念願の猫との暮らしを始めた家族 ポーランド人の母親が出会った「懐かしい」黒猫
結婚して日本で暮らすポーランド人の女性が、小学生の娘のために夫と譲渡会に出向き、1匹の保護猫を選んで迎えた。猫は娘と寄り添って寝たり一緒に遊んだり、日ごとに絆を深めている。家の中ではポーランド語と日本語のふたつの言語が使用されているが、猫はどちらも理解しているようだ。楽しい生活の様子と、「猫への思い」を聞いてみた。
隠れる達人
神奈川県の一軒家を訪ねると、母親のAさんと小学生の娘のNちゃんが「こんにちは」と明るく居間で迎えてくれた。猫の姿は、どこにもない。
「リリは、隠れる達人なんです(笑)。3階にいるので、連れてきましょう」
Aさんが抱いて降りきたリリは、現在1歳4カ月。毛がモフモフとした黒猫で目はきれいな金色。こちらを見て、さーっとソファの下に潜った。
「大人のお客さんは少し苦手かもしれません。保護時の思い出があり、どこかに連れていかれると思うのかもしれませんね」
Aさんはポーランド出身。4歳上の日本人の夫と15年前に結婚し、日本で暮らすようになった。日本への留学経験もあり、日本語を流暢(りゅうちょう)に話す。
猫を迎えたいけど、どうやって出会う?
リリが家に来たのは昨年9月21日。もうすぐ1周年だという。
「私も主人も猫と暮らした経験があり、“子どものいる家に動物がいるといい”と思っていました。娘も幼稚園の頃から猫に興味があり、やっと夢がかなった感じです」
もともとマンション住まいだったが、娘が成長するにつれ手狭になり、今の家に引っ越した。ケージを置くスペースや“隠れ場所”を確保できたので、いよいよ飼うことにしたのだ。
問題は、どこから猫を迎えるか。Aさんが母国で飼った時は、庭に来た野良猫を慣れさせて家に入れた。日本で飼う場合も、ペットショップは選択肢から外していた。
「ペットショップでは、幼少時に母猫から離されてボックスに展示されています。その子たちをお金で買うのが腑(ふ)に落ちなくて……一方で、野良猫がいます。そして、野良になっているのはそもそも人間の都合です。だから、ペットショップでなく保護された猫を引き取った方がいいと思ったわけです」
しかしAさんは当初、猫との「出会い方」がわからなかった。
「ネットでシェルターという言葉を検索しても出てこなくて、しばらく探してやっと、『譲渡』『保護猫』という言葉にいきつきました。直接、施設を訪ねるのでなく、団体などが集まって行う譲渡会があることもわかりました」
猫は性格がいろいろ。野良だと人見知りの面もあるし、実際に会わないとわからない。そこで、去年の8月、都内で催された“ゆめネコ譲渡会”に夫と共に出向いたという。
少女時代に触れ合った黒猫にひかれた
娘のための猫を、夫婦だけで見に行ったのにはわけがあった。
「子どもは見た目だけで選ぶことがあるし、とくに娘は猫が初めて。それなら、前に飼っていた猫のベテラン(笑)の夫婦で選ぶ方がいいと思ったんです。家族に合う猫がいなかった場合にその場を離れるのも娘にはつらいと思ったし……」
会場で真っ先に気になったのが、黒猫と白黒猫の姉妹だった。その時は“すあま”と“シュガー”という仮の名がついていた。
「どうぞ」とボランティアに促されてケージにそっと手をいれると、シュガーはすぐ頭を逆向きにして慌てるそぶりを見せた。一方、黒猫すあまは耳を少したらして警戒したが、Aさんの手の匂いを嗅ぎ、その後なめたという。
「ぺろっとなめた時に、この子は人間に対してポジティブな気持ちがあると思いました。野良猫にポジティブな思いがあれば、家に早くなじむ見込みが高い。それに、黒猫には懐かしい気持ちもあったんです。私は少女時代にホービットと名付けた黒猫と触れ合っていて、再び黒猫と出会いがあればと心のどこかで思っていました。見た目で選ぶなと言ったことと、矛盾しますけど(笑)」
Aさんは、2匹同時に飼うことも視野にいれた。だが、娘は猫が初めてだし、トイレや人なれの練習から始めるとなると「2匹はハードルが高いのでは」と夫にいわれた。留守時も2匹だと大変だと思った。
