道で瀕死の黒猫をみつけた「助けなきゃ」 猫好きの仲間に相談、すると道が開けた

黒猫
現在のムラ子さん。両後ろ脚もすっかりよくなり、肉球もこのとおり!

 もしも突然、瀕死(ひんし)の野良猫に出会ってしまったら。始まったのは「究極の選択」の繰り返しでした。いくつもの迷いと決断と人の縁のおかげで、猫は安心して暮らせる家を手に入れたのです。

(末尾に写真特集があります)

触っても動かない野良猫

 片桐さんは大の犬好き。以前はコーギーのフィル君を飼っていましたが、フィル君を見送った悲しみからまだ立ち直れずにいました。それでもいつかまた犬を飼いたい。そんな思いで、ペット可のマンションに引っ越して3年が過ぎたころのこと。

 片桐さんが黒猫のムラ子と出会ったのは、コロナ禍が本格化した昨夏の夕方。リモートワークを終え、地元・東京都東村山市で、その日は出勤していた夫と待ち合わせようと、路地を歩いていた時のことでした。

「何か黒い、毛のかたまりがいたんです。猫だとわかって、写真を撮ろうと近づいても、びくともしない。触っても動かないんです」

道でうずくまる黒猫
出会ったときの写真。ぐったりして動かず、誰が見ても助けが必要な状態でした

「野良猫がこんなに簡単に触れるのって、まずいんじゃないの?」と、心配になった片桐さん。猫はつらそうに息をするばかり。水を与えても飲もうともしません。よく見ると、お尻のあたりがぐっしょりぬれて、何か白いものが付着しています。

「とりあえず飲み仲間で猫をたくさん飼ってるヨーコ姉にLINEしたんです」

 ヨーコ姉と呼ばれたのは濱村陽子さん。過去一番多いときで猫を13匹飼っていたことのある大ベテランです。

「動揺しているのか、黒いブレブレの写真が送られてきて(笑)。これって大丈夫かな?ってあったから、『大丈夫じゃないよね。きっと』って返しました」(濱村さん)

 そこで濱村さんから連絡を受けたもうひとりの猫好き仲間・ユミンゴさんが車で到着。野良猫の保護を手伝ってくれました。犬好きだけど、猫には触ったこともなかった片桐さんは、どう扱っていいかわからず、すべてお任せしちゃったのだとか。

「イヤなんじゃないんです。具合悪そうだし、抱き方もわからなくて……とにかくパニックでした」

 時刻はすっかり夜。動物病院はどこも閉まっています。調べた結果、埼玉県所沢市に小動物医療センターがあるのを発見。普段は紹介状がないと受診できませんが、夜間は救急対応していることがわかり、そこに搬送することにしました。

この猫にいくらまで掛けられますか?

 救急センターで、とりあえずの応急処置を施し、一晩預けることになりました。猫はメスで、ひどい貧血。おそらく子宮蓄膿(ちくのう)症とだけわかりましたが、

「この猫に、いくらまでなら掛けられますか?って聞かれたんです。とっさに『じゅ、10万まで!』って返事したんですが、そこで初めて気が付いたんですよ。『お金かかるよね、そりゃ』って」

 ここまで、純然と良心だけで動いた片桐さんでしたが、その時初めて「この先どうしよう」という迷いが頭に浮かんだと言います。

 その次に言われたのが、「名前をどうしますか?」。

 同行してくれたユミンゴさんは「黒猫だしメスだし、ノワールとか、どう?」と提案してくれたそうですが、

「黒猫だからノワールって安易じゃない? 東村山で見つけた子だから、『ムラ子』にするわ」

「東村山だからムラ子、が安易じゃないとでも?」

 しかしこのわかりやすさが、のちにムラ子を助けることになりました。

繰り返される葛藤と悩み

 救急センターは朝5時で終了なので早朝からお迎えに。が、問題はその先です。地元にNPOがあるのをみつけ、あとはNPOに託そう、と考えたと言います。

「今思えば安易な考えでしたよね」

 あいにくなことにNPOのシェルターは手いっぱい。これ以上の受け入れは無理、という結論に。そこでどうしたらいいか相談したところ、そのNPOがお世話になっている動物病院を紹介してもらい、急きょそちらへ搬送。

