迎えたばかりの黒猫ショコラが、ちょっとした不注意から脱走した。一家を挙げての必死の捜索に、保護譲渡した団体のメンバーやご近所さん、近くに住むおばあちゃんまで加わって、1週間。ショコラは庭に戻ってきた。すっかり元気をなくしていた相棒猫のしずくをはじめ、家族は大喜び。「毎日そこにいてくれる」しあわせをかみしめてお正月を迎えた。

(末尾に写真特集があります)

多頭飼育崩壊現場の子たち

 ショコラ(3歳・雌)は、黒ビロードのような毛並みと利発そうな瞳を持つ、3歳の雌猫である。同時期に迎えられた茶トラのしずく(2歳・雌)と共に、けんたろう・あやの夫妻、12歳のそうのちゃん、9歳のおうたくんに愛されて暮らしている。ショコラは去年11月に、出かけたものの帰り方がわからなかった、1週間のひとりぼっち旅から帰ってきたばかりだ。

賢そうな顔だちのショコラ

 けんたろうさん夫妻が、初めての猫を迎えようと思ったのは、そうのちゃんがずっと「猫が飼いたい」と言い続けていたからだ。

「生き物はそんなに簡単には飼えないよ」とあやのさんは言ったが、そうのちゃんの猫への思いは変わらない。去年6月、千葉県で行政や福祉、警察とも連携して保護譲渡活動を続けているgoens主催の譲渡会に、あやのさんとそうのちゃんは出かけた。パパとおうたくんは少年野球のため同行できなかったので、何匹かの猫の写真を撮って家に持ち帰り、家族会議を開く。

 そうのちゃんが「この子!」と言ったのはショコラ。多頭飼育崩壊現場からの保護猫である。おうたくんが「この子!」と言ったのはしずく。2匹とも、それぞれ別の多頭飼育崩壊現場から救出された子だった。

 会社の猫飼いに「1匹より2匹が飼いやすいよ」と言われたけんたろうさんは、「2匹飼っちゃえば」と言い出す。あやのさんには踏ん切りがつかず、goens代表の今井さんに相談すると、「2匹がいいと思います」というアドバイスが返ってきた。

 そうして、7月に一日違いでやってきたショコラとしずくだった。2匹はほどなく姉妹のように仲よくなった。

別々の多頭飼育崩壊現場出身の2匹(あやのさん提供)

ふとした不注意から脱走

「猫がいるって、こんなにしあわせとは思ってみなかった。子どもたちも暇さえあれば可愛がって、ほんとうに迎えてよかった」と、あやのさんが言えば、けんたろうさんもうなずく。

 そうのちゃんにとっても、おうたくんにとっても、同じ思いだった。手をなめてくれるとき、安心しきって寝ているとき、あくびしているとき、どんなときも可愛くてたまらなかった。

 ショコラのほうが大胆でマイペース、しずくのほうは温厚でおとなしい。性格の違いもまたおもしろい。共通点は「甘えん坊」である。

 譲渡されて4カ月。脱走防止の格子戸を締め切っていなかったという、ふとした不注意から、登校時、ドアを開けた隙にショコラが脱走してしまった。ショコラは、ドアの外をのぞいてみたかっただけかもしれない。気づいたあやのさんが「ああー!ショコラ!」と大声を出してしまったため、驚いて駆けていってしまった。

 車の下に潜ったので、おやつで誘い出すも、早まって追い詰めて捕まえようとして、びっくりされてまた逃げられる。とにかく車道に出ないようにすることで、あやのさんは頭がいっぱいだった。

 近くに住むおばあちゃんを応援に呼ぶも、ショコラは道路を渡ってしまった。

絶対に見つけだす!

 goens代表の今井さんが知らせを受けて、飛んできた。「呼ぶ声は聞こえているはずなので、呼び続けてください」と言い、「絶対に見つけます!」と断言した。

 今井さんには、保護した猫は最後までその幸せを見届けるという、自分との誓いがある。ショコラはとくにその思いが強かった。

 ショコラを保護した場所は、未手術の外飼い猫があふれていた、地域まるごと多頭飼育崩壊の現場だった。去年春に、町の保健所、市の環境課、goensが設定して、住民たち参加の下、「猫たちをどうするか」の青空会議が開かれた。