「私の故郷のポーランドに帰る時、遠いので一度行けば10日は滞在します。そのことを考えても、やはり、最初は1匹だけというのが現実的でした」
こうして、すあまこと、リリを、“両親から娘への贈り物”として家に迎えた。
サプライズ、そして家に慣れていく
リリがボランティアに連れられて家に来た時、娘のNちゃんは、うれしいサプライズに「泣いてしまった」そうだ。その時を、こう振り返る。
「自分の部屋でYouTubeを見ていたら、ママに呼ばれたので居間に降りて、お客様にあいさつをしました。町内会の人かと思ったら違い、キャリーバッグが置いてあって」
バッグの中にいたのは……なんとずっと欲しかった猫。
「うれしかった!名前は、『動物と話せる少女リリアーネ』という本の主人公からもらい、生後6カ月ということだったので、誕生日は逆算して4月1日に決めました」
リリのケージは初日、比較的出入りの少ないランドリールームに置き、ケージ内にハンモックを壁向きにつるした。家族がのぞくと「シャー」と威嚇をしたが、ごはんを食べ、排泄(はいせつ)もした。Aさんは経験から「これはいける」と安心した。
翌日にはランドリールーム内に出し、3日目の夜にはそのドアも開けた。リリをフリーにした後、Aさんは夫と2階のリビングの電気を消し、並んで映画を見はじめた。すると20分後に階段の下から丸い頭がぽこっと見えたという。
「リリは忍び足で2階を探検しましたが、映画を見ている私たちを見て“暗い中で人間ふたりがフリーズしてる”と不思議に思ったことでしょう」
猫が家族を観察する中、Aさんも猫を観察していたが、Aさんも気づかないことがあったという。
「夜中になると、リリは3階の寝室までやってきました。片目を開けてみると、ミアキャットのように後ろ脚で立って『何をしてるの?』というような感じで、こちらをのぞいていました。私たちが生きてるかどうか確認したみたい。そんなふうに夜中に人間を見にきて、寝る時はまた1階に降りてケージで寝ている……と思っていたんです。でもじつは、私たちの寝室に敷いたラグに寝ていました。ラグの色がネイビーで、黒いリリに気づかなかった!猫も仲間と一緒だと安心するんだなと思いました」
リリが両親の寝室で寝ると知り、娘のNちゃんは「じゃあ、リリが眠れるペットベッドを買おう」とアイデアを出して、おこづかいで買ったそうだ。リリはすぐに気に入り、そこで寝るようになった。
リリが娘を見守っている!
Nちゃんは、ママにやり方を教わり、食事や、トイレの掃除を手伝った。お世話は大変だが、「飼っていない時より生活が楽しくなった」という。
そんなNちゃんにリリが心を許すのは早かったようだ。Nちゃんが教えてくれた。
「学校のお友だち3人が家に遊びに来たことがあって、リリは最初はパパとママの部屋のベッドの下に隠れていたけど、しばらくしたら私の部屋に来たの。私の友だちも子どもだから安心したのかな。一番仲のいい習い事のお友だちが来た時にはすぐ出てきて、少しおしゃべりをした後にじゃれて遊びました」
リリはいつでもNちゃんに抱っこされるし、寝る時も一緒だという。
「夜中におなかが痛くなった時、リリはずっと一緒にいてくれたの。痛みがおさまって、寝られるようになったとママに言ったら、それを見たリリもほっとしたような顔をしていました」
どちらかといえば、リリの方が「姉の立場のような立場かもしれない」とAさんはいう。娘さんの前では「行動が犬のようだ」とも。
「夜、娘はリビングにいる私たちにおやすみなさいと言った後、3階の自分の部屋へ行くのですが、その時、私たちとソファで休んでいるリリがダッシュして娘と階段を上がります。そして娘が完全に寝るまで、部屋で見守るんです」
Aさんの夫が寝室に上がり、娘の部屋をのぞくと、リリはだいたい頭をNちゃんの足や腕に乗せて寝ているという。
リリちゃんが「見守り」をしている場面は、ほかにもある。Nちゃんの登校時と下校時に、窓から“送迎”するそうだ。