 詳しい検査の結果、重度の貧血と子宮蓄膿症、さらに腹膜炎も併発していました。一朝一夕に解決する状態ではありません。そのまま入院させることになったのです。

病院にいる黒猫
病院にて。ぐったりとしたムラ子さん。その瞳からは、命の火が消えかかっていました

「安易に手を出したばっかりに、この子は苦しんでいるんじゃないのか。助けたいと思うのは人間のエゴなんじゃないか。お金だってこの先いくらかかるかわからない。お金のことと、動物の命と、人の善意と……頭の中がぐるぐるしました」

 ムラ子は内臓の状態が悪く、体力の回復を待つ猶予はありませんでした。その分、手術のリスクも高く、成功の可能性は五分五分以下。それでも踏み切らざるを得ず、入院後数日で手術が決定します。

「手術前に会いに行ったんです。自力で食べることもできないから食道にチューブを入れることになって。体をなでながら『がんばれ!』って声をかけました。それでハッとしました。がんばれってことは、私はこの子に生きて欲しいんだよな、と」

 願いかなって、手術は無事成功。連絡を受けたときの気持ちを、片桐さんは『むちゃくちゃうれしかった』といいます。それでもふたたび、不安と葛藤が押し寄せてきました。

「ぐったりして、のどにチューブを入れられているのを見たら、これも私のせいなんじゃないかと思えてきて。私のせいで寿命を縮めたのかも。野良猫のまま天寿をまっとうしたほうが、幸せだったんじゃないかとか、ものすごく考えました」

 その後、ムラ子は一進一退を繰り返しました。片桐さんは2日に一度は面会に行き、初めて自力で食事をしたときは動画を撮影して、ヨーコ姉たちに送ったほど。

手術後の黒猫
自力でご飯を食べた! 手術後、ようやく口から食事が取れるようになった瞬間です

 やがて3週間ほど入院したのち安定を取り戻し、退院の日がやってきました。術後の経過は良好でしたが、後ろ脚の皮膚の潰瘍(かいよう)がひどくて、どこが肉球だかわからないほどのぐじゅぐじゅ状態に。

「皮膚が再生するまで包帯を毎日替えて、消毒してください、っていうんです!」

飼うつもりはなかったはずが

「いや、まてまてまて。猫を触るのさえ怖いのに、私にできるのか?」

 激しく悩んだものの、退院前日には猫用ケージやトイレを買いそろえました。

「ええ。飼うつもりはないって言いながら。ウキウキしてたのは認めます(笑)」

 それからはバタバタの日々が続きました。猫の爪が伸びたら剝がれ落ちることも知らなかったため「ぎゃー!!!ムラ子の爪がとれた!」と大騒ぎ。包帯ひとつ取り換えるだけで、こわごわ、恐る恐るの汗だくです。近所の動物病院にお願いして消毒や取り換え方を教えてもらいました。

 ヨーコ姉もときおり訪れては、手当てを手伝ってくれました。看病のテンションを上げようと、あえてカラフルな包帯を使うようにもしたといいます。

包帯をした黒猫
あえてカラフルな包帯を使って、日々の治療を「盛り上げました」!

 その一方で、募金活動も始まりました。片桐さんが募金箱を作り、なじみの居酒屋に置いてもらえるように依頼。飲み仲間はもちろん、たくさんのお客さんがムラ子に心を寄せてくれました。

「自分のエゴで猫を助け、そのあげく人に頼るのは無責任なんじゃないか。そんな思いがずっとありました。でも、ヨーコ姉からいろんなアドバイスをもらって、『ムラ子に必要なことなら何でもしよう』と考えたんです。『東村山のムラ子』なんだから、みんなに頼ろう!と」