青空会議に、ただ1匹出席したショコラ(goens提供)

 会議中、みんなの足元を行ったり来たりしていた人懐こい黒猫がショコラだ。そこで暮らすたくさんの猫たちの代表と今井さんは見たて、「必ず、みんながしあわせになる道を探すよ」と、約束した相手だった。

 そのショコラを再び路頭に迷わすわけにいくものか。

 goensは、すぐさまポスターとチラシを用意して、各戸に目撃したら知らせてほしいと頼んで回った。それでも、1週間近く目撃情報はほとんどなかった。「うちに捕獲器置いていいよ」と言ってくれる家もあった。「いま、うちの庭にいる」という知らせをもらい、駆けつけて物置の下にいるところを発見。「ショコラ」と呼ぶと、せつなく高い声で鳴く。あげた餌を口にするも、そのあと逃げてしまった。

「とりあえず、生きていてくれていることが救いでした」と、あやのさん。goensのメンバーは交代で毎日23人が捜索してくれた。今井さんも、夜中を含め日に2度は来てくれた。あやのさんは、自分を責め、夜も寝られず、やつれきってしまう。

 しずくは、相棒を失い、すっかり元気をなくしてしまっていた。

 自分で戻ってきたショコラ

 失踪して1週間たった寒い夜。あやのさんが見回りに外に出たら、ショコラが庭のデッキの上にいるではないか!

「名前を呼び続けて」と今井さんに言われた通りにしたことと、おばあちゃんがショコラの好きな煮干しを庭にまいておいたのが、功を奏したようだ。「ショコラ、ショコラ」と呼びかけると、あまり鳴かない猫だったのに、かすれた高い声で、哀切に鳴き続ける。その声があやのさんには「さびしいよう、さびしいよう」と聞こえ、ふびんでたまらなかった。庭に面した窓を全開にして、おやつで誘い、食べるところをそのまま抱きあげた。

「家に入れるなり、窓をバーンと閉めて、おばあちゃんと抱き合って泣きました」

 そのとき運転中だったけんたろうさんは、ひっきりなしのラインの音に「戻ったのかな」と心躍ったそうだ。

帰宅後、さらに甘えん坊になったショコラ

 帰ってきたショコラは、しっぽをぴんと立ててハイになって歩き回り、その後をうれしそうにしずくがついて回った。おうたくんは、「よくひとりでがんばったね」と、チューをしてやった。そうのさんも「えらいね、帰ってきてくれてうれしいよ」とほめてやった。

ずっとずっと一緒だよ!

 不在の分を補うように、ショコラは2日間甘えまくった。

 夫妻は口をそろえる。

「『絶対に見つかる』と私たちを励まし、手を尽くしてくださったgoensの皆さんには感謝してもしきれません。脱走はほんとうにつらい経験でしたが、それを機に私たちの家族と2匹、そして、猫同士の絆も深まりました。共稼ぎでご近所さんとそこまでのお付き合いはなかったのですが、いろいろな人のやさしさにも触れることができました」

全員そろって、楽しい冬休みを迎えられた

 いないことのつらさ切なさ。ただ毎日いてくれることの楽しさうれしさ。

 両方を知ったそうのちゃんとおうたくんもまた、「ずっとずっと一緒だよ」と、かけがえのない2匹への愛を深めたに違いない。

 ハッピー ニュー イヤー!

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佐竹 茉莉子
人物ドキュメントを得意とするフリーランスのライター。幼児期から猫はいつもそばに。2007年より、町々で出会った猫を、寄り添う人々や町の情景と共に自己流で撮り始める。著書に「猫との約束」「里山の子、さっちゃん」など。Webサイト「フェリシモ猫部」にて「道ばた猫日記」を、辰巳出版Webマガジン「コレカラ」にて「保護犬たちの物語」を連載中。

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この連載について
猫のいる風景
猫の物語を描き続ける佐竹茉莉子さんの書き下ろし連載です。各地で出会った猫と、寄り添って生きる人々の情景をつづります。
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