「今年の3月まで家の前で集合して登校していたんですが、一緒に見送りをしている近所の方が、『朝8時になると3階の窓に必ず猫がいる』と教えてくれました。休みの土曜も8時になると外を見ている(笑)。そして午後3時半くらいになると、リリは一生懸命、窓の外を『まだかな、まだかな』とみているんです。娘の帰る時間が少し遅れると、不安な様子で2階から3階にいったりきたり」
Nちゃんが学校から帰ってきて、「ただいま」と家の外から言うと、リリは階段のところにある網戸に顔をぴたっとくっつけて表を見るそうだ。Nちゃんを好きでしかたないのだろう。
Aさんは現在、在宅ワークをしているが、夫はほぼ出勤。リリと触れ合う時間が少ないため、夫が抱くと少し緊張するようだが、「思い描いた理想」をかなえたようだ。
「夫は、猫を迎える前に、(人に)爪をかけない、夜中に大声で鳴かない、それなりの賢さがあって可愛さもあるといいねと希望を並べてましたが、リリはすべてクリアしました。時々、ソファを移動しながら夫を踏みつけることもありますが(笑)。家に慣れるのが早かったかなと思うけれど、我が家では決めたルールがあったんです」
そのルールの内容は、「すべての部屋に猫の隠れ家を作り、そこに猫が入ったら人は手を出さない、それ以上追わない、のぞかない」ということ。これを徹底することで、「その場所にいけば安心だ」とリリは1週間で悟り、まだ少し人間がこわい時でも、自由に部屋を歩くようになったという。
ポーランド語がわかる猫
Aさんは、家族や友人と話す時は日本語だが、リリに話しかける時に、ポーランド語で話すという。
「昨年リリを迎えた時、自分とふたりだけで過ごす時間がけっこうあって、ごはんをあげるのでおいで、とか、それはだめ、とか、可愛い、とか。ふだん猫に話す言葉をポーランド語にしていました」
可愛いは「シリチュナ」。ごはんは「イエゼニエ」。探すは「シュカイ」。そうした単語を、ひとつひとつ、リリは覚えたという。
「たとえば、おやつを使って宝探しゲームをするんです。テレビ台の周りなどにおやつを隠して『シュカイ』というと、リリはおいしいものがどこかにあるかわるようになりました。ポーランド語のコマンドに反応する猫としては日本一だと思います(笑)」
Nちゃんもポーランド語の語学学校にいって言葉を習っているが、「リリが来てから、娘が前よりポーランド語を話すようになった」とAさんが驚く。
「娘がひとりで部屋にいるときに声が聞こえてきて……おかしいなと思って耳を澄ましたら、リリに『そこはだめよ』『降りて』とか、ポーランド語で話していたんです。不思議な効果です」
リリには癒やしの効果もあり、近隣の人の心もほぐしているようだ。近所の人が、ゴミ捨てやお花に水をやる際に窓辺のリリを見て「猫を飼い始めたのね」と笑顔で話してくれたり、ある時は、Nちゃんの同級生の男子が窓をじっと見上げていたことも。
「家にきた目的が娘ではなく……猫だったようです(笑)」
愛らしく賢いリリちゃんのおかげで、家族の“猫愛”もますます上がった様子。このまま1匹飼いですか?と聞くと、AさんもNちゃんも、きらっと目を輝かせた。
「リリは避妊をしていますが、春のシーズンになったら保護猫の子を迎え、子育ての体験をリリにさせてみたい気もします。この前、子猫が鳴いている動画を見ていたら、リリが3階から走り降りてきて『どこー?』と反応していました。夫を納得させないといけないけど、『もうひとり(1匹)ほしいな』と言ったら『いやーどうかな』と言いながらも、すぐに携帯で保護猫を見ていましたよ」
Aさんの家族と猫の物語は、これからも楽しく愉快に、展開していきそうだ。
sippoのおすすめ企画
「sippoストーリー」は、みなさまの投稿でつくるコーナーです。飼い主さんだけが知っている、ペットとのとっておきのストーリーを、かわいい写真とともにご紹介します!
LINE公式アカウントとメルマガでお届けします。