 東村山のムラ子。そのわかりやすさも、功を奏したかもしれません。

 その後、「動物病院からはびっくりするぐらい『安い』請求書が届きました。先生が野良猫割引、を適用してくれたんです。集まったカンパは、SNSで収支を報告。そのほかにもヨーコ姉たちが個人的に援助もしてくれて、もちろん私も出して。動物病院には支払いのほかに、お気持ちでお礼のお菓子と一緒に若干プラスして支払い。あとのお金は紹介してくださったNPOへの寄付にしました」

ムラ子ちゃん救出の収支は次のとおり。

〈支出〉
所沢の救急医療、一泊入院と処置費で 7万449円
紹介された動物病院(3週間の入院、手術、各種処置費)4万8100円
動物病院への寄付 1万円
NPOへの寄付 1万8949
支出合計=147498

〈収入〉
カンパ総合計 4万7498
ヨーコ姉とユミンゴから2万5000円ずつ=5万円
片桐家から 5万円
収入合計=147498
※これは救出から退院までの費用。退院から完治までの通院治療費(通院17回、費用は9万7132円)はすべて片桐家で全額負担しています。

猫ベッドと黒猫
猫用ベッドを買ってもらったムラ子さん。片桐さん夫妻の溺愛(できあい)ぶりがうかがえます

 やがてムラ子の脚もすっかり良くなり、包帯がとれるころには「ムラ子のいない暮らしなんて考えられない!」と思うようになった片桐さん。

 今は、もしムラ子がつらい思いをするようなら、待望の犬を飼うのも見送ろうかとさえ、考えているそうです。

「最初は人に頼ることに抵抗もあったけど、それでムラ子以外の野良猫たちにも、ポジティブなことができるなら、むしろそっちのほうが大事。もしまた困ったことがあったら、みんなに相談しよう。そう思えるようになったことも、ムラ子と暮らす決意をしたきっかけでした」

 ヨーコ姉こと濱村さんは、

「私でも同じことをしたと思います。まず助けなきゃ!っていうのは無条件の反応だとして、助かった命については、いざとなったら私が預かるつもりでした。いま6匹いるので、今さら1匹増えたところでどうということもないな、と。その心理的ハードルは、他の人よりも低いと思います。

 犬や猫の本はたくさんあるけれど、死にそうな動物を保護した時、どうしたらいいかなんてどこにも書いてない。でも、あきらめなければ道はあるんだ、っていうことを、sippoの記事やSNSで知ってほしいなと思います」といいます。

黒猫
どんどん足が良くなっていったころ。もう、傷ついた野良猫時代の面影はありません!

 当事者の片桐さんは、

「ものすごい経験をさせてもらったと思っています。今はすっかり元気になって、私たちにも心を開いてくれています。誰かに相談することで開ける道はある、っていうことを学びました」

 あきらめずにがんばった人が輪になって救った、ひとつの命。ムラ子ちゃんは、今日も元気に片桐さん夫妻の愛猫として暮らしています。

【関連記事】薬品をかけられ虐待?脇腹にやけどを負った猫「マイケル」 保護され治療を続ける日々

浅野裕見子
フリーライター・編集者。大手情報出版社から専門雑誌副編集長などを経て、フリーランスに。インタビュー記事やノンフィクションを得意とする。子供のころからの大の猫好き。現在は保護猫ばかり6匹とヒト科の夫と暮らしている。AERAや週刊朝日、NyAERAなどに執筆中。

sippoのおすすめ企画

sippoの投稿企画リニューアル! あなたとペットのストーリー教えてください

「sippoストーリー」は、みなさまの投稿でつくるコーナーです。飼い主さんだけが知っている、ペットとのとっておきのストーリーを、かわいい写真とともにご紹介します!

Follow Us!
編集部のイチオシ記事を、毎週金曜日に
LINE公式アカウントとメルマガでお届けします。


動物病院検索

全国に約9300ある動物病院の基礎データに加え、sippoの独自調査で回答があった約1400病院の診療実績、料金など詳細なデータを無料で検索・閲覧できます。